お父様に栄養を与えましょう。
本日2話目です。
不安感の正体は気になるものの、今は特に何ができるわけでもないので、とりあえずハイルからの報告を待つことにして、午前のお勉強に向かう。
「今日は剣術と計算ですね!」
「剣術か…。最近リュートの腕が上がってきてるから、僕も頑張らないとね」
うーん…セイル兄様はずっと体が悪くて寝込んでたから、剣術のスタート地点は私とほぼ同じなんだよね。
けど、私はまだセイル兄様に勝ったことはない。
まぁ年齢差のせいで体格が全然違うから、今勝つことができないのは当たり前といえば当たり前なんだけど。
でもゲームのリュート様は、少なくとも学園に入ってからは剣術において誰かに負けたことなどなかった。
学園で年に一度開催される武闘大会の決勝戦で、唯一ラズのルートの時だけ接戦の末に紙一重で負けてしまったけれど。
でも、それだってストーリー的にラズが勝たないと話が進まないから、運営側も苦渋の選択でラズに勝たせたのかな、と思うぐらいの見事な接戦だった。
それに、それ以外のルートの時は全勝だったし。
私はそんな完璧イケメンなリュート様を目指しているので、剣術においては誰にも負けないようになりたいのだ。
そのポテンシャルは持っているはずだからね。
よって、セイル兄様のことも追い抜かしてみせる!
「…何か決意してるみたいだけど、そう簡単には負けてあげないからね?」
「…セイル兄様、エスパーですか?!」
「えすぱー?よく分からないけど、その顔とポーズを見て分からない人はいないと思うよ」
…はっ!
顔は鏡がないから分からないけど、いつのまにか盛大にガッツポーズを決めてた!
そりゃバレるわ…。
けど、戦いにおいて表情が読まれやすいのはイコール負けやすい、ということなので、これからはそれも鍛えていかなくちゃいけない。
「僕が学園に入学するまでには勝ってみせます!」
「その意気です、リューティカ様!」
後ろからビクッとするくらいの大音声で叫んだのは、剣術の教師役である前レーツェル家騎士団長のアックスだ。
「向上心があるのは良いことですからな!」と言いながら豪快に笑っている。
アックスは現騎士団長の父親で、もう50歳くらいだけれど、とても強い。
お父様に剣術を教えたのもアックスらしい。
アックスに教われば一流の騎士となれるのは、お父様を見ていれば分かる。
お父様は宰相でありながら戦で前線で戦っても大活躍できるほど強いらしいからね。
アックスは稽古の度にお父様も私たち2人も稽古に非常に真剣で真面目な筋の良い教え子だと褒め、孫のように可愛がってくれる。
アックスに剣術を習う時は、休憩時間にお父様の昔話がたくさん聞けるので、私の中で大好きな時間の1つだ。
「ふぅ。今日はこの辺にしておきましょうか。よく頑張りましたな、お2人とも!」
「ありがとうございました、アックス」
「ありがとうございました!」
アックスの方が身分は下なので本来は敬語は使わない方が良いのだけれど、剣術の稽古の時は師匠なのできちんと敬語を使う。
この辺は武士道と似てるなぁ、と私は思っている。
終わりの挨拶をしてアックスと別れ、全力の稽古で汗だくになったので一度部屋へ戻り、お風呂でクラハに全身洗われてから、計算のお勉強の為にセイル兄様の部屋へ行く。
正直、剣術で全身を使った後は眠たくなるので、計算は先にしたかったけど、計算の教師の人がこの時間にしか来れなかったんだから仕方がない。
計算に集中することで何とか眠気に打ち勝った。
「よし、自由時間ですね!セイル兄様、行きましょう!」
「はいはい。走ったら危ないから、ゆっくりね」
眠気というのは不思議なもので、授業が終わった瞬間に綺麗さっぱり吹き飛んでいった。
こんなに綺麗になくなるなら、授業中に無くなって欲しいものである。
ともあれ、やっと自由時間になったので、予定通り私とセイル兄様は料理人たちのいるキッチンに向かう。
クラハに先に話を伝えてもらっておいたので、料理長が入り口の前で待っていた。
「リューティカ様、セイラート様、よくぞいらっしゃいました!それで、旦那様のために作りたいものがあるとか…?」
料理長が好々爺のような笑顔で私たちを迎え、早速というように本題に入る。
私はとりあえず、お父様の現状について伝えることにした。
「うん!お父様はいつもお城にいる時、昼食を『時間の無駄だ』って食べてないみたいなんだよね。そんなこと続けてたら倒れちゃうかもしれないでしょ?だから、お父様が片手間に食べられる体に良いものを何か作ろうと思って」
私の話を聞いた料理長が、顔を曇らせた。
「旦那様は元からあまり食に執着のない方だったのですが、流石にそれは心配ですね…」と呟き、お父様が片手間に食べられるものを思案し始めた。
色々考えている料理長には悪いけれど、私はもう最初に作ってみたいものが決まっているのだ。
「料理長!僕ね、『スムージー』を作ろうと思うんだ」
私がそう言うと、みんなの顔にはてなが浮かんだ。
…ふむ、この様子だとスムージーはこの世界には存在しないんだろうか。
そうだとすると、もしかしてミキサーもないのでは…。
えー、もしそうならサンドイッチとかの方が良いかなぁ?
でも、いつも昼食を水と薬で済ませてたお父様にいきなりサンドイッチとか渡すよりはスムージーの方がいいと思うんだけどなぁ。
まあいずれはスムージーとサンドイッチのセットにしたいと思ってるけど。
「リューティカ様、『スムージー』とは一体どのような料理でしょうか?」
料理長が困惑しながら聞いてきたので、私はスムージーの大まかな説明をする。
すると、料理長が「野菜ソースを作るときの機械が使えそうですね!」と言ったので、その機械を使ってとりあえず作ってみることにした。
「おぉ、『ミキサー』だ!」
「…?ミキサーはリューティカ様には少し危ないので、使う時は私がやりますね」
ミキサーという単語を知らなかったので、うっかり日本語が出てしまったけど、料理長は少し不思議そうにしただけで流してくれた。
今ので発音は覚えたので、これからは間違えないようにしなくちゃ。
「じゃあ、まずはグリーンスムージーを作ろうかな!リンゴとバナナとほうれん草と蜂蜜を持ってきてくれる?」
お願いすると、不思議そうな顔をしながら持ってきてくれた。
前世でお母さんが色んなスムージーをよく作ってくれたので、スムージーの分量は大体覚えている。
それに、スムージーって割と好み次第でレシピとか全然違うから分量って言っても結構適当だしね。
持ってきてもらった野菜たちを目の前にして、私が用意されていた包丁を手に持つと、静かに見守っていたセイル兄様がぎょっとしたように止めてきた。
「リュート、流石に包丁は危ないよ」
「大丈夫です、剣とあまり変わりませんって」
「変わるでしょう…?!」と愕然としているセイル兄様をよそに、私は包丁を構える。
よーし、まずはリンゴを半分にして適当にカットして、バナナは一本をカット、ほうれん草も半分にしてカットして…と。
我に返ったセイル兄様が後ろでハラハラしながら見守っているのが分かるけれど、私は前世でちょくちょく料理をしていたのだ。
大丈夫に決まっている。
まぁ「何でやったことないのにできるの?」と言われても「器用だから」で済ませられるように、手馴れていない感じを演出しているのでセイル兄様は心配で仕方がないのかもしれないけど。
今は怪我をすぐに治せるハイルも近くにいないしね。
「料理長、これを全部ミキサーに入れてくれる?」
「や、野菜と果物を混ぜるのですか…?」
この世界では野菜と果物は別に食べるもの、という概念があるみたいで、それを混ぜることに抵抗感があるらしい。
まあ分からんでもない。
でも一緒に入れてくれないとスムージーが作れないので、我慢してもらうしかないね。
私に早く、と急かされた料理長がおっかなびっくりといった風にミキサーに野菜と果物を入れていく。
「じゃあ、そこにお水をコップ一杯くらい入れて混ぜて〜」
「…リュート、これすごい緑色だけど、飲み物…なの?」
…まぁ、見慣れていないと美味しそうには見えないよね。
けど、飲んでみると意外と甘くて美味しいのだ。
ミキサーから少しだけコップに移してもらい、飲んでみる。
…ふむ、私はもう少し甘い方が好みだから、蜂蜜を足そうかな。
ちなみに、私は小松菜を使ったスムージーはちょっと口がいがいがするのでほうれん草の方が好きである。
「セイル兄様もどうぞ!まだあるから料理長も飲んでみて!」
あ、蜂蜜はお好みで、と付け足す私を見てから、セイル兄様はコップに注がれたスムージーを眺めて戸惑っていたけど、意を決したようにぐっと一息で飲み干した。
それを見て、料理長も飲み干す。
私は2人の様子を伺いながら、感想を待つ。
すると、2人とも目を見開いてびっくりしたようにコップを見つめ、「甘い…」と呟いた。
「甘くて美味しいでしょう?」
「そうだね…正直驚いたよ。果物と野菜って意外と合うんだね」
「私も驚きました!果物と野菜を混ぜるのにはまだ抵抗がありますが、色々と試してみたくなりましたよ」
2人の反応が上々であるのを見て、ふふん、と胸を張る。
よしよし、これならお父様もきちんと栄養が取れるだろう。
最初はスムージーから始めて、徐々に小さなサンドイッチなどを増やしていくのだ。
最終的にはおかずまで食べさせたいけれど、そこに到達するためにはお父様の仕事量の問題が残っている。
そっちもどうにかできないかなぁ…。
「リュート、これなら父上も仕事の手を止めずに栄養を取れるし、きっと飲んでくれるよ」
私がお父様の仕事量のことで悩んでいるのを、飲んでくれるかどうか不安なのだと思ったらしいセイル兄様が慰めてくれる。
…そうだね、当面はこれで大丈夫だろう。
それより、スムージーのバリエーションが少ないと飽きてしまうかもしれないので、何種類か作っておこうっと。
「そうですね!それじゃあ、他にもスムージーを作りましょう!どんなのが良いかなぁ…」
料理長やセイル兄様にお父様の好みを聞いてアイデアを出し合いながら、スムージーのバリエーションを増やしていく。
ついでにサンドイッチについても話しておこうと私が口を開きかけたその時、私の耳にハイルの声が聞こえた。




