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宰相補佐官のお迎えです。

「セイル兄様、僕たちはどうすれば良いんでしょうか」


「うーん……下手に動くと怒られるだろうしね……」


どうしようかとセイル兄様と二人で立ち尽くしていると、向こうの方から何やらバタバタと慌ただしく走ってこのフロアに入ってくる人が見えた。

……慌ただしく走ってるのにあまり無作法に見えない不思議。


「セイル兄様、あの人誰でしょうね?」


「うーん……分からないな。名前は知っているんだろうけれど」


その人は入り口で一度立ち止まって誰かを探すようにきょろきょろと周りを見回し、やがてその様子を観察していた私たちとばっちり目が合った。

……え、なんだろう、すっごい凝視されてる。


私たちも何となく視線を逸らすことが出来ず、そのまま数秒見つめ合っていると、突然その人がぱあっと顔を明るくしてこちらに駆け寄ろうとして……次の瞬間、盛大にコケた。


「「「……」」」


私とセイル兄様とその人の間に微妙な空気が流れる。

……い、いたたまれない。

気まずいかもしれないけどそのまま固まってないで早く起き上がってください!

なんと声をかけたら良いのかも分からず、セイル兄様と二人でその人を見つめていると、視線に気がついたのかその人がムクリと起き上がった。


「……とりあえず登場からやり直してきますね!」


「「え?」」


非常に爽やかな笑顔でそう言い、踵を返してフロアから出ていこうとするその人を呆然と見送った後、はっとして慌てて引き留めた。

それでも強引に出て行こうとするその人の服の裾を引っ張って無理矢理止め、元の場所まで連れてくる。

…………ちょ、待て待て待て。だから行くなってば!

人がちょっと油断して裾を握る手の力を緩めたからって逃げるんじゃない!


「うう……フィル様のご子息に初っぱなからこんな失態を見せるなんて……」


「何なんですか一体……。いえ、それよりも、貴方はどちら様ですか?」


逃げるのを諦めたと思ったら今度は両手で顔を覆って落ち込み始めたその人に、セイル兄様は呆れの視線を向けながら名前を聞く。

セイル兄様……もうちょっと優しくしてあげようよ……。

まあでも、私もこの人が誰なのかは知りたい。

さっきこの人「フィル様」って言ったよね?

うちのお父様の名前がフィレンツで愛称がフィルなんだけど、もしかしてお父様のこと言ってるんだろうか。


「……あ、ああ、申し遅れました。僕は宰相補佐官のアルト・リート・ブラントです。アルと呼んでください。僕は伯爵位なので、敬語もいりません」


アルト・リート・ブラント……「ト」が多いな。

あ、ブラント伯爵家ってクラハに教え込まれた貴族たちの名前とか歴史とかの授業の中で聞いた気がするな。

確か、アルはそこの三男だったはずだ。


その授業の中で、この国では自分より身分が上の者には誰であっても敬語を使うけれど、身分が下の者に敬語を使うと相手が年上であっても品位に欠けるとされるため、うっかり敬語を使わないように注意しなければいけない、と教わった。


……ま、私の家は公爵家だから敬語を使わなきゃいけないのは王家だけなんだけどね。

あ、あと、公式の場では同じ立場である他の公爵家の人たちにも敬語を使うらしい。


……いや、今はそれよりも、アルがどうして私たちの方に来たのか聞いておかないと。

宰相補佐官って肩書きから何となく察しはつくけど、間違ってたらあれだし、一応ね。

セイル兄様も私と同じことを思ったのか、口を開く。


「それなら、アルと呼ぶよ。それで、何故ここへ?」


「ええと……フィル様にご子息を案内するよう言われていたんですけど……ちょっと迷ってしまって」


「「……」」


はは、と眉を下げて笑うアル。

……おいおい、父様!

明らかに案内人の人選間違ってますけど?!

馴れているはずの城内で迷う案内人は案内人として役に立たないと思います!

……いくらなんでも、執務室には戻れるよね?さすがに。

……ふ、不安だ。聞いてみよう。


「あの、アル……一応聞くけど、宰相執務室には戻れる……?」


「あ、はい!それなら大丈夫ですよ」


良かったぁー!

なるほどね、お父様は入り口から宰相執務室までだけ案内できればそれで良いと思ったからアルを寄越したのか。

逆に、アルを寄越して他の場所を好奇心で見回る気を無くさせるのも目的だったかもね。

実際アルに連れられて城内見回るとか迷いそうで勘弁だし。


そんな小細工するほど城内が危険なのか、それともただ単にお父様に会いに来ただけだし、それ以外の場所に行かないだろうからアルでも問題ないと思ったのか……うーん、分からんな。

ま、とりあえずお父様のところへ案内してもらおう。


「それなら良いや。じゃあアル、僕たちをお父様のところまで連れていって!」


「はい。それではこちらへどうぞ、リューティカ様、セイラート様」


……さっきから思ってたんだけど、アルって優しい陽だまりみたいで、なんか一緒にいて癒されるような雰囲気があるなあ。

ま、ドジで方向音痴なのは確定っぽいけどね。

そんなんでよく宰相補佐官になれたな……いや、待てよ?

いくら内政を司るリート一族の者だからって優秀じゃなきゃ宰相補佐官になんてなれるわけないし、アルは多分優秀なんだろう。

……さっきの姿からは優秀さなんて欠片も見つけられなかったけど、多分ね!


私たちがアルに続いて歩いている間、アルはずっと笑顔を絶やさずに私たちが知らない普段のお父様の様子を教えてくれた。

お父様は家でも無表情でどことなく近寄りがたい雰囲気はあるけど、お城ではそれプラスでブリザードを吹き荒らしているらしい。

……物理的に。

……お父様は中位の水の精霊と契約しているらしいから、その影響なのかなあ。



……あ、精霊と契約すること自体はこの世界では割とあるみたいなんだよね。

低位精霊との契約はそれこそありふれているし、中位の精霊と契約するのは珍しいけどそれなりにいる。

高位の精霊と契約する者はほっっとんどいない。


……ははっ、そう考えると私たち兄弟の異常性が分かるよね。

ハイルとアインは高位精霊なので中位とか低位に擬態できるし、周りの目は誤魔化せるから本当は城に連れてきても良かったんだけど……。

私たちの場合は、年齢が幼いのに兄弟二人とも精霊と契約しているのがそもそも異常らしいのでやめておこうという話になった。


それに、最初はセイル兄様だけがアインを連れてるならおかしくないかもって話になったんだけど、アインだけ私たちと一緒にいられるなんてずるいとハイルが拗ねてしまったので、仕方なく二人とも置いてきたのだ。

普通の人には精霊は具現しないと見えないけど、城には精霊眼を持つ人もいるだろうし、念には念を、ってね。


……そうこう考えているうちに執務室へ到着したらしい。

いかにも偉い人の部屋ですって感じの、装飾が美しく重厚な扉が威圧感たっぷりに私たちを出迎えてくれた。


……うーわー、なんだこの部屋入りづらっ!

この扉を開けた先に怜悧な美貌をもつお父様の無表情の威圧とブリザードが待っていると考えると、ここに書類を出しにくる文官たちのプレッシャーは相当なものだろう。

可哀想に……。


私も若干怖いけど、アルが非常にのんきに鼻歌でも歌いそうな様子で扉を開けようとしているので、ちょっと気が抜けた。

……よっしゃ、今日はお父様との距離を縮めに来たんだから、緊張してないで笑顔で頑張らないとね!

そう私が覚悟を決めた直後、アルが執務室の扉を開いた。

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