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The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
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32 湊斗の記憶・夏⑥~夏祭りⅢ~

「ぼくはどうもないよ。Tシャツは洗えば済むし。そもそも、ぼくが勝手に動いてこうなっただけだから、気にするなって」

「でも、俺のせいで……」

 湊斗はできるだけ明るく言って聞かせたが、責任を感じてうなだれる三景は、まるでか細いマッチ棒のようである。

「あのさ、山那だったっけ」

 一歩後ろから二人のやりとりを耳にしていた流郷が、頭をぽりぽり掻きつつ、話に加わった。

「あ、おれは流郷っていって、湊斗の友達で、中井の部活の先輩。湊斗は優しいから、あえておれが言うけど」

 流郷の前置きに、三景は少し戸惑いながらもうなずいた。

「年上相手にひるまない度胸は買うよ。自分の意見も言う時には言うべきだし、ハルみたいなのには、はっきり言ってやる方が効くしね」

 後半の台詞を口にした流郷は、湊斗にもいたずらっぽい笑みを向けた。頬をふくらませるハルを横目に、湊斗も「はは……」と苦笑いする。

「でも、状況によってはさ、その言動のせいで損したり、敵を作っちゃうかもしれないな」

 しかし、落ち着いた口調とは裏腹に、いきなり急所へ斬りこんでくる流郷に、三景は痛々しく唇を噛んだ。

「おれは山那に指図する立場じゃないけど、ムダな対立を避けたいなら、時には自分の行動を変えるか、それともこのままでいいって貫くのか、よく考えてみるんだな。今頃そんな顔するくらいならさ」

「……はい」

 三景はすっかりしょげてしまったらしく、ハルの時とはうって変わって素直に返事をした。

(流郷は、やっぱりすごいな)

 流郷のお説教を目の当たりにした湊斗は、ぽつりと独白する。彼の話にはいつも相手を納得させる力があり、それは陸上部の長として部員をまとめ、必要な助言や指導をしてきた経験ゆえと思われた。

「ま、そういうことだから。申し訳ないと思ってるなら、湊斗の着替えにつきそってやってよ」

「え?」

 流郷があまりにさらっと三景に指示したため、湊斗は危うくそれを聞き流すところだった。

「湊斗だって、いくらなんでもここで脱ぐのは嫌だろ? お店のトイレとか、人目につかない所の方がいい。おれはその間に、ハルによく言っとくから。中井、この子ちょっと借りるぞ」

 流郷はにこやかに告げると、湊斗が口を開くより先に中井に声をかけた。もちろん中井がそれを拒否するはずもなく、湊斗は三景をお供に、着替えのため適当な場所を探すことになった。



 結局、湊斗は屋台通りの少し先にある小さなスーパー内のトイレで着替えることにした。

「これで一安心だな」

 中井から借りた白いTシャツを身につけた湊斗は、ひとまず胸を撫で下ろした。汚れた自分の服は店で失敬したビニール袋に入れ、ショルダーバッグにしまいこむ。

 湊斗がトイレを出ると、哀れなほどに覇気をなくした三景が、流れる店のテーマ曲も耳に入らず、うつむいて壁にもたれていた。

「山那」

 湊斗に名を呼ばれ、三景はようやくのろのろと顔を上げる。

「まだ落ち込んでるのか? ぼくは全然気にしてないから、いいかげん、元気出せよ」

 湊斗は困ったように肩をすくめた。

「俺、まさか先輩がかばってくれるなんて思ってもみなくて……本当に、すみませんでした」

 三景の声はまだ沈んでいたが、それでもさっきよりははっきりした口調で言い、深く頭を下げる。

「いや、いいんだって。ここだけの話、山那がハルに言い返してるのを見て、ぼくもスッとしたから」

 怪訝な表情の三景に、湊斗は苦笑し、語を継いだ。

「実は、山那たちに会う直前に、ぼく、ハルからちょっと嫌なこと言われてさ……もちろん、あいつはぼくのお母さんのこと知らないし、大した意味はないんだろうけど、胸がモヤモヤしちゃって。でも、もし自分の気持ちを伝えて、雰囲気が悪くなったり相手に嫌われたりするのが怖くて、結局何も言えなかった。正直、ハルに家の事情を話すのも気が進まないし」

 ハルとの出来事について、湊斗は詳しい説明はしなかった。しかし、三景は湊斗の母の件が関係していると知り、こちらの胸中が複雑であることを理解したようだった。

「こんな性格のぼくからすれば、誰が相手でも自分の考えをちゃんと主張できる山那はすごいよ。うらやましいくらい。だから、流郷の話ももっともだけど、ぼくは、山那はそのままでいいと思う」

 湊斗は単に素直な感想を述べただけのつもりだったのに、それを聞いた三景の瞳が、驚きで大きく揺らいだ。


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