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The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
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37 湊斗の記憶・夏⑪~暗雲Ⅱ~

 数日後。

 湊斗は居間で、盆休みで久々に家にいる父と、昼にそうめんを食べていた。

「そういえば、二丁目で火事があっただろ。あそこ、湊斗の同級生の家なんだって?」

 つゆにつけたそうめんをすすっていた父が、おもむろに湊斗に訊ねてきた。

「え……ああ、的場とは部活が一緒だったけど」

 同じく、そうめんを口にしていた湊斗は内心ドキリとした。決して自分が関わって起きたことではないはずなのに、その話題にふれられたくないのは、どういう訳なのか。

「昨日、父さんも車で近くを走ったけど、ありゃひどかったな。一階が焼けて真っ黒こげで、とても住めやしない。死人は出てないって聞いたが、湊斗、何か知ってるか?」

 湊斗の心理とは裏腹に、父は的場家の件が気になるらしい。湊斗はしぶしぶ、重い口を開いた。

「流郷の話だと、的場のおばちゃんが腕を火傷して入院してるんだって。命には別状ないそうだけど、火傷の範囲がちょっと広いらしくて。他の家族はとりあえず県営住宅に入ったらしいよ」

 時間が経つにつれ、火事が起きた状況や被害について、少しずつわかってきていた。

「そうか。気の毒だが、命があっただけマシだよ。でも、どうしてそんな羽目になったんだかな」

「おばちゃんが台所で夕飯の支度をしてたら、何かの拍子で、コンロの火が服の袖に燃え移ったんだって。それでパニックになって、コンロにあった天ぷら用の鍋をぶちまけたとかで……その油で、一気に火が広がったって話だよ」

 それを聞いた父は、苦々しい顔で首を横に振った。

「やっぱり、揚げ物は危ないな。湊斗、これからもうちではやめとこう」

 湊斗の家では、揚げ物は手作りせず、もっぱらスーパーの惣菜を買っている。湊斗が作るには手間がかかるし、具合の悪い母にもそんなことはさせられないからだ。

「しかし冬じゃあるまいし、袖に火が燃え移るなんて珍しいな」

 父がふと洩らした一言に、湊斗も確かに奇妙だと感じた。

(言われてみれば、セーターとか燃え移りやすそうな服ならともかく……そもそも、今は夏だし、たいてい半袖着てるよな)

 疑問が形をなすにつれて、湊斗の胸にモヤモヤとした不安が膨らんでいた。

(ただでさえ、この火事はタイミングが合いすぎっていうか……庄野さんの時みたいで)

 以前、湊斗の母の噂話をした直後に階段から転落した庄野。そして、今回、的場も同様のふるまいをした数時間後、災難に見舞われた。

 何より、彼らに共通するもう一つの点は、その内容が湊斗の耳に入って、怒らせたこと。

(まるで、ぼくの恨みを晴らすみたいに――)

 単なる偶然が重なっただけ。そう結論づけるのが常識的かつ理性的なのだと理解しながらも、湊斗は心のどこかでそう思わずにいられなかった。

(夏休みなのが、救いかも……)

 めったに会わずに済む主婦の庄野とは異なり、的場は違うクラスだが、同じ学校に通う以上、顔を合わせる機会は多い。それを避けられるのは、湊斗の心をずいぶん楽にした。

(そりゃ、火事は気の毒だけど、お母さんたちのことをあんなふうに言った奴に会いたくないし)

 的場本人に対する嫌悪感はもちろん、家庭の事情を知られたハルや中井に会うのも気まずかった。

「そうだ。湊斗、これ」

 話が一段落したところで、父が思い出したように立ち上がり、近くの引き出しから弾んだ足取りでチラシを持ってきた。

「夏期講習?」

 それは近所にオープンした学習塾の広告で、湊斗は、目をぱちくりさせた。

「ああ。中3向けの夏期集中講座だって。科目も選べるし、第二中学校専門らしいから、受けてみないか」

 父は、今にも湊斗の代わりに塾へ行きそうな雰囲気である。

「お父さん、心配してくれるのはありがたいけど、ぼくの勉強なら受験サプリで充分だし」

 湊斗は謹んで辞退したが、父はひるまなかった。

「ネット学習もいいけどな。一人でやってると、どうしても苦手分野を避けたりして、偏ってしまいがちなんだよ。でも、塾なら先生が全体を見て教えてくれるし、わからん時にはすぐ質問できるぞ」

「う~ん……」

 湊斗は頭を抱えた。

 勉強については、父の説はもっともだと思う。けれど、講座はおよそ一週間、いずれも午前中から昼過ぎまである。

「そもそも、お母さんはどうするの?」

「それなら、おばあちゃんと相談中だ。多分、喜んで来てくれるよ」

 湊斗の先回りをするように、父が言った。

「え、また?」

 湊斗の胸に、心強さと不安という、本来なら両立しない感情が沸き起こった。自分としては祖母が来てくれるのは大歓迎だが、祖母と不仲の母にとってはどうなのか。

「お父さん、このこと、お母さんに言った?」

 前回の祖母滞在でも、父は母に話すのを後回しにしたのだ。それもあって、湊斗は自然とひそひそ声になっていた。

「いや、母さんには後で――」

 案の定、父が億劫そうに言いかけた時、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。

「ん、誰だ?」

 面倒くさそうにぼやく父を横目に、湊斗は玄関へ向かう。

(セールスか、近所の人かな?)

 適当な挨拶や断り方をいくつか思い浮かべながら、湊斗がドアを開けると、

「湊斗、おばあちゃんがまた遊びに来たわよ~!」

 開口一番、明るく笑いかけてくる祖母がいた。


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