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お父様のご帰還です。

セイル兄様と雑談しながらお父様の帰りを待っていると、使用人たちの気配が慌ただしくなった気がした。

バタバタと足音がしたりはしないし、扉が閉まってるから何をしてるのかは分からないけれど。


「…?何かあったのかな?夕食の準備には早いけど…」


セイル兄様と二人で首を捻っていると、クラハが部屋から出て使用人たちに事情を聞きに行ってくれた。

…あ、ちなみにクラハは最初からずっとこの部屋にいたらしい。

後ろに控えて私たちの様子を黙って見守っていたから、全然気がつかなかったけどね。

戻ってきたクラハが、使用人たちがばたばたし始めた理由を教えてくれた。


「お二人とも、良い知らせでございますよ。フィレンツ様がもうすぐお帰りになられるそうです」


「えっ、お父様が?!」


そりゃあさっきアルが「大変なことはたまには明日に回しちゃっても…」みたいなこと言ってたけど…。

それにしたって、いつものお父様の帰宅時間からしたら早すぎる。

だってまだ夕食の準備すらしてないような時間だよ?!

早く帰ってきてくれるのは嬉しいけど、お父様の明日の仕事量がえげつないことになりそうで…心配だなあ。


「父上がお帰りになるなら、夕食の準備を早めにしてもらおうか。そうしたら、その後ゆっくりお話を聞くことができるからね」


「そうですね…クラハ、みんな忙しいと思うんだけど、大丈夫?」


正直、使用人たちは今大変そうだから、これ以上負担は増やしたくないけど、頼むのが一番効率がいいのは確か。

私が知っているだけでも、今使用人たちがやらなければならない仕事は沢山ある。

私たちの部屋の掃除や洗濯などの通常業務だけでもそれなりに忙しいのに、突然の帰宅によりお父様をお迎えする準備が早まり、私たちの提案により夕食の準備まで早まり、私たちの話し合いの場の用意もしなければならない。

それも、お父様や私たちにバタバタしているところを万が一にも見せる訳にはいかないので、出来るだけ早く。

…いやー、こうして考えてみると、やっぱり忙しすぎるんじゃない?


「ええ、大丈夫です。全ての準備を並行してする程度のことが出来ないほど無能に育てた覚えはございませんので、ご心配には及びませんよ」


だというのに、クラハは一切の躊躇もなくあっさりと了承した。

…おうふ、優しく微笑みながら言っているはずなのに、何故だろう。

微笑みが黒く見えて怖いし、使用人たちに「今すぐ逃げて!全力で!!」と言いたくなった。

…今、扉の外でガタッて音がしたけど、扉の護衛がクラハの出してる威圧に驚いちゃったかな?

…ごめん使用人の皆、私たちのせいで修羅がそちらへ行きます。

多分…いや確実にかなりの無茶振りされると思うけど、根性でどうにか耐えてください。

恨むなら私たちを恨んでいいから、頑張れ!


「リュート様?」


「はっ?!な、何も思ってないですごめんなさい!」


遠い目で考え事に耽っていた私は、クラハに名前を呼ばれて反射的に謝ってしまった。

ご丁寧に頭まで下げて。

クラハの困惑した顔と、セイル兄様の「まあ気持ちは分からなくもないよ」みたいな生温かい視線がつらい。

一拍おいて、私は何事もなかったかのように表情を繕って頭を上げる。

今更表情なんか繕っても無駄だというツッコミは聞かない。


「じゃあ、手配はクラハに任せるよ」


「かしこまりました」


優秀な乳母兼侍女頭であるクラハは、私の「何も無かった事にしてほしい」という意思をしっかりと汲み、一つ綺麗なお辞儀をして退室した。

これで手配は完璧。

お父様が帰ってくる直前になったら、多分筆頭執事であるナードが私たちを呼びに来るだろうから、それまではこの部屋で待機だね。


しばらく経った後、コンコン、と扉を叩く音がした。

私が「どうぞ」と言うと、人を落ち着かせる柔和な声でナードが「失礼致します」と言い、扉を開けて入ってきた。


「セイラート様、リューティカ様。じきに旦那様がお帰りになられます。御準備を」


「ああ、分かった。行きましょう、兄様!」


ナードについて玄関まで行き、五分ほど待っていると、遠くから馬の足音が聞こえてくる。

ナードが指示を出し、侍女たちが玄関の扉を開けると、丁度お父様の馬車が目の前に止まるところだった。

おぉ、タイミングぴったりだね、さすがナード。


「「「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」」」


ナードの優秀さに感心していると、勢揃いした使用人たちが一糸乱れぬ動作で声を揃えてお父様を迎える。

…正直、これがあるから私はあんまりお出かけしたくないんだよね。

出たり入ったりする度に使用人たちが全員やってる仕事を切りのいいところで中断して集まらなきゃいけないから、めっちゃ負担かけちゃうし。

うん、今度私用でお出かけするときは裏口からこっそり行くことにしよう。


「父上、おかえりなさいませ」


「おかえりなさいませ、お父様!」


「…ああ、ただいま帰った」


それだけ言ってお父様は立ち去るかと思ったのだけれど、少し歩いて止まった。

どうしたんだろう?

いつもなら挨拶だけ返してすぐにすたすた歩いて着替えのために私室に行っちゃうのに。

…と、首を傾げていると、お父様が冷たい瞳で私たちの方を振り向き、そのまま視線が固定された。

息子たちに向ける瞳にしては冷たすぎません??

それがお父様の感情って訳じゃないと分かってても心を抉られる勢いだよ!!!

私がお父様の瞳に一発KOされてずきずき痛む心を立て直している間も、お父様は視線を全く動かさず、私たちを見つめ続けている。

しばらくその状態が続き、皆が困惑しつつも私とセイル兄様に「この状況をなんとかしてくれ」という期待を込めて見つめてくるのを感じる。

…えーっと。


「セイル兄様、行きましょう」


「え、え?」


「いいから!」


お父様に温度のない…それこそ氷点下の冷たい目で見られ、少なからず動揺しているセイル兄様を引っ張り、お父様の横まで行って手を繋がせる。

私も反対側に回ってお父様の手を取り、顔を見上げてにこーっと満面の笑みを浮かべれば、お父様は私たちの顔を順に見たあと手にほんの少しだけ力を入れて歩き出した。

まだ少し状況を飲み込めていないセイル兄様が、説明を求めるように視線を向けて来たので、お父様に気づかれないように悪戯っぽくウインクする。

セイル兄様がジト目になったけれど、わたわたしてるセイル兄様を見るのは可愛くて楽しいので敢えてスルーの方向で。

生温かい視線でも向けておこう。


お父様が視線を向けて来たのは私たちと一緒に私室まで行きたいからだと勝手に解釈して手を繋いだんだけど、正解だったっぽい。

セイル兄様はお父様のこととなると臆病になるけど、もう少し落ち着いた後でじっくり考えればきっと分かるはず。

…もう、だからそんな唇を尖らせて膨れっ面しないで、セイル兄様!

可愛すぎるからっ!


「お父様、夕食の準備を早めにしてもらったので、お着替えが終わったら食堂へ来てくださいね!」


「…分かった。すぐに向かおう」


お父様の私室に到着したので、一旦お父様とお別れする。

玄関からここまでの道中の会話はほとんどなかったけれど、私はお父様が自分から私たちの方へ歩み寄ってくれたのがとても嬉しくて、終始ご機嫌だった。

あー、この後皆が嫌な気分になる楽しくもない話を聞かなきゃいけないのかあ~。

いっそもう何も聞かずに家族の時間を過ごしたい…いや、そんなこと出来ないのは分かってるけどさ!

はあ~、先延ばしにしたい…。


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