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エルクントと一緒です。

撫で撫でした後、健康になったとはいえエルクはまだ病み上がりだし、あんまり長くお邪魔するのもどうかと思って部屋を去ろうとした。

…のだが。


「…あの、エルク…」


エルクが私の服の裾を掴んで離してくれない。

いや、正直めっちゃ可愛いしこのままここにいてあげたいんだけどさ。

私とセイル兄様はこの後剣術の稽古があるから行かなくちゃなんだよね。


「エルク、僕たちはすぐ帰ってくるからここで待ってて?」


「………」


いやいや、と無言で首を振るエルク。

せっかく懐いてくれそうなのに無理に払うわけにもいかないし、かといって稽古を休むことも出来ない。

どうしたものかと唸っていると、セイル兄様が助け舟を出してくれた。


「…リュート、エルクに稽古を見学させてあげようか。目の届くところにリュートがいれば安心なんじゃないかな」


「そうですね!それでいい?エルク」


「…うん」


エルクも納得してくれた。

騎士を護衛に付け、侍女を世話役として付ければ見学するのは問題ないだろう。

私たちも観客がいる方が燃えるし、エルクにいいとこ見せられるように頑張ろうっと。

見学させることで話が纏まったので、稽古着に着替えるために部屋を出る。


「じゃあセイル兄様、また後で」


「うん。エルクもまた後でね」


そう言って、セイル兄様とエルクの部屋の前で別れ、未だ裾を掴んだままのエルクと共に部屋に戻る。

部屋に入ると、既にクラハが準備万端で待っていた。


「リュート様、そちらはエルクント様ですね?どうしてこちらに…」


「あー…エルクが離れなくって、ついて来ちゃったんだ。まあ気にしないで。早く着替えを済ませよう」


クラハは一瞬困ったようにエルクを見て、仕方がないと諦めたのか了承した。

エルクはまだ小さいし、着替えの場所にいても害はないもんね。

まあ、クラハは微妙な心境なんだろうけど。

私がそう考えている間にクラハがしゃがみ込んでエルクに目線を合わせ、「リュート様のお着替えが終わるまで少しだけ離れていて下さいね」と言うと、エルクは素直に従った。

うーん、流石に幼子の扱いには慣れてるなあ。

クラハの言葉にはなんかよく分かんないけど安心感があるんだよね。

子供がお母さんに感じる、あの絶対的な安心感があるから、エルクが素直に従うのも分かる。

私、クラハには一生敵わない気がするなあ。


「———さあ、終わりましたよ、リュート様」


「ありがとう、クラハ」


着替え終わり、刃を潰した稽古用の剣を腰に下げる。

そろそろ行こうかと思ってエルクの方を見ると、終わったのを察したのかこちらに寄って来た。


「じゃあ、行こうか。セイル兄様は多分もう玄関に向かってるだろうから、ちょっと急ごう」


私の言葉に頷いたエルクが、再び私の服の裾を掴もうとする。

まあそれでもいいけど、どうせなら手を繋いだ方が仲良くなれそうだし動きやすいし良いだろう。

そう思ってエルクの手を握ると、エルクは少し戸惑ったように手を見ていたけれど、キュッと手に力を入れてくれた。

…多分、手を繋ぐのは初めてなんだろうな。

繋いだ手を不思議そうに見つめるエルクを見てそう思いながら、先導するように手を引いて歩く。


「あ、リュート」


「セイル兄様、お待たせしました。行きましょう」


玄関に着くと、セイル兄様が待っていた。

並んで歩いていると、セイル兄様がさりげなくエルクに気を使ってあげているのが分かる。

歩く速度はいつもよりゆっくりだし、優しく答えやすいような質問をしてエルクを会話に参加させたり、道に落ちている石を避けてあげたり。

セイル兄様が素敵紳士すぎてエルクじゃなく私のハートが撃ち抜かれるんですけど。


「着いたね。エルクはあそこに座って見てて。多分エルクも今後はやることになると思うから」


「……うん」


エルクを騎士と侍女に預け、私とセイル兄様は稽古場の真ん中で待っている前騎士団長のアックスの元へ向かう。

挨拶すると、アックスはいつものようにニカッと豪快に笑いながら応えた。


「おお、お二人とも!元気そうですな!フィレンツ様がここ数日ピリピリしておったから心配しておりましたが」


「うん、大丈夫だよ!あと、あそこにいるのはエルクント。今日は見学だけど、今後僕たちと一緒にアックスに剣術を習うかもしれないから、一応紹介しておくね」


「そうですか!ではその時を楽しみにしておきましょうぞ!」


そう言って、アックスは笑いながら私の背中をバンバン叩く。

ア、アックスは力が強いんだから、手加減してくれないと痛いってば!

流石に見兼ねたらしいセイル兄様が助けてくれなければ、あざになっていたかもしれない。

いてて…。


「それより訓練を始めよう、アックス。リュート、始めの挨拶をするよ」


「そうですな!では、そろそろ始めましょう!」


セイル兄様に促され、ジンジンする背中を無視して背筋を伸ばす。

ここからはアックスは師匠だ。

敬語を使わねばならないし、姿勢が乱れたまま挨拶をするなど言語道断。

そこのけじめははっきりしなければならない。


「「はい!よろしくお願いします!」」


セイル兄様とぴったり声を揃え、一糸乱れぬ動きで礼をする。

剣術の基本は礼儀からだと、アックスに一から教わった礼だ。

礼儀作法での礼とはまた違うので、このクオリティに至るまでに苦労した。


「それで、今日は何を教えてくれるんですか?」


「お二人とも基礎はかなり身に付いてきたので、今日は模擬戦をやってみましょう!自分がどのくらい基礎を物にしたのかがよく分かるはずです」


模擬戦かあ。

だから今日は周りにいる騎士の数がいつもより少し多かったんだね。

これまでも何回か型通りの打ち合いはしたことがあるけど、模擬戦は初めてだから気合いが入るね。

何より今日はエルクが見てるし、お兄ちゃんとしてかっこいいところを見せられるように頑張らなくちゃ!


「まずはセイラート様から。リューティカ様は見ながら良いところや悪いところを探してください」


「はい!」


「分かりました」


相手役の騎士と相対するセイル兄様が少し緊張しているのが分かる。

セイル兄様はゆっくりと深呼吸し、一礼して抜剣した。

アックスの「始め!」の合図で相手の騎士が動き出す。

セイル兄様も軽やかに走り出し、騎士が切りかかってくるのに合わせて自分も剣を構えた。

キィーン…と剣がぶつかる音がして、セイル兄様が少し後ろに下がる。

それと同時に騎士が一歩踏み込み、追撃を仕掛けた。

セイル兄様は対応してはいるけど、あまり攻勢に出られずじりじりと後ろに下がっていく。

このままでは埒があかないと判断したのか、セイル兄様が騎士の攻撃の一瞬の隙をついて一歩踏み込み、無理やり攻勢に出た。

けれど、無理に踏み込んだせいで少し体の軸のバランスが崩れてしまっている。


「くっ…」


本職を相手にそれでも打ち合いが続けられるのは流石だが、やはり体勢が崩れて持ち直すことができないままでは無理があった。


「はっ!」


騎士が今までよりも力を込めて剣を振るう。

セイル兄様はそれを受け流そうとしたが、騎士が踏み込んできて今までになく大きくバランスを崩した。

それを見逃すはずもなく、騎士がもう一歩踏み込んでセイル兄様に追撃をかける。

セイル兄様は対応しようとしたが、無理な体勢で振るった剣は力が十分に入っておらず、さらにバランスを崩す結果になった。

倒れる寸前で体を捻り、なんとか倒れずしゃがみ込んだような低い体勢になったけれど、立ち上がる前に騎士の剣がセイル兄様の首元に向けられる。


「———やめ!」


アックスが声をかけた。

この勝負は騎士の勝ちだったけど、なかなか良い試合だったと思う。

セイル兄様はまだ八歳だし、うちにいる騎士が精鋭揃いなのを考えれば、セイル兄様がどれほどすごいのか分かる。

…いや、むしろ八歳で出来る内容なんだ、あれ。


「…あ!お疲れ様です、セイル兄様!」


終了の礼をした後、アックスから評価と指導を受けたセイル兄様がこちらに向かってきた。


「うん、ありがとう。負けちゃったけど、自分の弱点とか課題とかが見つかったよ。すごくためになった」


そう言ったセイル兄様はすごくさっぱりした顔をしていて、弱点克服への意欲が目に現れていた。

…やばいね、剣術中のセイル兄様はいつも二割増しでかっこよく見えるけど、今日は五割増しだ。

本当に八歳なのだろうか。


「次はリューティカ様ですぞ!こちらに来てくだされ」


「はい!」


「リュート、頑張ってね」


応援してくれるセイル兄様に満面の笑顔を向けてから、エルクの方を向く。

こちらをじーっと見ていたので手を振った。

首を傾げながら同じ動作を返してくれたエルクを横目に見て、私はエルクとセイル兄様の視線を背中に感じながらアックスと相手の騎士が待つ中央へ歩いていった。


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