6 過去へ
その直後、短い沈黙があった。互いに相手の出方を待つような間を経て、先に口を開いたのは三景の方だった。
「お前は、どうしてそう思ったんだ?」
問われた陸は、少し躊躇したものの、
「おれ、偶然あの人に会ったことがあるんだよ――」
これまでのいきさつを話し始めた。岡湊斗の母親が、蜘蛛が出ると言ってベランダを掃除していたこと、町のドラッグストアで中井と共に顔を合わせたこと、そして陸が母から聞いた噂のことも。
「息子を亡くしてから、精神科通いしてるって。どこまで本当かは知らないけど……」
「あの人の通院は事実だ」
陸の話を引きとるように、三景が言った。
「けどそれは、湊斗が死んでからじゃねえ。正確には、あいつが生きてた頃からだ」
「えっ」
なぜそんな事を知っているのだろう。陸は驚いて三景を見たが、三景は沈んだ面もちで目を逸らすと、再び黙りこんだ。
「あのさ、ずっと気になってたんだけど、お前、岡湊斗……先輩と知り合いだったの?」
陸は口ごもりつつ、思いきって訊ねた。とっさに『先輩』という単語をつけたのは、どこか悲しさの漂う三景への気遣いでもある。けれど、言った端から、陸は自分が相手のことに踏みこみ過ぎたのではないかと後悔した。
「答えたくなかったら、答えなくていいよ。その――お互いに呼び捨てとか、あだ名で呼んでるっぽかったから、仲良かったのかなって思っただけだし……」
無言の三景を前に、陸は半ば取り繕うように言葉を並べる。
やがて、三景が制服のポケットから何かを取り出した。それは、白いスマートフォンだった。
(こいつ、スマホ持ってたのか)
おれ、まだガラケーなのに――といった場違いな思いがよぎる陸をよそに、三景は慣れた手つきでスマートフォンを操作する。そして、おもむろにそれを陸の眼前へと突き出した。
「?」
「見てみろ」
陸は不思議そうにスマートフォンの画面を覗きこみ、目を見瞠った。
「これって――」
そこには一枚の画像が表示されており、体操着姿の少年が二人、映っている。それは今より少し幼い三景と、陸が目にした遺影と変わらない、優しそうな笑顔の岡湊斗であった。
「俺と湊斗だ。それは三年前の写真で、俺が中1で、あいつは中3だった」
三景の話を聞きながら、陸は穴が開くほど画像を見つめた。体育祭の折だったのか、二人の胸元にはクラスと名字を記したゼッケンがつけられ、頭にはそろって青いハチマキを巻いている。
「俺が湊斗と知り合ったのは中学に入ってからだし、学年も違ったから、付き合いとしては長くはねえ。でもあいつは、俺が唯一、自分のことを話せる相手だった。親友といえば、そうだったのかもしれない。湊斗の他に、そんな奴はいなかったから」
親友。
三景の口から、そんな台詞を聞くとは思わなかった。
陸は改めて三景を見た。今の彼には、初めて会った時や昨夜に垣間見たような、ある種の危険な獣性はどこにも感じられない。そこにあるのは、ただ寂しげな同級生としての顔だった。
「篠田、お前はもう俺と深い関わりがある。それに『影』のあいつとも接触した……だから、お前には話しといた方がいいだろう」
一転して、三景の顔つきが何か決意したように強い気を帯びた。それとともに、三景の足元から畳へ伸びる影が、わずかにうごめいた気がして、陸は人知れず身震いした。
「話すって、何を……」
自分が見たものは、きっと目の錯覚に過ぎない。陸は内心そう言い聞かせながら、三景に問うた。
「湊斗が俺と知り合ってから、死ぬまでのことをだ」
三景は斬り込むような口調で答えると、ぽつぽつと語り始めた。




