表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
50/75

19 湊斗の記憶⑬~書道部にて~

 その日の放課後、湊斗は右肩にスクールバッグを提げ、校舎一階の片隅にある教室を訪れていた。廊下側の窓から中を覗くと、十人ほどの男女の生徒があちこちの机に座り、各自が広げた半紙に筆で字を書いているのが見える。

 ここは、書道部の部室だった。

 顧問の先生はいないようだが、しんと静まり返った室内に、湊斗は躊躇しつつ、最終的に扉を開けて声をかけた。

「国枝、ちょっといい?」

 すると、四列目の右端に座っていたポニーテールの女生徒が、驚いたように顔を上げた。

「え。岡、どしたの?」

 そのやりとりにつられてか、他の生徒たちも、一斉に湊斗に注目する。

「あ、邪魔してごめん。さっき、先生からプリントもらったんだ。次の美化活動の割り当て。国枝にも渡してってさ」

 やにわに注目された湊斗は、若干たじろいだものの、気を取り直してバッグから一枚のプリントを出した。

「それで寄ってくれたの? ありがとう、わざわざ」

 国枝と呼ばれた女生徒は席を立つと、そう言って湊斗からプリントを受け取った。

「別にいいよ。ここ一階だから通り道だし、明日だと忘れちゃいそうで」

 湊斗と国枝はクラスメートで、共に美化委員だ。美化委員は校内の環境をきれいに保つため、環境美化活動(啓発ポスターの掲示やゴミ拾いなど)を定期的に行っている。国枝に渡したプリントも、それに関するものだった。

 用事を済ませた湊斗は、改めて部室を見回した。やはり顧問の姿はなく、黒板には『自由課題』と書かれている。

「先生、いないの?」

 湊斗は素朴な疑問を口にした。確か、書道部の顧問は国語科の先生だと記憶している。

「先生? たまにしか来ないよ。うちは気楽に、かつマイペースに活動してるもん」

 国枝はそう言うと、朗らかに笑った。彼女はこの部を率いる長なのだ。

「ふうん……」

 湊斗は首肯しながら、自分たちの部とはずいぶん違うと感じた。部員数の差もあるが、陸上部では練習時に必ず顧問の先生が顔を出して、さまざまな指導や監督を行っている。

(ん? 待てよ、書道部といえば――)

 湊斗ははたとあることを思い出し、部員たちの方を見た。すると湊斗の予想どおり、二列目の中央付近の席で、毛筆をにぎる三景がいた。

「山那!」

 湊斗が気づく前から、三景はこちらをじっと見ていたらしい。名を呼ぶと、着席したまま頭を下げた。

「本当に書道部だったんだな」

 普段立ち入らない場所に来たせいか、顔見知りの三景に会って、湊斗は少し安心していた。が、その気持ちは我ながら意外でもあった。それは、自分が変人だと認識している相手と、思ったより馴染んでいるということではないだろうか。

「岡、山那と知り合いなの!?」

 国枝がぎょっとした顔で問う。その表情を見て、湊斗は三景に対する彼女の評価が何となくわかった気がした。

「陸上部にスカウトしたけど、書道部だからって断られたんだよ」

 湊斗は国枝に説明しつつ、ぶらりと三景の席へ歩み寄る。この後輩がどんな字を書くのか、興味があったのだ。

「な、山那――」

 と笑いかけた湊斗だったが、机上の半紙を目にした途端、その言葉も笑みも静止した。

 文鎮で押さえられた半紙には、なぜかa、b、c……の26文字が横書きで記されていた。しかも、それらはいずれも筆記体である。

「え……山那、これ何?」

 湊斗は思わずそう尋ねていた。以前、美術室で見た絵も、自分には到底まねできないものであったが、書道における感性も同様のようだ。

「アルファベットです。今日の授業でこういう字体もあるって習ったんで、思い出して書いてみました」

 一方、三景は大まじめなようすで答えた。隣の席の男子部員も、妙な顔で三景を見ていたが、当人はそれにまったく気づかない。

 その時、湊斗の後ろにいた国枝が背伸びをして、三景の作品がどんなものであるか知った。湊斗が背後に不穏な気配を感じて振り向いた頃には、彼女のこめかみと鼻の穴が、怒りでぴくぴくと動いていた。

 一方、三景は異変を察することなく、淡々と話を続けた。

「でも、毛筆だと墨で字がにじんで、うまく書けませんでした。つまり、英語は筆で書くことは想定されてない文字で――」

「当たり前じゃーっっ!!」

 そんな三景の言葉を蹴散らすように、国枝の怒鳴り声が部室中に響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ