〝もう一人〟です。
遅くなりまして……、、、
てっきり二週間後には全員移住するものだと思っていた私は、実際に来るのは一ヶ月後だといわれて少し安堵した。
流石に二週間では、お母様の仇である者たちの中でも中心人物とも言える人がこの家に来るのを黙って受け入れられるかどうか、怪しかったから。
けど、どうして二週間後に一回挨拶になんて来るんだろうと思って聞いてみた。
そうしたら、一ヶ月後というのはお父様が頑張り、先方が譲歩した結果だったらしい。
「…では、先方からは諸々の準備は後回しにして二週間後には是非と言われていたのを、色々な理由をつけて限界まで引き伸ばしたのですね?その結果が、一ヶ月後の移住だと」
「そうだ。…本来ならば、婚姻を結ぶのならば準備に半年から一年以上かけるものなのだ。これでも短すぎる」
ってことは、下手をすれば本気で二週間後に移住してくるところだった訳か。
お父様はただでさえ忙しいのに、結婚の申請や王族への報告、他の貴族への根回しまでしなければならなくなったとなれば、一か月あったって時間が足りなすぎるでしょ!
貴族は礼儀や規則をとても重視するから、それらの段階をすっ飛ばす訳にもいかないし。
それらが終わっていないのにこの屋敷へ移り住むなんてことをしたら、敵公爵家の母娘だけでなくお父様まで口さがなく言われてしまう。
自分たちの評判も下がるっていうのに、よくもまあそんな無茶が言えたものだ。
「…何だか先が思いやられますね…。どんな方々なのか」
セイル兄様の台詞…「どんな方々なのか」という部分に、「貴族としての常識が欠如しているんじゃないのか」という副音声が聞こえた気がするのは私だけだろうか。
娘の方が私の婚約者候補となると聞いた時よりは落ち着いているけれど、相変わらず黒くて素敵な笑顔がキープされている。
「そ、そんなことより!先程お父様が言っていた、〝もう一人〟とはどのような人物なのですか?」
このままこの話をしていては危険だと私の中で警報機が鳴ったので、敵公爵家の話を無理やり中断して話題を変える。
セイル兄様が視線を向けて来るけれど、私は意地でもそちらは見ないぞ。
…怖いし。
「…ああ…そのもう一人はリュートと同い年の男児だ。先程も言ったが、二週間後よりこの屋敷に住むこととなる」
「え?」
待て。
待て待て待て。
それって、それってまさか…。
「名は、エルクント。…元の家では碌な扱いを受けていなかった為、今日私が引き取る…いや、保護することとなった」
やっぱり…。
エルクントという名前、私と同い年、男の子、元の家での酷い扱い…これ、完っ全に宰相家末弟で攻略対象の『エルクント・リート・レーツェル』だよ!!
私と同い年ではあるが、誕生日が私の方が早いので義弟となるらしい。
いやでも、今日引き取ることになったなら何でいないの?
「父上が保護しなければならない程酷い状況だったのですか?」
「…ああ。薄暗い部屋に軟禁され、食事は二日か三日に一度のみ。その食事にも弱いものではあるが毒が含まれ、徐々に体を蝕んでいた。当然体格は小さく、衰弱しきっている。リュートと同い年とは言ったが、とてもそうは見えない程だ。現在医者にかかっているが、回復するかどうか」
入院しなきゃいけない程衰弱してるの…?
しかも回復するかどうか、って…!
誰が食事に毒を入れていたのか、軟禁していたのかは今はいい。
それより、その子を回復させる方が先だ。
ハイルと一緒に私がその子の所に行って、魔法を使ったら治すことが出来るかもしれない。
…いや、きっとできる!
「…お父様、僕をその子の元へ連れて行ってください!」
「…リュート、治せるのか?」
私は瞳に強い光を宿してお父様へお願いする。
お父様は私の視線を真っ直ぐに受け止め、真剣な眼差しで私に問いかけた。
その問いに対し、私は唇の端を上げて自信満々に宣言する。
「ハイルを誰だと思っているのですか?光の高位精霊ですよ!それに、私とハイルの絆があれば治せない病気や怪我などありません!」
『そうそう。ティカの望みなら、どんなに回復が絶望視されているような人間でも回復させてみせるよ』
自分が呼ばれたことを察知したのか、ハイルが私の肩に現れた。
私とハイル、二人分の視線を受けて、お父様は数秒間じっと私たちの目を見つめる。
その後、ふっと視線を和らげた。
「…良いだろう。…ナード」
お父様が立ち上がり、執務机の上にある大きめのハンドベルをチリリン、と鳴らしながらナードの名前を呼ぶ。
…そんな小さい音で聞こえるんだろうか。
なんて思っていると、トントン、と扉を叩く音が聞こえ、ナードがベルを鳴らしてからぴったり三秒で現れた。
なんであの音が聞こえたの?!
あの音が聞こえたってことは、私たちの会話も聞こえてたってことだよね?
…いやでも、お父様があのベルを鳴らした瞬間、微量な魔力を感じた気がする。
もしかしてあれって、魔術具なのかな?
だとしたら、聞こえたとしても納得かも。
そんな事を考えているうちにナードはお父様のところまで行き、「何か御用でしょうか」と尋ねた。
「ナード、エルクントの元へリュートを連れて行け」
「かしこまりました」
一つ礼をしたナードが、「では、リューティカ様。僭越ながら私が案内をさせていただきます」と言い、私についてくるように促す。
一刻も早く治してあげたい私は、お父様とセイル兄様に退室の礼をしてから、私に出来る限りの早足でエルクントの元へと向かうのだった。
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「父上、もしかしてこうなることが分かっていたからエルクントという子どもを僕の主治医のところで保護したのですか?」
父上が、この時間からリュートが外に出ることをあんなに簡単に許すはずがない。
それでも許したという事はつまり、エルクントは少なくとも公爵家の敷地内にいるということ。
敷地内にいる医者なんて限られてるし、一番腕がいいのは僕の主治医だ。
だから、そこにいるんじゃないかと思って鎌をかけたんだけど…どうやら、正解だったみたいだ。
父上が微妙に目を逸らした。
「…もしも放っておいてエルクントが亡くなったとしても私が責められることなどないが、知っていて見ぬフリをすることもあるまい。一番近くにいた医者がセイルの主治医だった…ただ、それだけだ。…リュートの行動は予定外のことだ」
「…父上」
リュートが病気の人がいると知って、放っておけるわけがない。
絶対に、己の持てる力を全て使って、もしかしたら自分の命すら賭けて救おうとするだろう。
僕自身が、リュートにそうしてもらったから、分かる。
それが、父上に分からないはずがないのに。
「不器用ですね」と言いたかったけれど、自分にも跳ね返ってきそうなその言葉は呑み込んでおいた。




