第四話 スフォルテス流剣術
僕がこの世界に生まれる少し前、この世界では大規模な戦争があったらしい。
エヴァリーナはよくその話をする。それだけ印象が深い出来事だったのだろう
ダニエスはあまりこの事には触れないが何かあったのだろうか
人魔大戦と呼ばれているこの戦争にはダニエスも参加していた。
まぁ王国騎士団長なら当然なのだが。
この戦争の前、魔族と人間は良好な関係を保って共存していた。
互いに恐怖することも、憎悪することもなく、同じ立場として接していた。
中には魔族と人間が結婚したという事例まであったそうだ。
そのような平和がその時までは続いていた
しかし、ある日魔族が人間を裏切ったのだ。
半年に1回、人間と魔族の主要人物が集められ定例会議が行われていた
戦争の直前の定例会議で事件は起こった。会議が始まる前、人間側の代表だけが何者かに殺されたのだ。殺された人物の中には国王も含まれていた。
国王や国の重鎮を殺された人間はもちろんすぐに魔族に戦争を仕掛けた
国王の弔い合戦だ、と言って王子を中心として隊が編成されて魔族領に進行を開始した
王子がダニエスに見劣りしない程の剣の腕前を持っていたこともあり、ダニエスや王子の活躍で至るところで人間側の勝利が報告された
そして遂に魔族側の王、ベルゼルはダニエスに討たれ、その戦争は幕を閉じた
この戦争で、魔族の数と戦力は大きく削られ、この瞬間魔族と人の力関係が決定づけられた
この話をすると、エヴァリーナはいつも最後に
「でもね、私は魔族の人達は悪いことしてないんじゃないかなって思うの。別にこの考えを強制する訳じゃないけど、魔族に偏見は持たないようにして」
と僕達にいう。そう言うエヴァリーナの目はいつも悲しそうだった
魔族に友達でもいたのだろう。
言われなくてもはっきりと真相が分かっていない以上、偏見の目を向けるつもりは無い
素振りを始めて一年ほどたったある日、ダニエスに呼び出され、僕は庭にいた
「どうしたの父さん?また稽古付けてくれるの?」
ダニエスは時間のある時に僕と稽古をする。
毎回1度だけ本気で打ってくるのが結構怖い
まぁ受け止めるくらいはできるんだけど
どうやらダニエスに打たれかかった時に感じた感覚は偶然じゃなかったらしい。その後も何度か感じることがあった
でも何なのかは未だにわからない
「まぁ稽古っちゃあ稽古だが、いつもみたいに打ち合うだけじゃねぇ。今日からお前にこの家の剣術を教える。俺がいない時も素振りに加えてこれの練習もしろ」
「え?何そんなのあったの?」
「ああ、素振りも様になってきたしそろそろ教えてやってもいいかと思ってな」
まぁこれでも1年間毎日振り続けてるからね
基本は重要だと分かってはいるが、やはり素振りだけよりは他のこともやった方が楽しそうだ
「よろしくお願いします!」
「よーし、それでだ。まず今から教える剣術かどんなものかについて教えるぞ」
「うん!」
「スフォルテス流剣術は基本的に一対多を想定して作られてる。もちろん一体一のための技もあるけどな。騎士ってのは守るために存在すると前に教えたな?守るためには一対多の状況でも勝てなくてはならない時もある。ってか使える主によってはむしろそういう時の方が多いことも有り得る。そのためのスフォルテス流だ。」
なるほど、確かにどんな状況でも勝てなければ守れるものも守れなくなる
「分かった。しっかり覚えて将来必ず何かを守ってみせるよ」
「よし!その意気だ。じゃあ早速始めるぞ!」
その日からスフォルテス流剣術の修行が始まった
スフォルテス流の基本は一体一を高速で行うことで1度に多数の敵の相手をするというものだ。
そのためには相手の呼吸、視線、微細な動きなどの細かい情報を正確に捉え、相手の動きを読み切って瞬殺する必要がある
それを剣技として昇華させたものが『桜舞』という技で、最初にそれを教えられた。
だがこれがなかなか難しい。
視線を見ているとちょっとした手の動きなどを見落としがちになるし、なによりダニエスはちょこちょこ視線によるフェイントを混ぜてくる
それじゃ練習になんないだろ!もっと出来るようになってからそういうことはやってくれ!
結局この『桜舞』を修得するのにまるまる一年かかってしまった
『桜舞』をマスターしてからは早かった。次々に色んな技をダニエスに叩き込まれ、また、僕はそれを次々と覚えていった。
基本が出来ていれば要は大体の技がそれの応用なのだ。難しいことは少なかった。
2年後、8歳になるまでには殆どの剣技を習得していた。
剣技を覚えるのは自分が強くなっている感じがして好きだ
「父さん!次はどんな技を教えてくれるの?」
「お前に教えていない剣技はあと三つだけだ。その三つの奥義を教えるぞ。多分学校始まるまでに一つ修得できたらいい方だから焦るんじゃねぇぞ?」
奥義!なんかカッコイイ!
「はい!よろしくお願いします!」
「よし、三つの奥義の名前は『紅薔薇』『白椿』『黒百合』だ。まずは『紅薔薇』からだな」
そう言うとダニエスは物置小屋に向かい、中から防具一式を取り出してきた
そしてそれを僕の目の前に放り投げる
「着ろ。まずは俺の紅薔薇を受けてみろ」
「はい?」
……は?殺す気か?
「防具も付けるし木刀でやるから死にゃしねぇよ。ほら、とっとと着ろって」
不安は残るがしぶしぶ防具を付けることにする
「よし着たな。じゃあ構えてみろ」
言われた通り、剣を構える
「受け止められそうだったら受け止めてもいいからな。じゃあ行くぞ」
「いいの?」
「おう、できるんだったらやってみろ」
「ようし!」
いつも通り受け止めてやろうとダニエスの動きに神経を集中させる
すると、すぐにダニエスが動いた
瞬時に目の前に来ると剣をレイピアのように突きだしてくる。
いつもの感覚は感じた。しかしその感覚は体の至るところに感じる。
しかもそれら全てが今の構えからは受けにくい所にだ。
なんとか一撃目を弾くがダニエスの剣はすぐに引っ込められ第二撃が放たれる。その間隔は刹那にも満たないほど一瞬だ
対して僕は一撃目を受けるために強引に体を動かしたため、第二撃への反応が遅れる。そしてそのまま攻撃を受けてしまった
その後は三撃目、四撃目……と無数の突きが浴びせられる
的確に反応しにくい場所を狙ってくるそれに僕の体は追いつかず、ただ一方的に受けるだけになってしまった。
「うぅ……いてて……」
いくら防具をつけていても衝撃が全て吸収できるわけではない。僕はしばらく痛みで動けず、地面に転がっていた
「分かったか?まぁ簡単に言うと『相手の弱点を数打ちゃ当たる』戦法だ」
「簡単に言い過ぎでしょ……。それだけ聞くと簡単に思えちゃうよ……」
「簡単じゃねぇぞ?技を使ってる間は相手のちょっとした動きに対応して狙う弱点を変えてかなきゃならんしな。今まで以上に正確に見極めなきゃ無理だ」
「分かってるけどさぁ……」
「まぁとりあえずやってみろ。今度は俺が的になってやっから」
「うん、やってみる」
こうして最後の剣術の特訓が始まった
ちなみにまたもアーシアがエヴァリーナにチクり、ダニエスは再び怒られる事になった
「今度はちゃんと防具付けさせたってーの!」などと反論していたが問答無用。
きっちりおしかりを受けていた
なーむー