セイル兄様とお呼びします。
「お兄さま、アイン、おめでとうございます!」
とりあえず私は祝福をする。
というかアインって高位精霊だったのねとか、状況にいまいちついてこられてない人が三名ほどいるとか、そういうことは後回しにしてだ。
「ありがとう、リュート」
『ありがとう、リューティカ。……リューティカは長いわね、私もハイルと同じようにティカと呼ばせてもらっても良いかしら?……それと、セイラートも。そうね……セイル、と呼びたいのだけれど』
「もちろん!」
「いいよ、アイン」
良かった、と微笑むアイン。
ぐはっ、美人!お兄様と二人並ぶ姿はまるで天使と女神のようだ。
まあアインは女神にしてはちっちゃいけど。
「……そうだ、リュートもセイルと呼んで?僕だけリュートを愛称で呼ぶのもなんだか寂しいしね」
「良いのですか?じゃあ、セイル兄さまと呼びます!」
予想外だったけれど、愛称で呼ぶことを許してもらったので、今後お兄様のことは愛称で呼びたいと思う。
……ところで、そろそろポカンとしているクラハたちに状況を説明してあげようか。何となく可哀想に思えてきた。
「……クラハ。今、セイル兄さまが地の高位精霊と契約したんだ。祝福してあげて?名前はアインだよ」
「……そうですか。それでは、セイラート様、アイン様、おめでとうございます。これでセイラート様の身もかなり安全になりますし……非常に安堵いたしました」
私が一言言っただけですぐに意識を切り替えて祝福をするクラハって、本当に優秀だよね。
……まあ、全ての疑問を押し殺して水に流した感じがするけど。
その他……庭師のバオムと騎士の二人も、クラハに追随するようにして、戸惑いながらも祝福の言葉をかけていた。
「……そうだ、セイラート坊っちゃま。温室の管理が難しいならば、鉢植えを差し上げましょうか。お部屋の日の当たる場所に置いて、育ててはいかがですかな?地の精霊と共に育てるのであれば、そう簡単に枯れはせんでしょう」
一通り祝福し終わった後、バオムが思い出したとでもいうようにセイル兄様に提案した。
確かに、鉢植えなら簡単そうだし、アインが一緒なら枯らす心配もなく、安心だ。
……ていうか、地の高位精霊なら枯れてしまった大樹でさえ蘇らせることが出来るらしいとクラハが言っていたしね。
もし万が一、億が一枯らしてしまったとしても何とかなるだろう。
……まあ、精霊のことは分からないことも多いので本当かどうかは分からないけど。
「いいの?ありがとう、バオム。そうだね、アインと一緒ならしっかり育てられそうだ」
『ええ、任せて!どんな植物でも上手く育てられるように私がセイルを手助けするわ』
セイル兄様はバオムから鉢植えをもらい、育てることにしたようだ。
何の鉢植えにするかで、アインと共にものすごく悩みに悩んだ結果、『カランコエ』という名前の花を選んだ。
『カランコエ』は、サボテンと同じく多肉植物で、栄養繁殖能力も高く、とても丈夫で育てやすい植物らしい。
へー、としか言いようがないが、セイル兄様が楽しそうに語っているので少しそのまま聞いていたいと思う。
セイル兄様が教えてくれた『カランコエ』の花言葉の中で私が気に入ったのは、「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「長く続く愛」「幸せを作る」……そして、「あなたを守る」。
たくさん花言葉があるけど、どれもこれも良い意味の言葉ばかりなのが印象的だった。
正直、初めて聞いた花の名前と花言葉だけど、小さいお花がたくさん咲いていて可愛らしい花だった。
「さっきも言ったけど、僕はリュートを支えて、守っていきたいんだ。だから、「あなたを守る」という花言葉を持つこの花を選んだんだよ」
……悶絶ものである。
こんな天使からこんな可愛らしいことを言われて悶えない者などいようか、いやいない!
鉢植えの中である程度育って花が咲いたら何本か私に贈ってくれるらしい。
今から楽しみ過ぎてしばらくそわそわしてしまいそうだ。
……ああ~、『カランコエ』の鉢植えを両手で抱えるセイル兄様天使!
「……リュート様、嬉しいのは分かりますが落ち着いてくださいね?それと、セイラート様にお礼を」
クラハの落ち着いた声で苦笑しながら言われると、なんだかいつも癒されたような気分になる。
クラハの声からはマイナスイオンでも出ているのだろうか。
それとも鎮静効果があるとか?
あ、母親代わりだからかもしれないね。
「……リュート様?」
にっこり。
そう効果音が付きそうな笑顔を向けられた。
はい、ごめんなさい。落ち着きます。
お礼もちゃんと言います。
「セイル兄さま、ありがとう!僕もセイル兄さまを守ります!」
「どういたしまして。嬉しいけど、僕が守るからね?」
苦笑しながらそう言われたが、誰がなんと言おうと私だってセイル兄様を助けるのだ。
お兄様は天使だから誘拐とかされそうで怖いからね。
堂々巡りになりそうな私たちの会話の雰囲気を察してか、クラハが声をかけてきた。
「そろそろ戻りましょう、お二人とも。もうお昼を過ぎております。お食事のお時間ですよ」
おお、結構長居してしまったみたいだ。
バオムも仕事があるだろうし、今日はこれで退散することにしよう。
私たちはバオムにお礼を言いながら温室を出た。
屋敷の中に戻るとすぐに自室に行き、着替えをさせられて手や体を拭かれてからようやく食堂に連れていかれた。
……まあ庭に出たし土や植物にも触ったけど、何も全身拭かなくたって良くないですか?
土埃とかついてるだろうから着替えるのは分かるけど、拭くのは手だけでいいのに。
「本日はセイラート様が初めてリュート様とご一緒するということで、料理人たちがはりきっておりましたよ。セイラート様はいつも自室でお食事を召し上がっておられましたから」
クラハの言葉に頷く。
セイル兄様が自室で食べてたなら、今まで食堂ですら会わなかったのも納得だ。
最初はセイル兄様の食事の時間と私の食事の時間がずれているだけかと思っていたけど、それにしてはさすがに会わなさすぎだったし。
あ、セイル兄様ってずっと体に優しいものしか食べてなかったと思うんだけど、ステーキとかハンバーグみたいな感じの重たいものも食べられるようになったのかな?
ハイルに聞いてみよう。
『ああ、食べられると思うよ。まあ食べられるのと好みは別問題だから、食べるかどうかは分からないけどね』
そりゃそうだ。
私だって食べられるものと食べたいものは違うもんね。
まあでも今回はセイル兄様に配慮して野菜メインの体に優しい食事なんじゃないかな?
このお屋敷の料理は美味しいから、今日も楽しみだなあ。
食堂に入ると、セイル兄様が既にテーブルに座っていた。
私は向かいに座るか隣に座るかで一瞬悩んで、隣に座ることにした。
……向かいだと遠いんだよね。
お父様がいる時は向かいに座らないといけないと思うけど、今はいないから良し!
クラハも私の気持ちを察してか何も言わないしね。
「いただきます!」
予想通り料理人たちはセイル兄様に配慮したらしく、いつもより野菜多めのメニューだった。
……私は前世から基本的に嫌いな食べ物はないのだが、キノコだけはどうしても無理だ。
出てきたら必死になって食べるけれど、あの何とも言えない食感が無理なのだ。
だからいつも食べるとはいってもほぼ丸呑み状態で、それが難しいエリンギは私の一番の強敵である。
……なぜそんな話になったのかというと、いるからだ。
私のお皿の上に、強敵が。
……どうしてだ!今まで一回もエリンギなんて出てこなかったじゃないか!
この世界にはエリンギは無いのだと嬉しく思っていたのに!
なんて文句を言ったところでエリンギはお皿の上から消えてくれはしない。
……くっ……覚悟を決めるしかないのか……!!
「……リュート、エリンギを前にそんな百面相しなくて良いから。苦手なら僕が食べてあげるよ。ほら、このお皿に移して?」
「……セイル兄さま……!」
なんと!こんなところに救世主が!
どうやら内心の葛藤が顔に出たのを見られていたらしく、苦笑しながらセイル兄様がお皿を差し出してくれた。
私は救いを見つけてキラキラした目でセイル兄様を見つめ、お礼を言ってからいそいそとエリンギを差し出されたお皿に移していく。
セイル兄様はくすくすと笑いながら移し終わったお皿を受け取り、綺麗に食べきった。
それを見ながら使用人たちがほっこりしていたのには全く気づかず、その後も二人で仲良くデザートを食べたりお茶を楽しんだりして過ごしたのだった。




