31 湊斗の記憶・夏⑤~夏祭りⅡ~
祭りのにぎわいの片隅で、三景とハルの間に漂う険悪さは増すばかりであった。
三景の横には中井が、そしてハルには流郷がついてなだめてみるも、一触即発の雰囲気は変わらない。
このままだと、本当にケンカになるかもしれない――湊斗は奇しくも審判のごとく双方の真ん中に立ち、固唾を飲んで成り行きを見つめていた。
「お前、何だその言い方は!? たかが一年のくせに、生意気だぞ!」
ハルが噛みつくように三景を怒鳴りつける。
しかし、三景も負けていない。
「俺は当たり前のことを言っただけです。学年なんて関係ないんじゃないですか」
折れる気のない姿に、中井はたまらず夜空を仰ぎ、流郷は呆れながらも、後輩に半ば感心のまなざしを向けた。
対して、ブーメランよろしく言葉を返されたハルは、いよいよ我慢ならなくなって、
「だから、その態度が気にくわないんだよ!!」
激しい声と共に、持っていたたこ焼きのトレーを、三景めがけて振り上げる。
「おい――!」
その瞬間、湊斗の体が無意識に動いた。
……べちゃっ。
気がつくと、湊斗は三景をかばって立ちはだかり、たこ焼きの直撃を受けていた。せめてもの幸いで、顔面には当たらなかったが、左肩から胸にかけてジワッと熱さが広がり、かぐわしいソースの匂いがたちのぼる。
湊斗が恐る恐る胸部を見下ろすと、着ていた青いTシャツはつぶれたたこ焼きやソースで無残に汚れ、白いトレーが足元へ落ちていくところだった。
「湊斗!」
流郷が驚いて、湊斗に駆け寄った。
「ちょっと汚れたけど、どうってことないよ」
湊斗は頬をひきつらせつつ、努めて平静を保った。
「なっ……何でお前が出てくるんだよ、湊斗!?」
ハルは数秒ほど思考停止していたが、いけ好かない後輩にくらわせたはずのたこ焼きが、なぜか湊斗に命中した事実にうろたえる。
「岡先輩!」
湊斗の方へすっ飛んでいく中井とは対照的に、当の三景は何が起きたか理解できず、愕然としていた。
「湊斗、火傷とかしてないか? この服は、もう替えた方がいい」
流郷はそう言いながら、身につけたボディバッグからタオルハンカチを取り出すと、湊斗の服の汚れを拭い始めた。自分のハンカチもみるみるソースまみれになるが、彼は全く気にしていない。
「そんなに熱くなかったから、平気だよ。でも、確かにこのままってわけにはいかないな……」
困り顔で答える湊斗。Tシャツの汚れと匂いはひどく、とても着ていられる状態ではない。
すると、
「先輩、オレ、予備のTシャツ持ってます! 部活のんですけど、サイズ大きめなんで、良かったら使って下さい」
二人の会話を聞いた中井が、リュックからすばやく白いTシャツを出した。流郷が受け取って生地を広げてみると、湊斗でも着られる大きさだった。
「ありがとう、中井。今日はお前が神さまに見えるよ」
ひとまず着るものにありつけた湊斗に、ようやく安堵の笑顔が浮かんだ。
「いえ、服の一枚くらい、気にせんとって下さい」
そんなやりとりの傍らで、ハルはいかにも気まずそうに黙っていた。が、状況がいちおう落ち着いたことがわかると、ハルは固まったままの三景に再び牙を剥いた。
「おい、お前のせいだぞ! 元はと言えば、お前の口のきき方がなってないから――」
「ハル」
ところが、ハルの台詞は、流郷の低い呟きによって遮られる。
「まだやる気か?」
「だって流郷、こいつが……」
ハルは地団駄を踏みながら訴えるも、流郷の表情が本当に厳しくなっているのに気づき、とっさに口をつぐんだ。
「そもそも、先にしかけたのはお前の方じゃないか、ハル。いつも言ってるだろう、後輩に意地悪するのはやめろ。それに、湊斗にもちゃんと謝るんだ」
「うっ……」
流郷の口調には有無を言わさぬ迫力があって、ハルは苦虫を十匹くらい噛んだ顔になる。
一方、湊斗はそんなハルを見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「あのさ、ハル……ちょっと誤解があったんじゃないかな」
おずおずとした口調だったが、その場にいた全員が湊斗に注目する。
「その子は山那っていう一年生だけど、ハルは初めて会ったんだろう? ぼくは前から山那を知ってる。だから、山那がにらんでるように見えるのは目がきついだけだとか、言い方はともかく、話の内容は間違ってないとか……そういうのが、少しはわかるんだ。山那はハルが思ってるような奴じゃないよ」
周囲の喧騒に比べると、湊斗の語り口は静かだったが、その内容は皆にはっきりと届いていた。
流郷と中井の視線が、今度は自然にハルの方へ向けられる。それを感じたのか、ハルは決まり悪そうに頭をかくと、
「あ~、もう、わかったよ! 湊斗、ごめん! これじゃあ、オレだけが悪者みたいじゃんか。でも、そいつだってホントはもっと先輩を敬うべきなんだぞ! 今回は湊斗に免じて許すけど!」
やけくそではあったが、降参宣言をした。
「ま、ハルにはこれが精一杯だろうな」
肩をすくめる流郷と目が合い、湊斗はホッと息をついた。
(良かった、何とか収まって)
湊斗はそう独白し、さっきから沈黙し続ける三景を見た。
ハルに毅然と言い返していた三景なのに、湊斗にかばわれた直後から、まるで石と化したようだった。
「山那、大丈夫か?」
湊斗が心配になって呼びかけると、三景はかろうじてぴくりと反応する。
「お、俺はどうもありません。でも、先輩が――」
やっと言葉を発した三景だが、いつもの強さはどこかへ消えてしまい、むしろ一回りも小さくなったように見えた。




