第七話 小さな悪魔
(なんだこのガキ!?ガキの癖になんでこんな強烈なプレッシャーを感じる!?)
後から来た男、フロレスはその子供の放つ視線に一瞬だが恐怖を感じた。それだけ彼の視線はただただ鋭かった。
その子供はマニエルの剣でマニエルに拷問まがいの事をし始めた。本当に子供なのかコイツは!?
「いきがるんじゃねぇぞガキが!」
フロレスは気持ちを押さえつけ、エルヴィスに殴りかかった
マニエルが腰に剣を下げていたので転ばせたときに隙を見て頂戴しておいた
これでこいつの体に少しずつ傷を付けて話を聞き出せないかな
「ねぇ、いい加減どこか教えてくれない?」
「てめぇ!俺の剣を取りやがって!」
「会話の成立しない奴は嫌いだって言ってるだろ」
そう言うと、マニエルの腕を切り裂く
「いてぇぇぇぇっ!何しやがる!」
「どこだよ?早く言えよ」
「うるせぇ!言うわけねぇだろ!」
次は脚の腱。確かアキレス腱が切れたら歩けなくなるとか聞いたことがある
「あああああっ!」
「ねぇ、なんで教えてくれないの?自分の命とひとりの女の子、どっちか大事なの?」
次はどこを切ってやろうか、そう考えていると体のでかい方が殴りかかろうと走ってきた
「あ!おじさんでもいいよ!その女の子、僕の妹だと思うんだ。居場所を教えてくれない?」
「うるせぇ!くらいやがれ!」
その男、フロレスが拳を振りかざしてくる
その速度はなかなかのものだ。喰らえば僕の体くらいなら吹き飛んでしまうほどの威力もあるだろう
でも、ダニエスより遅い。ダニエスより威力もない
まだ本気のダニエスと打ち合うことは出来ないが、数年あの筋肉ダルマの剣を受け続ければ嫌でもこの程度の速度にはなれる
フロレスの拳を簡単に躱すとマニエルの剣で脇腹を切り裂く
「ぐっ!」
傷が深かったようで、フロレスは呻き声をあげて倒れ込む
僕は倒れているフロレスの顔をのぞき込むと一言
「妹の場所を教えろ」
そう冷徹な目で命令した
悪魔だ。
目の前の子供は人では無い。この歳でこれだけの事をする力も精神もあるはずがない。普通ならば。
目の前の悪魔の命令にフロレスは従うしかなかった。
命令に背けばなにをされるか分からない。
相手は悪魔だ。良心なぞあるとは思えない
四肢をもがれるか、耳を削がれるか、はたまた殺されるか。
何をされても不思議ではないように思えた。
目の前の子供への恐怖で頭の中が一杯になる
「あ、あそこだ!星の欠片っていう酒屋がある!そこの地下室だ!」
「その酒屋はどこにあるの?」
「この道をまっすぐ進んで最初の横道を右に曲がれば着くはずだ!」
「地下室への入り方は?」
「店の奥の床が一部だけ外れるようになっている!そこを外せば階段がある」
「ふぅん。ありがとうおじさん!」
目の前の悪魔はにっこりと偽りであろう笑みを浮かべる
何でもいい。こいつがどこかへ行くのなら
しかしエルヴィスはこれだけでは終わらなかった
「でも嘘かもしれないから逃げ出せないように腱は切っておくね!」
笑顔のままエルヴィスはそう告げる
「は?おいちょっ」
最後まで言い終わる前に、フロレスは突然脚に強烈な痛みを感じる。
脚の腱を切られたのだ
フロレスの悲鳴が路地裏に響き渡った
剣だけだと不便なので鞘もマニエルから頂戴し、フロレスの言う通りまっすぐ進んで最初の別れ道を右に曲がる
そしてもう少し進むと『星の欠片』という看板が見えてきた。
見た所、店から漏れ出ている光は弱く、名前にそぐわず薄暗いところみたいだ。
僕は迷わずその店の扉を開けた
「いらっしゃい!ってガキか?ここはお前みてぇな歳の奴が来るところじゃねぇぞ」
店主だろうか。いかついハゲ男がしっしっと手をパタパタさせて僕を追い払おうとする
「用事がないとこんな薄汚れたところ間違っても来ないよ。ねぇおじさん。地下室に入れてくれない?」
そう言うとハゲ男の目がすっと細められる
「お前、なんで地下室のことを知っている?」
「優しいおじさん達が教えてくれたんた。1人は名前聞けなかったけど、もう1人はマニエルって言ってたかな」
「ちっ、あのバカども喋りやがったな」
ハゲ男は不愉快そうに舌打ちをする
どうやら場所は間違ってないみたいだ
「それで、入れてくれないかな?妹が捕まってるみたいなんだ」
「あァ、さっき捕まえた奴か。却下だな。あんな高く売れそうな奴、逃す手はねぇよ」
「そう、じゃあ勝手に入るね」
僕は店の奥に行こうとする
しかし当然ハゲ男がそれを黙って見逃すはずはない
「おいお前ら!ちょっとそのガキ痛めつけてやれ!殺しても構わねぇ!」
ハゲ男がそう叫ぶと客席に座っていた男達が立ち上がり、僕は周りを取り囲まれた
男達はそれぞれ刃物や鈍器など、武器を持って僕を見ている
「僕の邪魔をするなよ。こうしてる間にも妹は怯えたまま閉じ込められているんだろ?」
僕は周りの男を睨みつける
男達は僕の視線に驚き、1歩後ずさるがすぐに武器を構えなおす
そして
「死ねぇぇぇ!!」
大量の怒声と共に男達が全方向から一斉に武器を振るってきた
僕は冷静に深呼吸すると、刀に手をかける
「スフォルテス流剣術、『睡蓮』」
そう呟くと、鞘に収められていた刀を抜き、体を捻りながら床と水平になるように剣を素早く自分の周りで一周させる
その剣先は襲いかかる男達の腹を次々と切り裂いていく
「ぐおっ!」
男達は突然の反撃と痛みに一瞬たじろぐ
このような隙は確実に拾って行かなければ一対多に勝ち目は無い
すぐさま前に踏み込み、目の前にいる男の胸を斬る
「野郎っ!」
仲間の負傷に男達は怒り、再び武器を向けてくる
「スフォルテス流剣術、『桜舞』」
まるで踊っているかのように軽やかに、それでいて鋭く剣を振り回し続け、次々と男達を屠っていく
殺人に対する嫌悪など微塵も感じなかった
あるのはただアーシアを助けなければいけないという義務感、責任感、1度アーシアを攫われてしまったという罪悪感、大切なものを失うことへの恐怖
それしか頭の中には無かった
とにかく斬って斬って斬って。速く、もっと速く。
流石に数十人の攻撃を全て躱すことはできず、何度も相手の攻撃を受けた
額や脇腹に切り傷を入れられ、頬や鳩尾には何度も屈強な男達の拳が打ち込まれている
しかし、立ち止まるわけにはいかない
ここで立ち止まることは自分の死と同時にアーシアの人生の終わりを意味する
自分のことはいい。
でもアーシアが不幸な目に遭うことは許せない
それはまた守りきれなかったということだから。
僕は剣を振り続けた
その姿はまさに悪魔だった
戦いが始まって30分ほどが経っただろうか。
残る敵はあのハゲ男一人になった
こいつからの攻撃には神経を集中させていた
そのせいで他の奴らからの攻撃への反応が疎かになって余計に傷が増えたのだが
攻撃の精度が他とは明らかに違う
ダニエス程とは言わないが、かなり強い奴だろう
「まさかガキ1人にここまでいいようにされるとはなぁ。はぁ、てめぇのせいでこの組織も壊滅じゃねぇか。」
ハゲ男がため息混じりにそう呟く
「おじさんも死ぬ?それとも地下室まで案内してくれる?」
「はぁ?そんなボロボロのガキにやられるほど衰えちゃいねぇぞ」
「関係ないね」
確かに体には無数の傷跡がある。
体が悲鳴をあげているのがわかる
もう限界だ、と。
それでも体に鞭打ち、ハゲ男に剣を向ける
「いい構えだガキ。行くぞ」
ハゲ男は腰に差してあった直剣を抜き、斬りかかってくる
僕は剣を横に構えてそれを受ける
キィン!と金属のぶつかり合う音が店に響き渡る
(重っ!)
やはりこのボロボロの体と子供並みの力で受け止めるのは無理があったようだ。
すぐさま剣を受け流し、反撃にでる
しかしその剣は簡単に受け止められてしまう
思った通りこいつは身のこなしが他とはちがう
反撃される前に一旦下がって構え直す
「どうしたァ?やっぱりガキはこんなもんか?」
「黙れ。スフォルテス流剣術、『紅薔薇』!」
僕はハゲ男の目の前まで一気に踏み込み、素早く無数の刺突を放つ
この奥義、最近になってようやく様になってきた。
敵の動きを予測し、隙のある箇所全てを刺突によって貫く、成功すれば弾いても弾いても刺突が襲い来る防御不可能の剣技である。
だが、その攻撃はハゲ男によって受け止められる
刺突を全て剣で弾かれたのだ
「何っ!」
僕の剣よりハゲ男の反応速度が速かったのだ
「その技はそんなもんじゃねぇはずだ。まだ遅い。精度も甘い。修行が足りねぇぞチビ」
この技を知っている?なぜ?
それを考える間もなく僕はハゲ男の拳に吹き飛ばされた。