四歳になりました。
セイル兄様と初めてお散歩した日から二年が経ち、私は四歳、セイル兄様は八歳になった。
今日は、いつも遅い時間に帰ってきてなかなか会うことができないお父様が、珍しく早い時間に帰ってくるらしい。
「……お父様が?」
クラハからそれを聞いて、一緒にこの国の歴史のお勉強をしていたセイル兄様は少し顔を強張らせた。
……うん、まあ気持ちは分かるよ。
お父様、本当にぜんっぜん会えないし、正直私たちのことなんてどうでも良いのかと思うレベルだし、会うの緊張するんだよね。
ま、会えない理由は忙しいからだっていうのは分かってるんだけど。
……でも、私たちのことがどうでも良いとか、愛してないとか、そんなことはないと思う。
だって、お父様はお母様の事件の時、他にもいくつか理由はあるけど、私の身の安全を考えて男として育てると決めたみたいな主旨のことを言っていたはずだ。
……クラハを納得させるための嘘だって可能性は否定できないけど、私はお父様が私を想ってくれていたからだと信じたい。
けれど、それを知らない幼いセイル兄様が、お父様の気持ちが分からずにお父様から距離を置いてしまうのも無理はない。
今だって、顔を強張らせたのはお父様が嫌いだからとかじゃなく、単になかなか会えない父親と急に会うことになって緊張しているだけだろう。
お父様が私たちを多少なりとも想ってくれていることを知っている私だって緊張するんだから。
たまに会うお父様はいつも難しい顔をしていて、割と若いのに(……確か今年28歳だったはず)かなり近寄りがたい雰囲気があるのだ。
クラハから教えてもらったお父様のあだ名は、『氷の宰相様』らしい。
もうそれだけで仕事中に周囲にブリザードを撒き散らして怯えられているんだな、と分かる。
宰相がブリザード……。
うん、さすが『クロヒル』。王道てんこ盛りだ。
「じゃあ、今日は父上と夕食を一緒に食べるんだね?」
「ええ、そうなります」
セイル兄様が緊張した面持ちのままクラハに尋ねる。
ふむ……この機会にお父様と距離を縮められないかな。この機会を逃すと次はいつになるか分からないし、このままだとセイル兄様もお父様もすれ違ったままで寂しいだろうし。
……それと、宰相であるお父様と距離を縮めておけば死亡フラグを回避出来る確率が上がるかな~、なんて打算も少々。
「セイル兄様、楽しみですね!」
「……そうだね、リュート」
……うーん、緊張してるねえ……。
お父様と距離を縮めるなんて言うのは簡単でも、達成するのは難しいよねえ。どうしたら良いんだろう。
パーティーでも開く?
いやいや、今からじゃ準備が間に合わないでしょ。
「……リュート?」
それじゃあお父様と腹を割って話すとか?
……余計緊張しそうな気がするけど、悪い案じゃないよね。
でも、もう少し軽めな感じで何か出来ないかなあ……。
「リュートー?……またか」
……あ!
良いこと思い付いた!
これなら、お父様に私たちへの愛情があれば無下には出来ないはず!……多分!
今日はお父様のお仕事が少なかったから早く帰ってきたんだってクラハが言ってたし、グッドタイミングだ。
「すぅー……リュートっ!!」
「ふぁいっ?!」
びっくりしたぁー!
まだ心臓がばくばくいってるよ……。
「リュート、集中すると周りの声が聞こえなくなる癖何とかしようよ……」
「ご、ごめんなさい……」
セイル兄様に怒られてしまった。
まあ、このやり取り何回もやってるからね……。
でも、良いことは思い付いた。
……良いことっていうかものすごい普通……いや、ごり押し?って感じだけどね。
「セイル兄様、今日はお父様と仲良くなれるように頑張りましょうね!」
「え?」
ま、この作戦だと頑張るのは私だけどね!
でも、セイル兄様のためなら私はいくらでも頑張ってみせる!
あと自分のために!
ポカンとしたままのセイル兄様にもう一度満面の笑顔で「頑張りましょうね!」と言ってからお勉強の続きに戻る。
「……え、ちょ、リュート?頑張るって……」
当惑しているセイル兄様をあえてスルーして、鼻歌を歌いながら勉強を続ける私に、セイル兄様は諦めたようにため息をひとつ吐き、自分も勉強へと戻ったのだった。
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……さてさて。
現在、私とセイル兄様はお父様をお出迎えするために手を繋いで玄関前で待機しております。
お父様はもうすぐ帰ってくるそうなので、セイル兄様の顔がだんだんと強張り、繋いでいる手にも心なしか力が入って、緊張してきたのがよく分かる。
「お二人とも、フィレンツ様がお帰りになられたようです。いつも練習している通りにご挨拶を」
「……分かった」
「うん!」
……最近、礼儀作法をクラハから叩き込まれているのだが、その中でも一番力を入れているのが挨拶なのだ。
挨拶は第一印象を左右するものだから、と。
これが本当に厳しくて、何度やり直しをさせられたことやら……思い出すだけで遠い目になってしまう。
今回はそれの『お帰りなさい』バージョンだ。
なんて考えている内に扉が開く気配がしたので、慌てて背筋を伸ばして出迎えた。
「父上、お帰りなさいませ」
「お父様、お帰りなさいませ」
練習通りの完璧な挨拶をしてみせたセイル兄様に続いて、私もできるだけ丁寧に紳士の礼をとり、挨拶をした。
……よし、完璧。
顔を上げると、お父様が少し私たち二人を眺めた後で頷き、返事をしてきた。
「ああ、ただいま帰った」




