第六話 消えたアーシア
壁の中に入ると、そこには賑やかな街が広がっていた
前の世界の大都市には及ばないが、この世界に来てからの数年でこれ程の人を見るのは初めてだ
「はぐれるんじゃねぇぞお前ら。ちゃんと付いてこいよ」
「エルヴィス、アーシア。はぐれないように手繋ぎましょうか」
「「はーい!」」
僕達はエヴァリーナと手を繋いで目的の店まで向かった
店に入ると、僕と同じくらいの子供たちとその親で溢れかえっていた。皆僕と同じくこの春入学する子供たちだろう
店員達は皆忙しそうに店の中を行ったり来たりしている
受付に大勢並んでいたので、僕達もその列に並ぶことにした
「教科書ご購入の方ですか?」
暫くして僕達の番がやってきた
「そうだ」
「それではこの用紙にお名前と入学予定の学校名を記入して下さい」
ペンと用紙を受け取ったダニエスはさらさらと僕の名前と『イルガルム国立学校』と学校名を記入して店員に渡す
店員は名前の欄を見て少しギョッとしていたが、すぐに営業用の顔に戻る。やっぱり僕ん家って有名なのかな?まぁ一応騎士団長の家だしな
「はい、ありがとうございます。イルガルム国立学校の教科書ですね。今御用意致しますので少々お待ちください」
店員はそう言って店の奥に引っ込むと、何冊かの本を持って戻ってきた
「はい、それでは料金は2万3000マルになります」
マルとはこの世界の通貨の単位だ。日本円とだいたい同じくらいの価値らしい。
ダニエスは財布からお札と小銭を取り出し、店員に渡して教科書を受け取った
「ありがとうございました!」
店員の威勢のいい声と共に僕らは店を出た
その後も制服だの文房具だのをちまちまと揃え、買い物がひと段落するころには夕方になっていた
「もう帰る?」
「そうね、そろそろ帰りましょうか。夕ご飯の準備もしなきゃならないしね」
「疲れたー!帰るっ!」
3人はもう帰る気満々だったが一人だけ、申し訳なさそうな顔をしている人がいた
「あー、悪ぃがちょっと詰所に寄っていいか?衛兵の奴らに伝達事項があったんだが昨日言うのを忘れててよ。言っとかないとなんだよ」
ちゃんと仕事しろよダニエス
「じゃあ私も久しぶりに衛兵の方達にご挨拶に行きましょうか。二人はどうする?来る?待ってる?」
詰所か……。ダニエスみたいなむさ苦しい奴らの巣窟だったら近寄りたくないな。いるだけでまいっちゃいそう
「僕は待ってるよ」
「そう。アーシアは?」
「お兄ちゃんが残るんなら私も残る!」
「じゃあ2人ともさっきの噴水の所で座って待ってて。ずっと立ってるのは辛いでしょう?すぐ戻ってくるから」
ダニエスとエヴァリーナはそう言うと近くの建物の中に入っていった。あそこが詰所か。
確かに衛兵っぽい人の出入りが激しい
衛兵は予想通りゴツかった
「アーシア早く帰りたいよ〜。もう疲れちゃった」
「僕もだよ。父さん達はやく戻ってこないかなぁ。お腹も減ったし」
僕達は噴水のある広場の椅子に腰掛けて2人が来るのを待っていた。
この時間になるとだいぶ道を歩く人の数も減ってきた
最初はにらめっことかで時間を潰していたけど段々とやることも無くなり、暇になってきた。二人はまだ帰ってこない
全く、すぐ帰ってくるって言ってたのに
その時、
にゃああん、と猫の鳴き声が聞こえてきた
顔を向けると1匹の猫がいつの間にか僕の隣にいてじっとこちらを見ている
なんとなくすっと手を出すと猫は片手を僕の手に載せた
犬かよ!お手できちゃったよ!
「あ!猫さんだ!可愛いね〜」
「そうだね。ほら、アーシア抱いてみる?」
僕は猫を抱き抱え、アーシアに渡す
「わぁっ!もふもふであったか〜い!」
アーシアは猫を受け取ると頬をすりすりしたり抱きしめたりして嬉しそうだ。猫もなされるがままにしている。人懐っこい奴だ。
「アーシアは猫派?」
「うん!犬さんも可愛いけど猫さんの方が好き!」
「僕も!やっぱり猫は可愛いよなぁ」
兄妹変なところで似るものだ
アーシアが猫を愛で始めて数分が経った。突然猫がむくりと起き上がるとアーシアの腕の中を抜け出した
「あっ!待ってよ猫さん!」
アーシアは猫を追って路地裏に向かう
「あっ、アーシア!」
「大丈夫だよ!すぐ戻ってくる!」
そう言ってアーシアの姿が見えなくなる
「もう……一応僕もついて行くかぁ」
僕は立ち上がって路地裏を覗く
しかしアーシアの姿は見えない
「ったく、どこまで行っちゃったんだよもう」
愚痴をこぼしながら路地裏に足を踏み入れ、進んでいく
「おーい、アーシアー。いたら返事しろーっ」
何度も呼びかけてみるが呼びかけてみるが返事はない
(変だな?流石にあの短時間でそんな遠くには行けないだろ。9歳の女の子の足だもんな)
何か嫌な予感がする。ダニエスに知らせに行った方がいいだろうか
その時、後ろに何か嫌な雰囲気を感じた。
ダニエスは稽古する時にいっつも1度だけ、どこかのタイミングで本気で打ってくる
その時に感じるあの感じ。自分に危機が迫っていると何かが教えてくれるような感覚。
咄嗟に僕はしゃがんで前に転がると、元いた所を確認する
するとひょろひょろした体格の男が僕を捕まえようと腕を僕の首があったくらいの高さで空振りさせていた。
「おじさん誰?」
「ちっ。避けんじゃねぇよガキィ」
「会話が成立しない人は嫌いだな僕」
「うるせぇ!とっとと捕まりやがれ!」
男は声を張り上げて再び襲いかかってくる
だが、ダニエスの剣筋の何倍も遅い男の攻撃は僕にとって躱すのは難しくはなかった
腕を掴もうとしたり、抱きしめるような形で捕まえようとしたりと色々としてきたが全て躱した
「くっそこのガキちょろちょろしやがって!」
「おじさんがとろいの、わかる?」
「クソガキがァ!」
男が脚を払おうとしてきたのをぴょんと跳んで躱す
アーシア探さなきゃいけないのに。早く諦めてくれないかなこの人
その時、男の後ろから怒声が聞こえてきた
「おいマニエル!てめぇガキ一人捕まえんのにどんだけかかってやがる!」
なんだか体の大きいやつがそうヒョロ男に怒鳴っている
「すんません!そいつちょろちょろ逃げ回るもんですから」
「言い訳はいいんだよ!さっさと眠らせてさっきのガキと同じ所にぶち込んどけ!」
「はい!」
あとから出てきた男の言葉でハッとなる
「ねぇ、さっきのガキってどんな人?」
「あァ?てめぇと同じくらいの女だよ。歳は幼いが顔はいいからそういう趣味の貴族に売ればいい金になるぜぇ。へへっ」
マニエルと呼ばれたヒョロ男はニヤニヤと下衆い笑みをうかべながらそう言う
アーシアだ。このタイミングで女の子が捕まるなんてアーシアとしか思えない
こいつら、アーシアを売るだと?ふざけてんのか?
「その子はどこにいる?」
「んだよ知り合いか?まぁお前が捕まれば同じところにぶち込んでやるよ!」
マニエルは再び僕に襲いかかる
僕はそれを躱すと同時に足に蹴りをいれ、マニエルを転ばせた
「いってぇ!このガキっくそがっ!」
「質問に答えろよ。女の子をどこに連れていった?」
僕はマニエルを睨みつける
僕は完全にキレていた
この男は僕から大切なものを奪おうとしている。
瑠奈は助けられなかったがアーシアはまだ助かるはずだ。今度こそ助けてやる
どんな事をしても、人の道を外れても、必ず僕が助けてやる
容赦なんて必要ない。こいつらは僕の大切なものに危害を加えたのだから
今感じている怒りと憎しみを全て視線に込める
僕の威圧にビクッとマニエルと後ろでさっき怒っていた男が一瞬震えた
なにも答えない男達に苛立ちながら僕は再び問いかける
「もう1度聞くぞ。その女の子はどこだ?」