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The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
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41 湊斗の記憶・夏⑮~落日のドライブⅡ~

 リナは少し車を走らせ、近くのドラッグストアに向かった。そして「すぐ済むから」と湊斗を助手席に残し、店へ入っていった。

 湊斗は座ったまま、外をキョロキョロと眺める。この店は大きな道路沿いにあり、ふだん自転車を使う湊斗は来たことがなかった。エアコンの効いた車中で、アリーの伸びやかなカントリーソングだけが聞こえてくる。

「湊斗くん、お待たせ~」

 やがて、リナがレジ袋を手に戻ってきた。

「飲み物、ホントにウーロン茶で良かったの?」

 リナは運転席に腰を下ろすと、そう言いながら、ペットボトルのウーロン茶を湊斗に手渡した。

「はい、ありがとうございます……」

 殊勝に頭を下げ、ペットボトルを受けとる湊斗。いつもならお気に入りのオレンジジュースを選ぶところだが、リナの隣でそんなものを飲むのは子どもっぽい気がしてやめたのだ。

「じゃ、早いとこ手当てしなくちゃね。湊斗くん、こっち向いて」

「え?」

 湊斗がきょとんとしてリナを見ると、彼女は袋から湿布薬を出している。

「ほっぺた、腫れてるでしょ」

 と言われ、湊斗はようやく、父に殴られた左頬に思い至った。リナの口ぶりは軽快だがしっかりして、これが姉という感じなのかもしれないと、湊斗はひそかに想像した。

 湊斗がおとなしく向けた顔に、リナは細い指で湿布を貼った。頬を覆うひんやりした感触とツンとした匂い。そして、かすかにリナから漂う柑橘系の香りが、湊斗の鼻を通って体の芯まで広がっていく。

「これでいいわ」

 リナが小さく笑って、再びハンドルを握る。二人を乗せた車はドラッグストアを離れ、長い河にも似た道路を走り出した。

「……叩かれたの?」

 湊斗がペットボトルのお茶を一口飲んだ時、初めてリナが訊ねてきた。その口調はさりげなくて、湊斗の心の扉のわずかな隙間をするりとくぐり抜けた。

「はい――」

 湊斗はそう答えたのを皮切りに、ぽつぽつと、これまでのことを話した。母の病や祖母、そして父とのいさかいも。

 打ち明けている間、リナは黙って湊斗の言葉を聞いていた。窓の外に映る空の色が少しずつ深くなり、いくつかの信号を越える。視界の隅では、ラーメン店や倉庫など数々の建物が、早瀬のごとく流れ去っていった。

 以前、湊斗は三景にも自分の家族について話したことがあった。しかし今、リナに対し、より詳しく、深い部分まで吐露していると気づいた。当時より現在の状況が悪化したのも確かだが、何より、相手がリナだという点が大きかった。

(ぼくにとってはもう、お母さんもお父さんも、おばあちゃんでさえ、本当に言いたいことを話せなくなってたんだ)

 両親や祖母との決定的な分離感とでも呼ぶべき感覚を自覚した。己の気持ちを素直に語れる、また語らせてくれるリナが現れたことで、これまで自分の周囲には、そういった大人がいなかったのだと悟った。それは湊斗にとって、さびしい事実であった。

「そうだったの」

 湊斗の話を聞き終えたリナが、ぽつりと呟いた。

「実は、湊斗くんのお母さんが病気がちだって、会社で聞いたことはあった。けど、具体的にどんな病気かは知らなかったし、おうちにそんな事情があるのも初耳だったわ。湊斗くん、ずっと辛かったのね」

 初めて聞くリナのまじめな声と言葉に、湊斗は思わず目頭が熱くなりかける。が、彼女にそういう

姿を見せるのは、なけなしの意地が許さなかった。

「ぼくは、お父さんもお母さんも嫌なんです。お父さんはお母さんをバカにして、ぼくにも受験とかで自分の考えを押しつけてくる。お母さんだって、ぼくたちが大声で言い合いしてるのに、出てもこない……お母さんは、本当は病気を口実に逃げてるだけなんじゃないかって気がして」

 家での出来事から時間が経ち、物理的にも距離を置くうちに、湊斗は父への反発だけでなく、母にも疑いを持ち始めていた。

「湊斗くんのお父さんもお母さんも、親だけど、今はそれぞれ自分のことで精一杯なのかもしれないわ。もっとも、それじゃ湊斗くんが気の毒よね」 

 リナはフロントガラスの向こうを見つめながら、深くため息をつく。

「これまであまり考えないようにしてましたけど、はっきり言って、自分は生まれる場所に失敗したと思ってます。ついてないっていうか。もっと良い親のもとに生まれてたら――」

「こんな目に遭わずに済んだのにって?」

 呻くような湊斗の台詞を、突然リナが先回りして言った。

 驚く湊斗に、リナは苦笑いを浮かべる。

「そう思うのも無理ないわ。今の湊斗くんよりはマシな環境の家、きっとたくさんある。でもね、程度が違うだけで、現実にはどの家も何かしら事情を抱えてるもんなのよ」

 少しずつ闇が濃くなってきた車内で、天井部のライトがリナの横顔をぼんやり照らす。薄暗いせいか、彼女の表情に若干の陰りが見えた。

「残念だけど、完璧に模範的な親なんて、多分いない。あたしの両親もそうだったからさ」

 そう前置きして、今度はリナが語り出した。



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