鏡
いつの頃だったか忘れた
それはいつも私を表す時に使われる。
『可愛いね』
私は、その言葉が嫌い。
自分に自身なんて持てない。
どこがいいのか分からない。
私はただ座っているだけ
そんな私が可愛い? そんな訳ない。
お世話がみんな上手いだけ。
私は、騙されない。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?」
暗い部屋の中、一つだけ光る鏡に口をありえない程吊り上げて可笑しそうに笑う女性がいた。
彼女の名は、「白石未春」今年で30歳になるおばさんだ。
「あ? 誰がおばさんだ、おら。私はまだ29歳と16ヶ月だぞ! 絞め○す!」
そう言って彼女は僕に向かって中指だけを立てる。
『・・・言葉遣い悪・・・・・・そんなんじゃ、この世界で一番綺麗にはなれませんね』
「私が一番綺麗? 馬鹿にしてんの? 私が聞いているのは一番美しいのは誰かってことだけなんだけど。この、ポンコツが」
真顔で僕に向かって怒鳴り散らす未春さん。
若い頃は綺麗だったはずなのに、今となっては小じわが目立ち始める時期なのでは・・・・・・だまります。
『はぁ、一番美しいのは誰って答えは決まってる癖に・・・』
「いいから、答えなさいよ」
『はいはい。それは、白石雪姫ちゃん、、でしょ?』
僕がため息混じりに答えると未春さんは目を見開き、頬を赤らめる。
そして、
「は? あんなブスが世界一美しい? 馬鹿じゃないの? クソおんぼろ鏡め。あんなブスが世界一だったら普通の人は宇宙一だわ」
と真顔で吐き捨てるのだ。
これぞ、今流行っている「ツンデレ」というヤツだ。
30歳のツンデレとか誰得だよ
「ほお・・・・・・天に召されたくてうずうずする?」
『すいません。調子乗りました』
未春さんの握った右手から血管が浮き上がっているのを見て僕は即座に謝った。
あんなので殴られたら僕も痛いし、何より未春さんが怪我をしてしまう
「っとにもう、使えないヤツ。ガラスは曇ってるし汚いし、そろそろ捨てなきゃいけないわね」
『本当に?』
「あんたなんか、いない方がましよ!」
本当は知っているよ。
君は嘘をつくのが下手くそだから
君が5歳ぐらいの時に出会って、かれこれ25年目だけどどうして25年間も一緒にいれたと思っているんだい?
それは君が、何よりも僕を大事に大事にしてくれたからだよ。
僕は知っているよ。
小さい頃、周りから向けられる視線が怖くて、期待されて押し潰されそうになっていたこと。
いつだって自分に自身が持てない事。
そんな時は、いつも僕を見つめること。
今は、義理の娘になる雪姫ちゃんだけが目当てだと言っているけれど、雪姫ちゃんの父であり未春さんの夫である「彼」の事を心から愛しているよね。
僕はずっと君だけを見て、映してきたけれど
君の瞳はいろいろな物を見て、映してきたんだね。
君は知らないと思うけど、僕は君が好きだよ。
きっと、君の夫である「彼」の次くらいに君を愛していると思う。
せめて、この声が君に届かなくなって、君の声が聞こえなくなるまで君のそばにいさせて--
最後に映すのは、君の幸せそうな笑顔がいいんだ
わかる方にはわかると思うのですが、この作品は某有名な童話に出てくる鏡の話です。
完全に思いつきなんですけどね