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The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
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24 湊斗の記憶⑱~父の提案~

 その夜、湊斗は父と居間で夕食をとっていた。何となくつけたテレビは全国のニュースを伝えている。しかし湊斗は皿へ移した唐揚げ――リナからもらった――になぜか視線が向かってしまい、アナウンサーの話がちっとも頭に入らずにいた。そんな時、父が缶ビールのふたを開けながら、やにわに話を切り出した。

「湊斗。今週末から、おばあちゃんがうちに来てくれることになったぞ」

「えっ?」

 寝耳に水とはまさにこのことで、湊斗はすっとんきょうな声を上げた。

「もう七月だ。お前も期末試験が近いだろう? 受験を控えた大事な時期だからな、家事や母さんの体調にかまけている訳にはいかない。だから、おばあちゃんにしばらくうちのことをやってもらうつもりだ」

 その話を聞いて、湊斗は以前の父とのやりとりを思い出した。母の件について、父が考えてみると言っていたのはこのことだったらしい。

「おばあちゃんかあ……」

 湊斗は箸を置き、明るくてしっかり者の祖母の笑顔を思い浮かべた。

 湊斗の父方の祖父母は今も健在で、車で片道三十分ほどの所に住んでいる。湊斗が小学四年生になるまで、両親とともに祖父母の家で暮らしていたのだ。

「おばあちゃんも半月くらいはこっちにいられるそうだ。これで湊斗も試験勉強に専念できるな」

 湊斗の物心がついた時、すでに母には心身の不調が表れていた。そんな母に代わって湊斗の面倒をみてくれたのが祖母で、休日に遊びに連れ出したり、夜に寝つきやすいよう、絵本を読んだり子守唄を口ずさんでくれたりした。

(こっちに来てからあんまり会えてなかったし、楽しみだな)

 そう思った矢先、湊斗はふと、あることに気づいた。

「お父さん、お母さんはおばあちゃんが来ること知ってるの?」

「いや、これから話す」

 その返答に、湊斗は少し心配になった。同居していたころの母と祖母の関係は、幼かった湊斗の目から見ても、決して良好とは言えなかったのだ。



 夕食後、父は母が寝ている部屋に入っていった。母の反応が気になった湊斗は、電灯もつけていない薄暗い廊下に立ち、わずかに開いたドアの隙間から、中のようすを覗いてみることにした。

「母さん、ちょっといいか?」

 父はベッドで伏せっている母にそう声をかけながら、そばの丸椅子に腰を下ろした。

 母は父の訪れに驚いていたが、やがてのろのろと上体を起こそうとした。が、すぐ父に制され、再び横になる。

「母さん。いろいろ考えてみたんだけどね、湊斗のためにも、しばらくおふくろに来てもらうことにしたよ」

「……え……」

 父の言葉に、母が絶句に近い呟きをもらす。

「母さんもわかってると思うが、湊斗はもう受験生だ。今月は期末試験だってある。あの子が勉強に専念できるよう、環境を整えてやらないと」

「わ、わたし……」

 母は布団から手を伸ばし、すがるように父の膝頭をつかんだ。

「自分のことは自分でします。湊斗の負担にならないようにしますから、お義母さんの手を煩わせるのは――」

 湊斗には母の表情は見えなかったが、その口調は哀願といってもよい、切実なものであった。

 しかし、

「そんな状態で何ができるんだ」

 父は話にならないと言いたげに首を左右に振り、母の手を布団へ押し戻した。

「それに、仮に母さんが自分の面倒をみれたとしても、湊斗の世話はどうなる? 子どもの大事な時期にサポートしてやるのが、親のつとめじゃないか。もし母さんの方で誰か呼べるならそれでも構わないが、そんなあてもないだろう」

 そう言われ、母は黙りこんだ。一人娘だったという母の両親は早くに他界しており、湊斗は彼らの顔を写真でしか知らない。

(やっぱり、お母さんはおばあちゃんに来てほしくないんだ……)

 不安が的中してしまい、湊斗は一人嘆息した。祖母が来てくれれば、自分は家事から解放され、今より楽になれる。だが、ただでさえ不調の母にとって、更にストレスが増えてしまうのではないか。

(ぼくだってもう中3だ。自分のことは自分でできる)

 これまでもそうしてきたのだから。

 湊斗は思いきって父に考え直してもらおうと、ドアノブに手をかけた。

 ところが、

「母さん、おふくろがいるとやりづらいのはわかる。でも、こっちも母さんには色々と配慮してきたんだ。おふくろたちと同居を続けていれば、湊斗ももっと授業や部活に力を入れられたはずだし、塾にも行かせてやれただろう。それに会社の方にも、転勤しないでいいようにお願いしている。だから今回は母さんもあの子に配慮してやってくれ。半月くらいと割りきって、我慢してくれないか」

 その話を聞いたとたん、湊斗の手が凍りついたように止まった。

(そうだ。おばあちゃんたちと一緒にいたころは、楽しかった)

 まるで、小学生の自分が目を覚ましたようだった。

 祖父母と暮らしていた時、湊斗は母を案じてはいたものの、学校生活は何不自由なく送れた。母の看病で部活を休んだり、料理や洗濯に追われたりすることもなかったのだ。

 湊斗は母を思う一方で、自分の時間が母に奪われているのではないかという考えに直面していた。これまでにも心の片隅で薄々感じていたことが、はっきりした形をもって眼前に現れたように。

 やがて、湊斗の手がドアノブから落ちるように離れた。湊斗はそれ以上父母の話に耳を傾けることなく、部屋に背を向けると、灯りのついた居間へ戻っていった。


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