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The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
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番外編 陸、風邪をひく。

※この話は、番外編(陸と三景の話)です。前話までとは全く違う内容になりますので、ご注意下さい。

 冬の訪れとともに、陸は風邪をひいてしまった。熱はないが、咳がひどいので、学校を休んで寝る羽目になった。

「あ~もう、ついてない……」

 ゴホゴホと咳き込みながら、陸は枕元のお茶を飲むため、のそくさとシステムベッドから上体を起こす。勉強机なども付属したロフト型のベッドはいくぶん高さがあって、陸は飾り気のない和室を見下ろす格好になった。

 その時、だしぬけに部屋の引き戸が開けられ、妹の海が顔を半分だけのぞかせた。学校から帰ってきたばかりらしく、まだランドセルを背負ったままだ。

「海、だから兄ちゃんの部屋に入る時はノックしろって――」 

「わざわざ見に来てあげたんだから、ありがたく思ってよね。それより、お兄ちゃんお薬飲んだ?って、ママが聞いてるけど」

 海は兄の注意になど耳を貸さず、自分の言いたいことだけを言った。陸の兄としての威厳は、年齢と反比例して低下の一途をたどっている。

 陸は可愛いげのない妹にうんざりしながら、

「薬? 飲んでないよ。苦すぎておれには無理」

 枕元に置いたきりの小さな容器をちらっと見て、なげやりに答えた。昨夜、近くの医院でもらった咳どめ薬だが、茶色い液体は信じられないほど苦く、陸は一回飲んだだけで嫌になった。

「え~っ? お兄ちゃん、もう高校生のくせに、お薬くらいちゃんと飲んでよ!」

 海は露骨な呆れ顔で、ぶうぶう文句を言った。

「薬なんか飲まなくても、そのうち治るし」

 妹の意見はもっともだが、どうしても不味い薬を飲みたくない陸だった。

「そんなこと言ってて、もし海に風邪がうつったら困るじゃない! 海、もうじきタコパーにクリパだってあるんだから!」

 海はほとんど引き戸の向こうに身を隠して言った。どうやら今後、たこ焼きパーティーやクリスマスパーティーなどの予定があるらしい。

「何だよ、どいつもこいつも、人を危険物扱いしてさ!」

 あからさまに病人を嫌う海に、陸は気を悪くした。風邪の症状が出て以来、家庭内感染を防ぐため自室に隔離され、末の妹である空にも会えないのだ。

「お兄ちゃんこそ、絶対、海にうつさないでよね!」

 海は言うが早いか、臭いものに蓋をするように、ピシャリと引き戸を閉めた。

「ちぇっ。タコだのクリだの、何だよ」

 海のバタバタと走り去る音を聞きながら、つまらなそうに呟く陸。ようやく当初の目的であるペットボトルのお茶に手を伸ばしたが、

「でも、よく考えたら、あいつ小5のくせに、おれよりリア充なんじゃ……」

 はたとそんな思いにかられた。自分の予定はといえば、高校生になって初めての冬だというのに、期末試験が終わったら健太や中井たちとカラオケに行く話があるだけだ。

 そんな折、ピンポンと来客を告げるチャイムが鳴った。続いて母が台所から玄関へ向かう忙しない足音。それにくっついて、「ママ~、お兄ちゃんがお薬飲んでなぁい」と言いつける海の声がした。引き戸越しのせいか、扉が開いた音の後は、母や海の歓声めいた会話がごっちゃになって、よく聞こえない。

「アホらしい、さっさと寝よ」

 耳をそばだてるのが面倒になった陸は、お茶を口にし、再びベッドにもぐりこむ。

 しかし、

(ん? このパターン、前にもあった気がするぞ)

 虫の知らせか、陸はふとそう直感し、慌てて起き上がりカーディガンを羽織った。

 そして、そんな陸の予感が正しかったことは、まもなく証明された。

「陸、山那くんがお見舞いに来てくれたわよ~」

 母のよく通る声と共に、引き戸が一気に開かれ、レジ袋を持つ制服姿の三景が立っていた。

「三景!」

 陸はああやっぱりと思い、クラスメートを眺めた。三景は相変わらず引き締まったクールな面立ちで、紺のブレザーの下に同色のセーターを合わせ、首には黒いマフラーを巻いている。

「わざわざごめんなさいねぇ、山那くん。陸、何してるの。早くマスクつけて!」

 端正な三景の横顔に、母の目尻がふんにゃりと下がる。それに引きかえ、自分に対するぞんざいな物言いに、陸はため息をついた。

「おれ、マスクなんかしないよ。息苦しいもん」

 した方が良いことはわかっているものの、陸はつい本音をもらしてしまう。

「バカ言わないの! 山那くんにうつしたら大変でしょ!? ちょっとは人のことも考えなさい!」

 案の定、母に吠えたてられ、陸は苦虫を噛んだような表情になった。そして、いかにも仕方なくというふうに、枕元の不織布マスクを手にする。

「俺なら大丈夫です。長居はしませんので、お構いなく」

 陸がマスクをつける寸前に、口を挟む三景。

「いいえ、せっかく来てくれたのに、陸ったら本当に気がきかなくて――」

 すると、陸の時とはうって変わり、母はすっかり猫なで声になっていた。

 さらに、陸がふと視線を感じて廊下の奥に目をやると、先ほどは陸を毛嫌いしていた海が、こっそりと三景を見つめている。

(イケメンって得だよなあ)

 陸はそう独白し、何とも不毛な気分になった。



「三景、それ差し入れ?」 

 母の退室後、陸はさっそくベッド下の三景に声をかけたが、その視線は三景にというより、彼が持つレジ袋に注がれていた。

 そんな陸に、

「つまんねー風邪なんかひくな、陸。そもそも、お前は健康管理がなってねえんだよ」

 三景はムッとして眉根を寄せると、厳しい口調で言い放った。

「みんな、冷たい……病人は弱ってるんだから、優しくしなきゃダメなんだぞ」

 にべもない三景の言葉に、陸は思わず布団に指でのの字を書いたが、

「お前、そんな弱ってねえだろ」

 三景が冷静そのものの口調で言った。

「弱ってるよ、咳が出て死にそう!」

 大げさに訴える陸に、

「そうかよ。じゃあ、のんびり菓子なんか食ってられねえな」

 三景はくるりと背中を向け、部屋を出ようとした。

「わ~! 待って、三景さま! おれ、元気になってきた!」

 陸が大慌てで引き止めると、三景はやれやれと肩をすくめて振り返った。

「そうこなくっちゃ。さ、近う寄れ近う寄れ」

「時代劇かよ」

 にこにこと手招きする陸に、三景は心底呆れつつ備えつけのはしごを登り、ベッド上にやって来た。

「咳だけっていっても、さすがにこの距離じゃマスクしないとな」

 腰を下ろす三景のそばで、陸はようやくマスクをつけようとしたが、

「別にいらねえよ。俺は風邪なんかひかねえから」

 マフラーを外しながら、三景がぽつりと呟いた。それは彼らの一族の特殊さを示唆する言葉でもあった。

「そっかあ? ま、ナントカは風邪ひかないって言うしな……イテテッ!」

「そりゃ、お前だろ」

 いらぬことを口にした陸は、その頭を三景に軽く掴まれた。

「違うよ! ほんと、冗談が通じないんだから……」

 三景の手が離れた後も、陸はほっぺをふくらませて拗ねていた。だがそれも束の間で、三景が差し入れのレジ袋を見せるとすぐに表情が明るくなった。

「お~、サンキューな!」

「中身は健太と中井と吉祥寺からだ。礼はあいつらに言え」

 食堂名物の焼きそばパンや、お気に入りの乳飲料などが入った袋を受け取った陸だが、

「三景……手、冷たい」

 偶然ふれた三景の手が、ひんやりしていることに驚いた。その時、外の寒さを告げるように、木枯らしが窓ガラスを叩いていく。

「そうだ。寒いのに、わざわざ来てくれたんだよな」

 三景の家が逆方向であることも含め、陸は申し訳ない気持ちになり、三景の手を自らの手で温めるように握った。

「別に、大して寒くねえよ。それに、体温なんかすぐ戻る」

 手のひらに陸のぬくもりを感じた三景は、横を向いたまま、そっけなく答える。けれど、よく見ればその頬がわずかに赤く染まっていた。

「うん……ありがとな、三景」

 陸は少し照れながら、感謝の言葉を口にする。三景は何も言わなかったが、ふれあう陸の手をそっと握り返した。

 三景の手が冷たくなくなっても、二人はお互いの手を離さずにいた。ふれているのは手だけなのに、なぜか胸までじんわり暖かくなる気がして、陸は不思議な心地よさに包まれる。

 そうやって、穏やかな静けさにひたっていたが、

「陸、薬飲んでねえのか」

 三景が枕元の容器に気づいたことで、そんなひと時はあえなく終わりを迎えた。

「えっ?」

「さっき玄関で聞いたぞ」

(あちゃあ……海のやつ、余計なことを)

 今しがたの照れた表情はどこへやら、抜かりなく詰問してくる三景に、陸はひそかに妹を恨んだ。

「何で飲まねえんだよ」

「だって、あれ、超苦いんだもん」

「あ?」

 陸は駄々っ子みたいに口を尖らせたが、三景に安い言い訳が通用するはずもない。低い恫喝に加え、ジロリとひと睨みされる。

「つべこべ言わずに、さっさと飲めよ」

(う……こ、怖い……でも、いつも負けてばっかりじゃないぞ、おれは!)

 三景の底光りするまなざしに圧倒されつつ、陸は妙な負けん気を奮いおこした。

「やだよ、おれ、ぜーったい飲まない!」

「幼児か、お前は」

「おれ、ただでさえ薬は嫌いなんだって!」

「病気をなめんな」

 ドスのきいた声で迫る三景にも、陸はひるまなかった。

「大丈夫だよ、ただの風邪なんだから――」

 しかし、三景はもはや陸の言葉を聞かず、容器をひったくるように奪うと、素早く自分で飲んだ――ように見えた。

(あれ、三景が代わりに飲んでくれたの?)

 陸は愚かにもそんなことを考えた。

 が、次の瞬間、陸はまばたきする間もなく三景にパジャマの襟元を掴まれ、力任せに引っ張られる。まるで、磁石同士がくっつくように。

 あっと思った時には、陸の口は三景のそれに塞がれていた。唇がふれる柔らかい感触の直後、咳どめ薬の液体が陸の口内に流れこんでくる。

「!」

 苦味を感じる余裕は全くなかった。唖然とする陸をよそに、薬は喉の奥へ流れ落ちていく。

 やがて、薬を飲ませ終えた三景が、ゆっくりと陸から離れた。

 陸はしばらく固まっていたが、

「三景……!」

 自分が何をされたか理解すると同時に、火を吹きそうなほど顔が熱くなった。

「お前がくだらねー意地張るからだ」

 半ばふてくされて目をそらす三景の頬も、さっきよりいっそう赤い。

「おれ、熱まで出そう、どうしてくれんだよ……」

 陸はへなへなと脱力し、思わず三景の胸に倒れこんだ。恥ずかしさで、相手の顔もまともに見れない。

「そしたら、俺がまた薬を飲ませてやる」

「~~っ!!」

 開き直った台詞に、陸はもう言葉もなく、ぽかぽかと三景の胸を叩いた。



 それから、陸はおとなしく咳どめ薬を飲むようになり、まもなく彼の風邪は治ったのだった。


 湊斗の話が思ったより長くなり、陸が(一応主人公なのに)ご無沙汰だなあ…と考えるうちに書きたくなって、今回思いきってトライしました。現実の季節と合わせて冬にしたので、陸と三景が出会ってから8ヶ月後(本編よりかなり先)になってしまいましたが、楽しく書けました。次回(年明けの更新はお休み予定ですので、おそらく2月)は湊斗編に戻ります。

 今年もコロナ禍など色々ありましたが、こうして書き続けられていることに感謝しています。皆様もどうかお体に気をつけて、良いお年をお迎え下さい。ここまで読んで下さり、ありがとうございました!

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