隠シゴト{女性視点}
「すまない、他の女と寝たんだ」
彼の家に呼び出され、
リビングのソファに座った瞬間、彼がそう告げた。
「本当にすまない。今は大事な時期だってのに、断れなくて、俺は…」
なぜか泣きそうになりながら話す彼。
いったい何が言いたいのだろう。
「怒ってる?…そりゃあ怒るよな。でもおれやっぱりお前に隠し事なんてしたくなくて、
いや、違うな…そういうことが言いたいんじゃないんだが…。取り返しのつかないことをしたのはわかってるんだ」
「お願いだ、別れないでくれ、式だってもうすぐなんだ。そんな時期に浮気した俺が本当に馬鹿だったんだ、俺が好きなのはお前だけなのに、本当に俺は…」
独りペラペラと聞いてもないことをしゃべる彼。私がなにも言わないのを不審に思う様子もなく。
「すまない、本当に愛してるのはお前だけなんだ」
嘘つき、なんて言わないわ。
だってそれは本当のことだと知ってるもの。
ついでに言うなら…。
「なぁ、なんで何も言わないんだよ。表情一つ変えないで、何を考えてるんだよ。怒ってるのか?なぁ、頼むよ、何でもいいから言ってくれよ」
あぁ、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
「知ってたわ」
私の第一声がそれ。
彼はポカンと口を開けてた。
「知ってたのよ、浮気。知ってて何も言わなかったの。過ぎたことはしょうがないって思ったなんて、言ったらあっけなく淡白に感じるだろうけど、そう思ったの」
「もちろん知ったときは辛かったわ、とてもとても。だってアナタを愛してるんだもの。式だってもうすぐ。そんな中アナタは…」
「けれど黙っておこうと思ったのよ。
私が黙ってたらきっとなかったことにできると思って。アナタが好きで浮気したなんて思ってないわ。上司の娘さんよね?その娘さんに脅されたなら仕方ないかもしれないわ。最初に一回きりって話をつけたみたいだけど、そう簡単にあっちはあきらめてくれるかしら?」
「…知ってたけれど、確信はなかったわ。アナタが本当にあの娘を抱いたなんて。なんで黙っててくれなかったの」
「それがもし真実だとしても、黙っててくれると思った。アナタの中だけでも、それをなかったことにしてほしかったわ。それなのに今アナタは私に告白したわね、なんで?」
「罪悪感に苛まれたの?良心が耐えられなくなった?バレるのが怖くなった?どれにしろ、それを私に話してどうしたかったの?」
「許してほしい?アナタが勝手に浮気したくせに?それとも私の反応なんて考えずにただ吐き出したかっただけかしら」
「私を傷つけるとは思わなかったの?
あぁ、浮気をしたことを責めてるんじゃないのよ。さっきも言ったけど、私は知ってたけど確信はなかった。アナタが言わなかったら私は二度も傷つくことはなかったのに」
「言わなかったらきっともやもやすると思うわ、そりゃあね。けれど、私はアナタとの結婚に浮かれてきっと何年か後には忘れてたとおもうわ。
確信のない心の傷なんてそんなものよ」
「けれど今は違う。確信ができてしまった。
最初の確信のなかった傷でさえ本物になって、そのうえ新しい大きな傷がまたついてしまった」
「あぁ、ごめんなさい。浮気したことだって正直許せないのだけど、もっと許せないのは私に話したこと。ごめんね。理解できないでしょうね、アナタには」
「…式は、キャンセルよ。結婚もしない。別れるわ」
私は指輪を外して彼に投げつけた。
彼は私が言ったことを理解できないというような顔でこちらを見ていた。
けれど彼は何も言わない。
そんな彼に構わず私は続けた。
「話さない方がいいことだってあるのよ、知らせないほうがいいことだって。
アナタが秘密にしててくれれば、嘘をついてくれれば。
そうしたら、私だって」
「ごめんなさい、アナタを心から愛してるのよ。愛してるから許せないの」
「言い訳は聞かない、もう会わないわ。
さようなら。大嫌い」
その後、一言も会話を交わすことなく、彼の家を歩いて出た。
けれども彼が追ってくる気配はなく、私も静かに涙を流せた。
『さようなら。大嫌い』
この言葉を彼はどう感じただろうか。
End