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帝国の皇子達  作者: 秋山らあれ
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2. 帝国の皇子達(2)





 娘の手首を荒々しく引きながら、アルディスは空き部屋を見付けると、素早くその娘を引きずり込んで鍵をかけた。そして天蓋付きの寝台に娘を押し倒し、そのままその上に伸し掛かった。誰の為なのか、一時の情事を楽しむ客人達の為なのか、室内には幾つかの灯りが灯っていた。その灯りに照らされた娘の顔に一抹の恐れの色が刷かれる。アルディスは無言のまま彼女の美しく結われていた髪を掴むと、いきなりその唇を塞いだ。幾度か軽く重ねると、抵抗も何も無く娘の唇はすぐに緩んだ。その隙間を割り彼女の舌を捕らえ、貪る様に深くその口内を味わっていると、やがて娘の喉からは苦し気な声が洩れた。アルディスは目を開いたまま、娘の苦し気に瞑られた瞼を見ていた。激しくなる口付けに長い睫毛は揺れ、その喉からは益々苦し気な細い声が洩れ出す。彼女の息があがるまで、アルディスはその唇を解放してやろうとはしなかった。


 それまでにも愛してなどいない女を既に幾人も抱いた経験はあった。女に惚れた事など、まだ一度も無かった。女を愛しいと思った事も、女に何かしらの夢を抱いた事も無い。だからといって女を憎んだ事も無ければ、エドキスの様に女を物として見た事も、その様に接した事も無かった。だがこの時ばかりは、何故かこの娘を甚振いたぶってやりたい気分にさせられたのだ。あの様にあからさまに誘いをかけて来た娘を、一瞬でも清らかだと感じてしまった己の気持ちへの嫌悪感からであったのか、アルディス自身分からなかった。


 アルディスは娘から身を起こすと、冷めた瞳で乱れた息の娘を見下ろした。

 「それ以上の事がしたいなら、自分で脱げ」

 上気した頬に瞳を潤ませた娘は、のろりと起き上がると、衣装を脱ぎ始めた。燭台に照らし出される彼女のその様を眺めながらアルディスは、何て沢山の布を身に着けているのだろうと、ぼんやりと思った。娘は恐らく、一人で衣装を脱いだ事など無かったのであろう。随分と苦労している様であったが、時間をかけながらも全裸となり、結い上げていた髪の飾りの最後の一つまでをも寝台の下に落とした。そして今度は、我が身を隠しもせずに両手を伸ばすと、アルディスの上着の首もとから飾り釦を、ひとつひとつゆっくりと外し始めた。

 アルディスは娘の望む様にさせながら、片手で彼女の頬に触れ、今しがた彼女の息が上がるまで嬲ってやった唇に触れた。彼女に上着を脱がされ、その下のシャツを脱がされたところで、娘の細い首筋に顔を埋めた。滑らかな首筋は、酷く甘い香りがした。春の花々に群がる蜂というのは、こんな気分なのかもしれないと頭の何処かで思った。そして唇を這わせ、時折きつく吸ってやった。

 娘は両腕をアルディスの背に回し、されるがままに時折震える息を零した。アルディスの手が胸の膨らみを包み込み、唇がその頂を含んだ時、彼女の口からは細い声が洩れた。そして彼の手が閉じられていた足を割り、その間の奥底に滑り込んだ時、娘は身体を堅くした。手の甲で口を押さえながら、アルディスから苦し気な顔を逸らした。誘いをかけて来た時の強い瞳とは裏腹な姿であった。そう、まるで生娘のような.......。アルディス自身とそう年が変わるとも思えぬ、うら若い娘である。然程の経験があるとは彼も思ってはいなかったが、自ら服を脱ぐ様な女である、よもや生娘だなどと予想だにしなかった。

 潤った彼女の中にアルディスが一気に押し入った時、娘の口からは鋭い叫びが上がった。アルディスにしがみつく娘の両腕もその身も震え、背けた顔は苦痛に歪み、瞳からは涙が零れていた。その叫びと震え....、それが喜びの為では無かった事くらい、若いアルディスにとて分からない筈が無かった。


 「初めて....だったのか?」

 アルディスが我に返り尋ねると、娘は小さく頷いた。彼女は身体を重ねたまま動かぬアルディスを見上げ、痛々しく微笑んだ。

 「わたくし、近々輿入れ致しますの」

 「.......」

 「だから....」

 アルディスには、さっぱり理解が出来なかった。輿入れするから、だから何だと言うのだ......。

 「だから、意に染まぬ方の物にされる前に、殿下のお情けを頂きたかったのです....」

 消え入る様な囁きであった。

 「......ずっと、ずっと、お慕いしておりました。わたくしは、今、とても幸せです、殿下」

 衝撃であった。

 「この夜の思い出を胸に、わたくしは恐らく強く生きて行けると思います」

 涙を零しながら見上げて来る娘を、その時初めて美しいと感じた。アルディスは、彼女の頬に口付けを落とし涙を吸い取った。そしてその唇を塞ぎ、先程とは打って変わった優しい仕草で、幾度も彼女の唇を味わった。その褐色の髪を幾度も撫でてやりながら、背を幾度も優しく撫でてやりながら、幾度も口付けの雨を降らせてやりながら、娘を抱いてやった。

 彼女は泣きながら、もう一度幸せだと呟いた。


 名前さえも聞かなかった。その娘がどこへ嫁ぐのかも知らない。調べれば以外と簡単に分かるのであろうが、アルディスはこれっぽちも知りたいとは思わなかった。

 恋する者がありながら、意に染まぬ者との婚儀を強いられる、皇族や貴族なら当たり前の事だ。それならば初めから、恋などしなければいい。あの娘は何故この自分になど恋したのであろうかと、アルディスは娘を哀れんだ。そして、輿入れの前に自分に抱かれたあの娘は、本当に幸せだったのだろうか....と、アルディスはその後も考えた。 

 



 帰りの馬車の中で、ぼんやりと窓の外を眺め、あの娘の事を考えていたら、いきなり顎を掴まれ強引に唇を奪われた。途端に思考は現実に戻り、相手を乱暴に押しのけ、唇を拭った。

 「そういう事はするなって言ってるだろうっ!気色悪いっ!」

 「さっきから呼んでるのに、上の空だったお前が悪い」

 本気で怒る弟に、そう言って悪びれもせずににやりと意地悪く笑うエドキス。

 「お前は両刀遣いかよっ!?」

 「両刀遣いの何が悪い?お前ならいつでも喜んで抱いてやるぞ」

 流し目を向けながら、とんでもない事を言う兄に、アルディスは殴り掛かった。その拳を難無く受け止めて、エドキスは爆笑し出した。

 「馬車の中で暴れるな、全く。冗談に決まってるだろう」

 「お前のはいつも冗談に聞こえないんだっ!くそっ、お前のせいで鳥肌が立った」

 本気で嫌そうな顔をしているアルディスの様子に、エドキスは笑い続ける。

 「何時まで笑ってるんだよ」

 「お前、想像しただろ?」

 アルディスはかっとし、再び拳を繰り出すも、やはりエドキスに難無く掴まれた。

 「暴れるなって、からかい甲斐のある奴だな。安心しろ、私は男よりも女の方が断然好きだから」

 まだくつくつと笑い続けているエドキスの横で、アルディスはふてくされた様にそっぽを向いた。


 「お前、ザヴィアス候の娘に手を出したのか?」

 漸く笑いを納めたエドキスが唐突に聞いて来た。

 「ザヴィアス候...?」

 「何処の娘だかも知らずに手を出したのか?」 

 その問いに、アルディスはどきりとさせられる。見ていない様でいて、この兄は何時だってこの自分の動向を把握しているのだ。それが癪でたまらない。まったく飼い犬の気分にさせられる。アルディスは、馬車の窓枠に頭を凭せ掛けながら悔し紛れに己の唇を噛んだ。


 「近々、嫁ぐと言っていた」

 「らしいな」

 長い沈黙の後に呟かれた弟の言葉に、兄はごく自然な相槌を打った。

 「意に染まぬ男のものにされる前に、俺のものになりたかったんだと.....」

 「ほう....、それで情けをかけてやったわけか?優しいな、アルディス坊や。で、あの娘が嫁ぎ先で、お前によく似た子を産み落としたら、又おもしろいのだがな」

 「嫌な冗談はよせよ」

 「いや、これは冗談じゃない。本気で面白いと思うぞ」

 「...お前なんか大嫌いだ」

 「ああ、知ってる」

 エドキスは楽しそうである。

 「まあ、あの娘とはこれっきりにしておいた方が無難だな」

 「言われなくても、そのつもりだ、大体、会う機会だってそうそう無いだろう」

 「さあ、それはどうかな......。お前は彼女の嫁ぎ先を知らないのか?」

 「興味無い」

 「全く.....、お前は本当に帝家の人間か?」

 アルディスは訝し気な表情でエドキスを振り返った。皮肉気な笑みを口辺に浮かべてはいたが、その口調は呆れたと言わんばかりであった。

 「第三皇子だよ」

 予想だにしなかった兄の返答にアルディスは口を開きかけたが、言葉など出て来る筈も無い。

 「あのザヴィアス候の娘は、第三皇子の正妃として帝家に嫁ぐ予定だ。私達の義姉になる娘だったってわけだ」

 「........」

 三番目の兄の婚礼の儀が年内に執り行われる予定であった事は、無論知っていた。帝国貴族の娘を娶るという事も記憶にはあった。だがそれ以上の事は、記憶していなかった。興味も無かったし、第三皇子との交流も殆ど無かったのだ。

 「その娘に、お前は兄上よりも先に手を出したってわけだ。はははっ、こんな愉快な事はそう無いな。それを知ったら、あのボンクラ、何て言うか」

 「そうだったのか.....」

 アルディスは溜息混じりに呟いた。

 「どうだ?優越感を感じるか?それとも罪悪感を感じるか?」

 意地の悪い問いかけに、だがアルディスは真面目に考える。優越感など微塵も感じてはいない。だからといって縁の薄い兄に対して罪悪感を感じているだろうか.......?そんな事は分からなかった。ただ、これから嫁ぐ娘が、未来の義理の弟であるこの自分などに恋をしていた事が愚かしく滑稽で、そして哀れだとしか感じられなかった。

 「何も...感じない....、ただ滑稽だとしか....」

 「そうか」

 再び顔を背けた弟に、エドキスはそれ以上言葉を続ける事はしなかった。




 

 半年余りの後、アルディスは兄の婚礼の儀式で、豪華な婚礼衣装に包まれたザヴィアス候の娘を目にした。第三皇子はエスニア公の称号を持っており、普段は帝国南部のエスニア州に居を構えている。それ故婚礼の後、兄の妃となった娘は、兄と共にエスニア城へと旅立って行った。その後、義姉となった彼女との間に何かがあったかといえば、全くもって何も起こりはしなかった。あの日、あれほど大胆にアルディスを誘った彼女は、兄であるエスニア公に嫁いだ後は、非常に貞淑な妻となったらしかった。年に幾度か顔を合わせる機会もあったが、アルディスは、弟としての兄皇子の妃に対する礼儀を崩す事は無かったし、彼女も又、義姉としての礼儀を崩す事は無かった。ただ、アルディスへと向ける彼女の優しい瞳だけが、もしかしたら、何かを物語っていたのかもしれない。




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