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準備と初笑いです。

お父様が襲撃され、エルクを治療し、私が倒れた日から丁度二週間。

今日は敵である公爵家の母娘が挨拶に来る日である。

…あ、ちなみに当初の予定ではエルクはこの日に正式に引き取られる事になっていたらしい。

けれど、私たちのあまりの仲の良さにお父様が早々に手続きを行ってくれたので、今はもう書類の上でもちゃんと私たちの義弟(おとうと)だ。

でも、その報告を受けた時にお父様が『…初めはリュートかセイルどちらかの従者にと思っていたのだが…』と言っていたのには驚いた。

私とセイル兄様が完全に義弟扱いしていたからやめたんだって。

私はゲームでエルクが義弟って設定だったから当たり前に義弟扱いしてたけど、もしかしたらあまりゲームの知識を前提に物事を考えすぎないようにした方がいいのかもしれない。


「…う〜〜、緊張する!」


さっきから別の事を考えて気を紛らわせようとしているけれど、そわそわして全然うまくいかない。

だって、()()公爵家の母娘だよ?

私が男装人生を送ることになった原因が来るんだよ?

そりゃ緊張するに決まってるでしょ!

いや別に男装は嫌いじゃないし、そこに関しては特に恨みもないけど…。

…何よりも、お母様を失うことになった元凶、だよ?

……あーダメだ、それを考え出すと平静を保っていられる自信がないし、今は考えないでおこう。

それに、母親の方はともかく娘の方に罪はないんだから。


「どうしたのリュート、浮かない顔して」


「……」


「あ、セイル兄様…それに、エルクも」


いつもより着飾ったセイル兄様とエルクがこちらに歩いてくる。

今日は客人が…それも、お父様の後妻となる『公爵家』のご夫人とその娘のご令嬢が来る、特別な日。

という事で、朝から私もセイル兄様もエルクもそれはもう楽しそうな侍女たちに散々飾られたのだ。

いや本当、楽しそうだったよ。


—————


「リューティカ様にはこちらがお似合いになられるんじゃないかしら」


「いえ、こちらの方が…」


「あら、あちらの色もなかなか…」


—————


…と、昨日から今日の朝まで終始こんな感じだった。

もう、長いのなんのって!

自分はいつから着せ替え人形になったんだっけと真剣に考えてしまった。

最後の方の私の目は多分死んでたと思う。


「何でもありません、ちょっと疲れたのと緊張しているだけです」


「ああ…うん、疲れたよね」


その挙句に客人をもてなす準備で忙しいからと一部屋に三人まとめられ、ここで大人しくしていろとのお達しである。

…まあ、朝から引っ張り回されて疲れたから良いんだけど。

それでも、私とセイル兄様はお父様に会いに城へ行ったときの着替えもこんな感じだったのでまだ慣れている。

けれど、エルクはこんな風に大勢に構われるのは初めてだったので端から見てもかなり疲れているのが分かった。


「…ハイル」


『なあに?ティカ』


私はハイルを呼び、即座に反応して膝に現れたハイルを撫でる。

私はともかく周りの人がこれに慣れすぎるのもあんまり良くないし、筋肉痛や疲労感は身体と精神を鍛えるのに必要だからいつもは使わないんだけど。

今回は正式な訪問だし、来る相手が相手なので疲労感があるのはあまりよろしくないだろう。

…侍女たちがはしゃぎすぎたのが原因の一つではあるし、後でクラハに『程々にしてね』って言っておいてもらわないと。

そう思って苦笑しながら、私はハイルに疲労回復をお願いする。


『分かった。じゃあティカ、魔力をもらうよ』


「うん。三人分送るからね」


魔力を送ると、ハイルがすぐに魔法を実行する。

薄く輝く小さな光の玉が三つ現れたかと思うと、私とセイル兄様、エルクの体の中にすっと入っていく。

入った所から身体がじんわりと暖かくなっていき、それが全身に広がる頃には疲労感は完全に抜けていた。


「…ふう。いつもそうだけれど、リュートの魔法はなんだか温かいよね。受けると心が洗われるような感覚がする」


「そうですか?」


そんなこと言われたの初めてだなあ。

確かになんだかスッキリした気分にはなるけどね。

首を傾げていると、セイル兄様がクスッと笑って椅子から立ち上がった。


「何処へ行くんですか?」


「ちょっと様子を見てくる。訪問者が来るのはお昼過ぎだし、もうそろそろ準備も終わる頃だろうから」


セイル兄様は相変わらずの天使の笑顔を浮かべているのに、なんだろう。

訪問者って言葉に微妙に棘があるような気がす…い、いや、気のせいだよね、多分!

天使なセイル兄様がそんなこと意図して言うわけないもん!

……多分。

でも意味ありげに笑みを深めてるような…。

…いや、もうこれ以上考えるのはやめておこう。

そう思って、考えを振り払うようにして私も椅子から降りて立ち上がった。


「それなら僕も一緒に行きます!」


「うーん…リュートはエルクと一緒に待ってて?エルクはこういうバタバタした環境には慣れてないし、また疲れるといけないから。一人だけこの部屋に残していくわけにもいかないしね」


確かに。

これ以上エルクを無駄に疲れさせるわけにはいかないよね。

使用人達はみんな準備で忙しいのに大勢で行ったら邪魔になっちゃうだろうし。

それに、下手にこの部屋の外に出て侍女たちに見つかったら「最後の仕上げを…」とか言われかねない。

そんなことになったら全速力で逃げ出す自信がある。

もうちょっと考えるべきだったね。反省。


「…そうですね。分かりました」


「うん。それじゃあ、行ってくるね」


「いってらっしゃい、セイル兄様!」


セイル兄様が侍女達に捕まらないことを祈りつつ、私は兄様を送り出した。

扉が閉まったところではたと気がつく。

あれ、そういえばさっきから妙にエルクが静かじゃない?

いつも静かだけど、今は輪をかけて静かというか、動きが感じられない感じ。

不思議に思ってエルクの方を見る。


「…リュート、だった…んだ」


「…ん?」


すると、エルクが椅子に座ったまま俯き加減で何か呟いていた。

どうしたのかと思い、少し屈んで顔を覗き込もうとしたのと同時に、部屋の扉がコンコン、とノックされる。

何の用件だろうと顔をそちらに向けて返事をしようと口を開きかけた瞬間、エルクが私の袖を摘んでくいっと引っ張った。

再びそちらを向くと、エルクは何も言わずこちらをじっと見つめてくる。


「…エルク?」


この二週間、私からはよく手を繋いだり抱きついたりしていたんだけれど、エルクの方からは近くに来るだけで頑なに何もしてこなかった。

恥ずかしかったのか人との接し方がよく分からなかったのか、目も碌に合わせてくれずに本当にそれだけ。

加えて言葉も必要最低限しか発さなかったし、雰囲気で何を思っているのかは分かるものの表情筋は動かなかったし…。

ゲームでもエルクは他人に対しては無愛想で無口なキャラだったけど、ヒロインに対しては割と表情豊かでツンデレっぽかった。

だから多分、お父様と違ってエルクの無表情は往来のものじゃない。

まあ表情筋に関しては私とセイル兄様で何とかしていく所存…って、そうじゃないよ!

見つめ合いながらの沈黙の時間にちょっと耐えきれなかった私が一人ツッコミをしていると、遂にエルクが口を開いた。


「…ありが、とう」


「…?うん?…あ、ああ!あれか!」


いきなりのお礼に一瞬戸惑ったが、一拍おいて疲労回復をしてあげたことを思い出す。

突然改まって言うからびっくりしたよ、何事かと思った。

何に対してのお礼なのか思い当たった私は、エルクがしっかり目を合わせて気持ちを伝えてくれたことに感動しつつ、満面の笑顔になる。

子供の成長を喜ぶ親ってきっとこんな気持ちなんだろうな。


「いいんだよ、エルク!体の調子が悪いとかそういうことがあったらまた言ってね」


「…うん」


感激のあまりガバーッとエルクを抱きしめると、エルクは驚いた後でどこか照れくさそうな、でも嬉しそうな表情(かお)で薄く微笑んだ。

…らしい。

らしいというのは、私はその時エルクを抱きしめていたために顔が見えず、後でクラハに聞かされたためである。

エルクの初笑いを見逃すなんて…。

いや、初笑いはちょっと意味違うか。

あーでも、その年初めての笑いってのは合ってるんだから別にいいのかも?

その年初めてどころじゃないけどね。

ともかく、それを聞いて席を外していたセイル兄様も残念そうにしていたけれど、また笑わせればいいと決意し直す私たちであった。


エルクは自分を助けてくれたのがリュートだったと理解してお礼を言ったのに、それを疲労回復の魔法のお礼だと勘違いするリュート。

でもそれに気づかないエルク。

…ここにセイル兄様がいたなら修正してくれたのに…。笑

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