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緊張です。

エルクの成長に気を取られて扉がノックされたことをすっかり忘れていた私は、クラハに促されてようやく返事をした。


「…んん、入っていいよ」


気分を入れ替えるために咳払いをしてから招き入れる。

あ、今の言い方、男なら「入っていいよ」じゃなくて「入れ」の方がいいかな?

立場的にも自然だし。

…いや、なんか今の私にはあんまり似合わなさそうだからやめとこう。

言うとしたら成長してカッコよくなってからね!

それに、私は悪役なんだからどんなに些細なことでもフラグになりそうなことは避けなくちゃ。

なんてどうでもいいことを考えながら扉が開くのを待つ。


「…しっ、失礼致します。あと二十分ほどでお客様が到着されるとのことですので、ご準備をっ…。だ、旦那様は客間にいらっしゃいます」


若い執事見習いが緊張気味に入ってきた。

この人、顔は見たことあるけど私たちと直接接するのは初めての人か。

緊張しすぎてどもってしまい、焦ったのか早口になって更にパニックになりかけているその人を見て、罪悪感が募る。

待たせちゃって申し訳ない。

私は『大丈夫、落ち着いて』という意を込めて目を合わせながら微笑み、いつもより若干ゆっくりめに口を開いた。


「分かった。セイル兄様が戻り次第そちらに向かうとお父様に伝えて」


「かしこまりました」


私が咎めるつもりがないのを見て少しは落ち着いたのか、肩の力が抜けたのが見えた。

けれど次の瞬間にはシャキッと姿勢を正し、執事らしい上品かつキビキビとした動作で退室の礼をして部屋を去っていった。

ううん、流石は執事見習いだね。

まあどもっちゃったのは後ろでクラハが見ていたから後で怒られるかもしれないけど、クラハが怒るのは成長のためだから。

そう思って頑張れ、執事見習いの少年!

と、私が心の中でエールを送っていると、セイル兄様が戻ってきた。

ちょうど入れ違いだったらしい。


「待たせてごめんね、リュート、エルク。仕込…様子見は終わったよ。そろそろ父上のところに行っても良さそうだし、行こうか」


「はい!心の準備もある程度出来ましたし、行きましょう!」


エルクの手を取り、セイル兄様について部屋を出る。

客間へ行くと、お父様が椅子に座って無言で書類に目を通していた。

考えてみれば、お父様とここ最近全然会えないのも、家族団欒の時間が作れないのも、全部あの公爵家が原因だよね?

非常識な結婚準備期間でお父様との時間を奪うなんてひどすぎる。

これ以上相手の思惑通りにならないよう頑張らないと!

そう考えて私が一人燃えていると、お父様が書類から顔を上げた。


「…来たか。リュートは私の隣に、セイルとエルクはこちらに座りなさい」


お父様が私たちの座る席をそれぞれ手で示してくれた。

いつもはそう気にしないのだけれど、今日は席次もきちんとしなければならないため、私とお父様は長椅子、セイル兄様とエルクは一人用の椅子へ座る。

いよいよだという気がして、緊張で口の中が渇いてきた。


「旦那様。シュトラーフェ家の御二方が到着なされました」


「…そうか。…案内を」


かしこまりました、と言ってナードが退室する。

ナードはレーツェル公爵家(うち)の筆頭執事である為、朝から…いや、昨日からずっと休む間も無く動いている。

それなのに疲れた様子を微塵も見せず、仕事もいつも通り完璧だなんて…うちのナード、超かっこいい!

緊張のあまりそんな現実逃避をしながら客人を待つ。

まあ、ナードがかっこいいっていうのは日頃から思っていることだけども。


「エルク、静かに座っていてね。でも、もしも体調が悪くなったりしたらすぐに言うんだよ」


エルクは私たちの緊張を感じ取っているのか、そわそわと落ち着かない。

その様子を見て少し心配になった。

これまでの2週間、エルクは私たち以外の…身内以外の人と会うことはなかったし、こんな居心地の悪い空気に長時間耐えられるか分からない。

それに礼儀作法も学び始めたばかりで、公爵家からの客人に対応できる域には達していない。

通常の客人なら応対しなくてもいいんだけど、今回は仮にも『家族』の顔合わせだから出ないわけにはいかないのだ。

まあでも基本的に対応はお父様にお任せで、たまに私が喋るくらい。

セイル兄様は何があっても問題ないし、エルクは最初の挨拶だけして後は静かに座っていればいいので、それだけを徹底的に教え込まれていた。

何かトラブルでもない限りは大丈夫だろう。


「…うん」


こくり、とエルクが頷く。

それに少し安堵しながらセイル兄様の方を見ると、私の視線に気がついたセイル兄様が微笑んでくれた。

見た者をリラックスさせる効果があるとしか思えないその笑みを見て、私の心がすぅっと落ち着いていくのが分かる。

やっぱりセイル兄様は天使!

そう思ったのと同時に、部屋の扉がノックされる。


「入れ」


さすがお父様。

さっき私が偉そうだと思った台詞が全く嫌味なく自然に聞こえる。

そんなことを思いながら、扉がゆっくりと開かれるのを食い入るように見つめていると、ナードが入ってきた。

客人の姿はちょうどナードの影になって見えない。


「失礼いたします。オルド一族が公爵家、シュトラーフェ家の御二方をお連れ致しました」


ナードがそう言うと、お父様が頷く。

それを見てナードは扉をさらに開けて脇に退きつつ、後ろの二人を招き入れた。


「——御機嫌よろしゅう、フィレンツ様」


ナードの後ろから現れた貴婦人は、そう言って薄笑いを浮かべたのだった。


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