12 湊斗の記憶⑥~再見~
その日の放課後。
湊斗は制服姿のまま、社宅近くのコンビニエンスストアに立ち寄った。今日は陸上部の活動日ではないため、まだ空も明るい時間帯だ。湊斗は店の自動ドアをくぐって、いそいそと奥の飲料売り場へ向かった。
(あった、あった)
缶や紙パックの飲料がずらりと陳列される中、目当ての品を見つけた湊斗は顔をほころばせた。
湊斗が手にとったのは、一本の缶ジュースだった。オレンジに目鼻と口が描かれたデザインのオレンジジュース。それは昔から販売されている有名な商品で、湊斗の好物でもある。
湊斗がズボンのポケットにある小銭入れを触って確認しながら、レジの方へ行こうとした時、
「あの――」
背後から突然、何者かに呼びかけられた。
「うわっっ!?」
まさか学校の先生ではないか。そう思った湊斗は反射的に身をすくめ、叫びながら振り返った。一応、登下校中の買い食いは校則で禁止されているのだ。
だが、そこに立っていたのは、まったく予想外の人物であった。
「……山那?」
湊斗より一回り小柄な後輩――山那三景が、同じく制服にスクールバッグを肩から提げ、無愛想な野良猫のような目で、こちらをじっと見上げている。
「何だ、驚かせるなよ……」
とりあえず相手が教職員でなかったことに安堵し、湊斗は脱力した。
「別に、驚かせてません」
三景は心外そうに答えると、おもむろにバッグから一冊のノートを取り出した。
「これを渡しに来ただけです」
そのノートは、湊斗が美術室に忘れてしまい、わざわざ取りに行ってきたはずの物だった。
「えっ?」
では、自分が持っているノートは一体何なのか。湊斗は缶ジュースそっちのけで、あたふたとバッグの中をまさぐった。すると、後輩の手にあるのとまったく同じサイズと表紙のノートが出てきた。
「岡先輩。それ、俺のです」
面食らう湊斗の耳に、三景の乾いた声が届く。その言葉で、湊斗は事態を悟った。
「じゃあ……あの時、ぼくは間違えて君のノートを持ってきちゃったのか」
そう呟きながら、三景から渡されたノートを開く湊斗。各ページには、見慣れた自分の字が並んでいる。
湊斗は苦々しい顔で、続けてバッグ内のノートを確認した。こちらはまだ使い始めなのか、最初の数ページしか文字が書かれていない。しかし、それは確かに、美術室で見た、お世辞にも上手とは言い難いあの絵に記されたのと同じ筆跡のようだ。
「ちゃんと確認すれば良かった。ごめん」
湊斗はそう言って頭を下げ、ノートを本来の持ち主に返したが、
「もしかして、このためにここまできたのか? 部活は大丈夫なのか?」
そのことが気になり、後輩に問いかけた。
三景は頷いて、
「俺がノートのことに気づいたのが、ホームルーム前でした。中井から陸上部は今日休みだって聞いて、先輩のクラスに行こうと思った時、帰る先輩を見かけて、後を追ってきました。書道部も今日は休みなんで」
と、淡々と答えた。
――明日でもよかったのに。
そう言いかけたが、湊斗は口をつぐんだ。考えてみれば、相手にとって、このノートが今日必要なものかもしれないのだ。
三景の顔つきからでは、その本心はわかりにくいが、露骨な面倒くささや嫌々といった雰囲気は感じられない。それでも湊斗は、自分のミスで後輩に余計な手間をかけさせたことを痛感していた。
しかし、
「それじゃ、失礼します」
三景は小さく一礼すると、風のように湊斗の前から立ち去ろうとした。
「待って、山那! 面倒かけちゃったし、せめておわびに何かおごるよ」
幸い、小銭入れには数百円ほど入っている。
それを聞いた三景は足を止め、くるりと振り向いたが、
「おわびはいりません。買い食いも黙っときますから、気にしないで下さい」
にこりともせず、そう言った。
「なっ――!」
湊斗は絶句した。
(何てかわいげのない奴……しかも、買い食いのことまで言ってくるなんて……!)
これでは、先輩として立つ瀬がない。一方的に借りができたうえに、いらぬ弱味まで握られた気がする。湊斗としては、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
「あのさ、年上の厚意には素直に甘えとくもんだよ。それでこそ、自分がしてもらった分、次の後輩にしてあげられる。つまり、良い先輩になれるんだからね」
湊斗は負けじと、いかにももっともらしい口ぶりで言った。この理屈に、三景は半ば疑うように眉根をよせたが、
「ほら、飲み物でも食べ物でも、好きなの選んで!」
「……わかりました、先輩」
結局、湊斗の勢いに押される形になった。




