翌日です。
初めてお城に行ってから一夜。
いやー、昨日は本当に色々あったね!
最初はただお父様に会いたくてお城に行っただけのはずなのに、会った直後にいきなり王様が登場し、王子たちに紹介され、2人の確執を見せられ、仲直りのために奔走し、2人を仲直りさせて、ヘル様からお礼を言われ、と。
……短時間で色々ありすぎでしょ!
本っ当に、昨日は大変だったなぁ。
でも、頑張ったおかげでお父様と一緒に帰れたし、帰ってからもお父様とセイル兄様と思う存分いちゃいちゃできたし、大満足だ。
(けど、結局前と同じで私が喋りっぱなしだったなあ。私ばっかり喋っちゃって良かったのかな?)
まぁ、前回も今回も緊張気味で2人とも口数少なめだったから、私が喋ってばかりなのは仕方ないとも言えるんだけど。
……もし、私が喋らなかったらどんな時間になってたんだろう?
…ちょっと興味があるけど、せっかくの家族団欒の時間に無言のままっていうのはもったいないから、実験するのはやめておこうっと。
「ふんふふーん♪」
昨日屋敷に帰ってきてから今までずっとご機嫌で、思い出しては鼻歌を歌っている私に、クラハは苦笑気味だ。
けれど、その眼差しは優しい。
微笑ましく見守られているのが分かる。
普段ならば、その視線に気づけば浮かれている自分が恥ずかしく思えてくるけど、今回は気にしない。
…というか、気にならない。
だってだって、昨日の夕食に続いて今日はお父様と朝食まで一緒に食べられるのだ。
これでご機嫌にならない方がおかしいでしょ!
お父様はいつも朝食スルーな上、私たちが起きるよりも早く仕事に行っちゃうから朝はほっとんど会えないんだもん。
「リュート様、嬉しいのは分かりましたから、早くお着替え下さい。楽しみになさっている朝食に遅れてしまいますよ」
……それは困る!
鼻歌を歌いながら呑気にスキップしている場合じゃなかった。
早く着替えなくちゃ。
…ま、着替えるって言っても私は突っ立ってるだけで使用人さんたちが勝手にやってくれるんだけどね。
毎回毎回3人がかりで着替えさせられるのだ。
人数は衣装によってもう少し増えたりもするけど。
今も、私がすっと腕を上げたのが合図となって、使用人さんたちが無駄のない完璧な動きであっという間に着替えさせてくれた。
「リュート様、終わりました」
「ありがとう」
にっこり笑ってお礼を言うと、使用人さんたちがいつも通り「はいぃっ!」と言って顔を赤らめ、鼻血を出しそうになりながら悶える。
…うん、君たち本当毎回毎回倒れるんじゃないかと思うくらい大袈裟に悶えるよね。
私ももう慣れてきちゃったよ。
君たちもいい加減私の笑顔に慣れてくれ……頼むから。
1日の中で何回も…本当、何回も悶えられるこっちの身にもなってほしい。
「…教育が足りないようですね…」
「……?何か言った?クラハ」
もういっそ笑顔でお礼言うのやめようかな、と私が使用人さんたちの悶えっぷりに半目になっていると、クラハがいつもより数段低い声でぼそりと何か呟いた。
俯いていて顔が見えないんだけど、なんて言ったんだろう?
「…いえ、リュート様は気になさらなくてよろしいのですよ。さぁ、食堂へ参りましょう」
…顔を上げたクラハが一瞬すごい黒い笑みを浮かべていたように見えたんだけど、気のせい…?
私がクラハの顔を訝しげに見ていると、クラハの笑顔の圧力が強くなった気がした。
…うっ、なんか悪寒が…。
よし、このことに関してはこれ以上考えないほうがいい気がする。
今のことは記憶から消し去って、さっさと食堂へ行こう。そうしよう。
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「あれ、リュート。おはよう。…早かったね?」
食堂に到着して少しすると、セイル兄様がやって来た。
いつもはセイル兄様より起きてくるのが遅い私が先に着いているのを見て、不思議そうな顔をしたセイル兄様に、私は遠い目で答える。
「あ、セイル兄様、おはようございます…何というか、見てはいけないものを見た気がして早くその場から立ち去りたかったというか…」
「…よく分からないんだけれど…」
私の答えを聞いたセイル兄様は、意味が分からないといった顔になった。
説明を求めるような視線で見られるが、これ以上その話題を続ける気になれない私はそっと視線をそらす。
「セイル兄様、知らない方が幸せなこともあるのです」
「…ふーん?」
乾いた笑いをして誤魔化す私に、セイル兄様は腑に落ちないながらも一応引き下がることにしたらしい。
しばらく2人で雑談しながらお父様が来るのをまっていると、優雅でありながらもものすごいスピードで食堂の前を通過していく影が見えた。
…昨日もこんなことがあったような…。
「…セイル兄様、今のは何でしょうね?」
「…………」
私が本日2度目の遠い目になってセイル兄様に尋ねると、今度はセイル兄様が無言のまま目をそらした。
…私もセイル兄様も、元々騎士たちに賞賛されるほど動体視力が優れている。
それが剣や弓などの鍛錬により更に鍛え上げられているのだ。
…よって、さっきの影の正体ははっきりくっきり見えていた。
けれど今までのその人とイメージが違いすぎるため、昨日も同じことがあったにも関わらず、今日もまだ現実を受け止められずにいるのである。
「だ…っ、旦那様!食堂を通り過ぎておりますよ!」
「…む。そうか…」
ぜいぜいと息を乱して後ろから追いかけて来た使用人に対し、涼しい顔で通り過ぎた食堂まで戻ってきたのは……お父様、だ。
やっぱり、今日もお父様で間違いなかったのか…。
…昨日も心の中でつっこんだし、つっこんだら負けだと分かってはいるけれども…。
…あーーもーー!!!
お父様、何やってんですか?!
使用人さん置き去りにするほど急いで歩いて来たのに、急ぎすぎて食堂通り過ぎるとか何だソレ!!!
あほか?!
あほなのか?!?!
しかも使用人さんはあんな疲れてんのにお父様は息すら乱れてないし!!
さすがは私たちのお父様、無駄にハイスペックですね!!!
…と、最後は褒めてんだか貶してんだか分からなくなりながら一気に心の中で叫んだせいで、声に出していないのに息が上がった気がする。
なんかもう朝から疲れた。
本当に、何でこんなおとぼけキャラみたいな行動を……ん、待てよ?
あれはおとぼけっていうよりはむしろ天然…?
…ふむ、だとすればお父様らしくはある、のかも。
お父様は表情と感情が一致しない天然不器用さんだからね。
…じゃあまあ、お父様はクール系天然ってことで。
お父様の攻略対象感がさらに上がったな…。
「父上、おはようございます」
「ああ、おはよう」
私が心の中で全力でつっこんでいる間に考えることを放棄したらしいセイル兄様は、お父様の不思議な行動については華麗にスルーしてにこやかに朝の挨拶をした。
…むぅ、私もこれくらいのスルースキルを身につけなきゃいけないのかもしれないな。
これから一癖も二癖もある攻略対象たちとどんどん出会うんだろうし、絶対必要だよね。
そんなのと出会う度にいちいち全力でつっこんでたら絶対身がもたないもん。
セイル兄様を真似してスキルを磨こう、うん。
そんなことを考えていると、セイル兄様がお父様に気づかれない程度に小突いてきた。
「リュート、朝の挨拶」
セイル兄様が私だけに聞こえるような小さい声でそう言う。
…しまった、つっこむのに必死で挨拶するのすっかり忘れてた!
いつのまにかお父様が相変わらずの無表情で私の方をじーっと見ている。
明らかに私が挨拶するのを待ってるよね、これ。
早く挨拶しなくちゃ!
「お、お父様、おはようございます!」
「うむ」
ふぃーっ、危ない危ない。
これで本当に挨拶しなかったら礼儀作法に厳しいクラハに雷を落とされるところだった。
…忘れてたのは明白だから多少はお小言をもらうかもしれないけどね。
まぁでも私の挨拶を受けたお父様が、無表情のままではあるけれど、なんだか少し満足気に見えるのでセーフだと思っておこう。
「…セイル、リュート。…今日は何をする予定だ?」
朝食を食べ終わった後、食後の紅茶を飲みながらお父様がそう尋ねてきた。
んー、今日の予定ねぇ…。
今日はお勉強が午前だけの日なので、いつものようにお勉強をした後、午後からは自由時間のはず。
何をしようかな?……あ、そうだ!
「今日は午前にお勉強、午後からはお父様が片手間に食べられる体に良いものについて料理人たちと考えたいと思います!」
「僕はリュートの手伝いをします」
昨日、お父様の食事事情を聞いて作る!と決意したことを思い出した私がキリッとした顔で宣言すると、セイル兄様がすかさずそう言った。
…『手伝い』が『監視』に聞こえるのは私だけだろうか。
ぷうっと不満げに膨らんだ私の頰を見て、セイル兄様は苦笑しながら「怪我でもしたら大変だからね」と言った。
…そんなに危なっかしく見えるかな、私。
「…うむ、そうか…。…リュート、心遣いはありがたいが、あまり無理はしないように。…セイル、頼んだぞ」
私たちが今日の予定を報告すると、お父様はグッと眉を寄せた難しい表情で忠告をしてきた。
…これは、料理人の邪魔をしないようにきりのいいところで諦めなさい、ってこと?
それとも、ただ単に心配してくれてるだけなのかな?
……まぁどちらにせよ、やることは変わらない。
お父様の健康を確保するために、私の持っている知識を総動員して頑張るんだから!
…多少周りを巻き込みながら、ね!
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「父上、お気をつけて」
「お父様、お仕事頑張ってくださいね!」
食後のティータイムが終わったら、お父様はもうお仕事に行く時間だ。
普段よりも一緒にいる時間が長かったせいか、お父様と離れるのがすごく寂しい。
けれど、それを押し込めて笑顔で見送る。
「あぁ。2人とも、よく勉強に励みなさい。…それでは、行ってくる」
お父様は使用人さんたちに私たちのことを頼んだ後、最後に私たちを見て、言葉をかける。
そして、玄関を出ようとお父様が踵を返した瞬間、何故だか私の胸がざわついた。
お父様はただ仕事に向かうだけなのに、馬車に向かうお父様の後ろ姿が離れていくことに、言い様のない不安を感じる。
…何でだろう。
何も、不安に思うことなんてないはずなのに…。
不安が顔に出ていたのか、横にいるセイル兄様がするりと私の頭を撫で、手を繋いでくれる。
見上げると、セイル兄様も強張った顔をしていたけれど、目が合ったと思ったら微笑んでくれた。
それに少し安心して、お父様が馬車に乗り込み、出発するのを見送る。
見つめているうちに、馬車はだんだんと遠ざかっていった。
…さっきから感じているこの不安感は、一体何なんだろう?
嫌な予感、と言ってもいいかもしれない。
振り払うことができないその予感を少しでも和らげるために、私はハイルに1つ頼みごとをすることにした。
『…ねぇ、ハイル。お願いがあるんだけど…今日1日、お父様について私に様子を報告してくれないかな?何だか心配で…』
『いいよ。僕に任せて、ティカ』
早速ハイルに伝えると、ハイルは快く引き受けてくれた。
少しでも安心してもらえたらいいな、と思い、セイル兄様にもハイルのことを伝えておく。
それを聞いて、セイル兄様の表情から強張りが少しだけ取れた。
けれど、私の中にある不安感は拭い去れなかった。
…ハイルに報告を頼んだんだから、大丈夫。
何かあればハイルが知らせてくれる。
そう自分に言い聞かせても、やっぱり胸はざわざわと落ち着かない。
セイル兄様も何か感じているのか、繋いだ手に少し力が入り、もうかなり遠いところまで行ってしまった馬車を見つめ続けている。
使用人さんたちは私たちに気を使ってくれたのか、完全に馬車が見えなくなるまで玄関の扉を閉めることはなかった。
難産でした…。
頭の中で考えがまとまらなくて、書きたい気持ちはあるのに話が進まないという…。
今回はそんな一話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。




