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お父様襲撃事件です。

記憶の再生が終わると同時に、私は慌ててハイルに呼びかける。


『ハイル、お父様たちを周りから見えないようにして!出来るよね?』


『もちろん。じゃあティカ、魔力を頂戴』


ハイルは光の精霊だ。

なら、光学迷彩的な何かで姿を見せなくすることは出来るのではないかと、馬車で嫌な予感がした時から考えていたのだ。

魔力を送ると、ハイルは即座に実行してくれたらしく、お父様たちを私の魔力が包み込む。


「…?!何だ?」


お父様たちが馬車を出る前になんとか間に合わせようと急いでいたために、説明を省いてとにかく実行してもらったのだが、敵襲と勘違いさせてしまったらしい。

お父様とアルが緊張感を上げてしまった。

しまったなあ、先に説明してもらった方が良かったかも。


「警戒しなくても大丈夫だよ。今のはティカからのお願いだから」


私の気持ちを感じとったハイルが一応説明はしたものの、この説明では簡潔すぎてどんな効果のあるものなのか全く伝わらないだろう。

けれど、お父様とアルはその説明を受けただけで警戒を解いた。

…それにしても、姿が見えなくなっててもお互いの姿は見えてるみたいだね。

ハイルの視界でも見えてるから、魔法をかけた本人とかけられた人は見えるようになってるのかな?

それとも、誰に見えるようにするか選べるのだろうか。

そんなことを考えていると、思案顔でお父様が口を開いた。


「…そうか。具体的な効果は?」


「周りから完全に姿が見えなくなる。ただ、ティカの魔力が持つ間だけだよ。2人だから2時間くらいかな」


警戒を解いたとはいえ、効果が分からなくてはこの後の行動に支障が出る。

私の魔力が持つ間、とハイルは言うけれど、ハイルの力が必要となる時は他にもあるはずだ。

この魔法だけに私の魔力を使い切ってしまうのは、少し不安が残る。

私はまだまだ幼いから、魔力量もそんなに多くはないのだ。

…まあ、同じ歳の子たちと比べたら、トップレベルで多いんだけども。

お父様に説明を求められたハイルが効果を教えると、アルが驚いた顔をした。


「姿が消せるという事ですか…?!」


「そういうこと。でも、気配までは消せないからね」


「…ふむ。そうなると、計画が少々変わってくるな」


光の精霊との契約はそれ自体が珍しいし、あんまり何が出来るのか知られてないから、アルの反応も無理はない。

契約者がそこにいないのに契約者以外の複数人の姿を完全に消すなんて芸当ができるのは、ハイルが高位精霊だからこそだしね。

低位精霊だと契約者のみ、中位精霊だと契約者と契約者が触れている人のみだから。

…と、ハイルが申しております。


「アル、外に出ると同時に砂を風で巻き上げろ」


「了解です」


お父様はハイルの言葉を聞いて二、三秒ほどで頭の中の計画を修正したらしく、アルに向かって指示を出した。

アルは風の精霊と契約しているらしく、呼び出した精霊に一言二言指示を出した。

そして、お父様と目を合わせ、しっかりと頷く。

…それにしても、殺気はずっとこちらに向けられているのに、やけに静かだ。

普通は馬車が止まった途端に襲ってくるだろう。

もしかして、待ち伏せでもしているのか?

私が周囲のあまりの静けさに違和感を覚えた時、アルの準備が整ったのを確認したお父様は馬車の扉に手をかけ、一気に外へ出た。


出ると同時、アルが魔法で周囲の砂を巻き上げる。

明らかに異常が起こったというのに、周りからはやはり声どころか身じろぎの音さえしない。

おかしい、おかしすぎる。

一体なぜ、こんなにも静かなのか。

その答えは、舞い上がった砂が落ち着くと判明した。


(凍ってる…?!)


なんと、周りの全ての人が凍っていたのだ。

見事なまでに氷像となっている。

こんなことができる人なんて、この場ではたった一人しかいない。

たった今馬車から出てこようとした、というような像がそれなりにあるし、出てきている人でも馬車から二、三歩のところにいる。

しかも、走っているポーズなのに、だ。

…ちょっとお父様、貴方いつから凍らせてたんですか?!

この様子だと、馬車が止まった直後ですか?!


お父様はミラを呼び出してはいたけど、何か指示を与えたり、会話をしているそぶりはなかった。

あ、今の私みたいに同調したのかな?

…いや、私は今あちらの体の意識はなくはないけど、こちらを操りながら同時にあちらも操る、なんてことは出来そうにない。

訓練すればなんとかなるかもしれないけど、かなりの至難の技だろう。

お父様はずっと平然としていたし、会話もしていた。

その状態で同調していたとしたら…恐ろしい。

でも、それ以外考えられない。

私がお父様の能力の高さに慄然としていると、お父様が小さく呟いた。


「…何故凍っている?」


…あれ?!

お父様じゃないの?!


「……!」


直後、お父様は何かに気がついたように片眉を僅かに上げ、そちらに向かって鋭い視線を投げていたのだが、お父様の発言に気を取られていた私はそれに気がつくことはなかった。

そして、お父様とアルは森の中に向かって音を立てることなく走って移動していく。

馬車のところで向けられていた無遠慮な殺気は、あそこを離れたことで鳴りを潜め、今は木々の揺れる音や動物の気配しか感じない。

そしてそのまま走っていくと、少し開けた場所に出た。

迷う様子もなく真っ直ぐここまで走っていたし、お父様は何か目的があってここを目指していたんだろうか?

…と思った瞬間、突然後ろから感じた嫌な気配に、私は咄嗟に飛びのこうとして、お父様の肩に乗っていることに気がついた。

私がお父様に『危ない!』と叫ぶより早く、お父様が振り向きざまに飛んできた()()を腰に下げていた剣で弾く。

弾かれた()()は側にあった木に向かってまっすぐ飛んでいき、ビィィィン…という音を立てて刺さった。


(あれは…短剣?)


お父様がここへ来たのは、もしかしてこれを投げている人を追いかけていたからなのだろうか。

私は気配を感じることすらなかったけれど、お父様は多分感じていたんだろうな。

…でも、私だって分かることもある。

恐らく、今そこにいる敵は相当な手練れだということ。

それは、直感ではあっても確信できる。

私も気配を察知する訓練はしているけれど、こういう気配を消すのが得意な隠密とか暗殺者とか、自分よりも強い相手の気配を察知するのはまだまだってことだね。

これからも頑張らないと。


しかし、姿が完全に消えている私たちに向かって、短剣をあんなに正確に、しかも相当なスピードで投げるなんて…。

お父様が言っていた通りあちらは囮で、本命はこちらのようだ。

わざわざ弱い囮を用意しておいて本命にこんな手練れを持ってくるなんて。

お父様は宰相としても有名だが、その強さも国内外で有名な人である。

そんな人に囮など通用するはずがないと分かりきっているだろうに…誰だか知らないけれど、私たちの敵は随分とイイ趣味をしているらしい。


そんなことを考えていると、違う方向からアルに向かって短剣が三本一気に飛んできた。

なんだか小手調べをしているように思えてならない。

それに対し、アルは一切無駄な動きを挟まずに腰に下げていた剣を抜き、手首を捻るようにしてほとんどその場から動くことなく三本の短剣を弾く。

…アル、強い!


すると今度はお父様とアルの両方に二本ずつ短剣が飛んできた。

そして、二人とも全く危なげなく剣で弾いたと思ったその瞬間、お父様の後ろの足元から音も立てずに短剣が一本飛んできた。

その短剣は装飾もなく、色も今までのものと違って真っ黒で、まるで夜に暗殺するためだけに作られたかのような短剣だった。

…この短剣をこの真っ昼間に使った意味は、何だろう。

これだけの手練れが、何の意味もなくこんな特殊な短剣をその特性が十分に発揮できない状況で使うわけがない。

お父様は顔をしかめながらその短剣を弾き、氷点下の眼差しで一点を見つめながら呟く。


「…闇の契約者か」


闇の契約者って、闇の精霊と契約した者ってことだよね。

さっきの攻撃はお父様の影を使って短剣を足元から飛ばしたんだろうし、厄介だな。


でも、さっきから本気で殺しにきているにしてはやけに攻撃が甘いのが気になる。

闇の契約者ならばもっとえげつない攻撃を途切れることなくできるはずだ。

まあ、ちょっと油断したら死が待っている程度には急所を狙った攻撃をしてきてはいるんだけど、なんかこう…避けられてもそれでいいやーみたいな感じの、妙なあっさり感があるというか。

ハイルに調べてもらったら、短剣に毒が塗ってあるわけでもなかったし。

…いや、別にそんなえげつない攻撃してほしいわけではないんだけどね。


(殺すのが目的ってわけじゃないのかな?)


じゃあ、何が目的でこんなこと…。

それに、お父様もお父様だ。

彼方にも本気の殺気は感じられないけれど、お父様からだって感じられない。

というか、多分お互いに倒す気などさらさらないし、本気を出す気すらない。

何なんだ。

あーもう本当に情報が圧倒的に足りないせいで何も分からない、もどかしい!


あと、どうせ向こうには居場所も動きも完全にバレてるっぽいし、姿消す魔法解除していいかな?

そうしたら私…というかハイルが他の魔法を使えるんだけど。

そう考えていると、お父様がいつのまにか拾っていた短剣を先程から攻撃を一切していない向こうに向かって、ヒュッと投げた。

…手首だけで投げているのに何だあのスピードは。


「……フッ」


すると、向こうから気配がはっきりと感じ取れるようになった。

恐らく、気配を消すのをやめたのだろう。

これならば、私も気配を察知できる。

何をするつもりなのかと私が警戒していると、どこか楽しそうな感じもする一瞬の笑いが聞こえた後、気配が溶けるように消えた。

それと同時に、お父様とアルの雰囲気がいつも通りに戻ったのが分かる。


「…消えましたね」


「ああ。…影に溶けて移動したのだろう」


どうやら、また違う影から攻撃してくる、ということもないようだ。

私も、無意識に感じていた緊張感から体に力が入っていたらしく、いなくなった途端に力が抜けた。

お父様とアルは雰囲気こそ尖っていたけど、体には無駄な力が入らず自然体だった。

そうじゃないと実戦では本来の力の半分も出せないと前に教わったし、見習わないとね。


「…本当に良かったんですか、フィル様。これで」


「…ああ。下手に拒み続けるより、懐に入れたと見せかける方が結果的に良いだろう」


「それならば、良いのですが…。お二人が心配です」


「………ああ」


……?

何の話だろう…。

二人とも、刺客を退けたというのに非常に深刻な顔で、目を伏せながら話をしている。

アルの言葉に淡々と答えていたお父様だけど、アルの最期の言葉を聞くと、苦い表情で何かを押さえ込むようにしながら低く声を出した。

そこから黙り込んでしまったお父様に首をひねりながら聞いていると、アルが気まずい雰囲気を変えるように笑顔で場違いに明るい声を出した。


「それにしても、リュート様はまるでこちらの行動を見ているかのようでしたね!使って下さった魔法も、素晴らしいものでしたし。将来が楽しみです」


「…そうだな。ハイル殿に関してお礼をせねばならぬ。…それと、謝罪も」


アルの気持ちを汲んでか、お父様も表情を緩めて返事をする。

見ているかのようっていうか見てたんだけど、まあややこしくなるから黙っておこう。

…私、お父様に謝られるようなことされたっけ?


「そうですね。じゃあ、早く帰りましょう。大変なことは、たまには明日に回しちゃっても大丈夫ですよ」


アルがいたずらっぽく笑いながらそう言う。

それにつられてか、お父様も口角を少しだけ上げて「ああ」と返事をし、二人とも馬車の方へ歩いていく。

そのやり取りを見て、もう大丈夫だろうと思った私は、ハイルとの同調を静かに切るのだった。


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