29 湊斗の記憶・夏③~神社で~
自販機にはペットボトルのスポーツドリンクやミネラルウォーター、缶コーヒー等さまざまな飲料が並んでいる。だが、湊斗は他の物には目もくれず、オレンジの缶ジュースのボタンを押した。
やがて、ガコンという重い音と共に、取り出し口に商品が落ちてくる。
「ありがとな、山那」
湊斗は笑顔で三景に礼を言い、缶を取り出した。選んだのは湊斗の定番ジュースで、オレンジに目や口がついたキャラクターを描いた有名なものだ。缶はよく冷えて、砂漠で湧き水を見つけた心地になった。
ところが、
「それ、果汁少ないって、姉貴が言ってましたよ」
三景が、湊斗のささやかな喜びを打ち砕くように、ズバリと言った。
「……」
湊斗は中途半端な笑みを顔に貼りつけたまま、ちらりと缶の成分表を確認した。果汁20%になっている。
「い、いいんだよ。毎日飲むわけじゃないんだから」
湊斗はできるだけ穏やかに受け流そうとしたが、
「でも、果汁100%の方が体にいいって――」
「あ~、もう、ぼくはこれが好きなの!」
なおも食い下がる相手に、思わずがなりたてた。
(まったく、うちの部にもいないぞ。3年生の好みにケチつける1年生なんて)
三景は親切のつもりかもしれないが、自分の嗜好を否定された気がして、湊斗は少なからずムッとしていた。
「そうですか」
当の三景は、どこかすっきりしない表情で応じて、自販機のボタンを押す。彼が選んだのはスポーツドリンクだった。
神社は、周りの家やアパートに埋もれるように、こじんまりと建っていた。石の鳥居をくぐると、すぐ横に手水舎があったが、板で蓋をされて使えなくなっている。数メートルほどの参道の先には、木造の拝殿と小さな末社が並び、隅っこに青いベンチが置かれていた。
「あの木陰です」
三景の言葉どおり、ベンチの後ろには、ご神木らしくしめ縄を巻かれた大きなクスノキがそびえ立っていた。ベンチに座る者を日差しから守るように葉を繁らせ、開いた傘の形に似た影を地面に広げている。
蝉の声が遠く近くでみんみんと響きわたる中、湊斗と三景はベンチに腰を下ろし、買った飲み物でひとしきり喉を潤した。
「あ~、おいしい……」
水分を補給した湊斗は心身ともに満たされると、
「さっき、山那はけなしてたけどさ。このジュース、すっきりしておいしいんだよ?」
ふと先刻のやりとりを思い出してぼやいた。
「別に、けなしてません」
すると、三景は心外だといわんばかりに反論してきた。
「俺はただ、事実を言っただけです」
つっけんどんな三景の口調に、湊斗の方もカチンとくる。
「あのさ、山那は素で言ってるだけかもしれないけど、いっつもそんな態度だと――」
語気を強くしかけた湊斗は、ふいに書道部の国枝のことを思い出した。湊斗が書道部の部室を訪れた際、彼女も三景に怒鳴りちらしていたのだ。
「気にくわなかったら、すいません。俺、こういう言い方しかできないんです」
対する三景はぼそりと呟き、むっつりとうつむいた。
「いや、その……」
目の錯覚かもしれないが、三景がしゅんとしているみたいで、湊斗もたじろいでしまう。
(まあ、こいつはこういう奴なんだろうなあ……それに、腹を立ててるぼくも、実は山那を自分より下だと思ってたのかも……)
友達になろうと言いながら、心の奥では上下関係にとらわれていたのかもしれない。
湊斗は小さくため息をつくと、改めて三景に向き直った。
「たしかに、山那の態度もちょっとぶしつけだと思ったけど、悪気はなかったんだろ? だったら構わないよ。最初に言ったとおり、ぼくの前では、山那は山那の本当に言いたいことを言えばいい。その代わり、ぼくも思ったことを遠慮なく言うからさ」
湊斗はそう話すうちに、なぜか体から余分な力が抜けていき、いつの間にか気楽に笑っていた。
一方、それを聞いた三景の表情に、驚きがありありと浮かぶ。
三景はしばらく黙っていたが、
「俺は小さい頃から、これはおかしいとか、こうした方がいいと思ったことを、何でもつい口に出してしまうんです。そのせいで相手とぶつかる時があって。学年が上の人とか先生にもそんな感じだったんで、よくケンカになったり、叱られたりしました」
まるで、思い出を己の前に並べて、一つ一つ眺めるような目で語った。
「そっか……」
まあ、そうなるだろうなと湊斗は相づちをうちながら、人と衝突する三景をまざまざと想像する。
「……でも、岡先輩はちょっと違う」
三景は小声でそうもらすと、
「え?」
聞き取れなかった湊斗の問いかけに答えず、空いたペットボトルを手に立ち上がる。
「おい、山那――」
「先輩は、変わってるって言ったんです」
「はあ?」
意味がわからず混乱する湊斗に、
「そろそろ、行きましょう」
三景は短く声をかけると、境内の外へ向かって歩き出した。
「ちょい待ち、ぼくはまだ飲みきってないぞ!?」
慌てて残りのジュースを口へ流しこむ湊斗だが、
「置いて行きます」
三景はしれっと言うと、いよいよ軽やかに足を運び始める。
「勝手な奴だなあ!」
湊斗はさっきの自分の言葉どおり、今度こそ遠慮を捨てて高声を上げた。
それが届いたのか、三景が一瞬だけ湊斗の方を振り返る。かすかではあるが、三景のまなざしは和らいでいて、ほんの少し上がった口角が、たしかに微笑を形作っていた。




