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The Blood in Myself   作者: すがるん
第2部 峡谷の底
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5 問い

(え――?)

 今、自分たちに一体何が起こっているのだろう。

 陸ははからずも三景と再び唇を重ねたまま、幾度か瞬きをした。片や、三景は時が止まったかのように硬直したままだ。

 しかし、廊下からせわしない足音とともに、陸の母の言葉がこの静寂を破った。

「陸、山那くん、お茶持ってきたわよ~」

 その声で、二人は我に返った。陸は壁際へ、三景が学習机の方へ飛ぶような速さで後ずさる。するとわずか数秒後に、部屋の引き戸が開き、盆を手にした陸の母が現れた。

「あ……ありがと……」

 陸は内心の動揺を必死に隠し、ぎこちない笑みで答えた。

「すみません……」

 三景も整った顔を珍しくひきつらせて、小さく頭を下げた。

「いいえ。狭い所で悪いけど、ゆっくりしてってね山那くん」

 陸の母は三景にニコニコ笑いかけながら、ペットボトルのお茶やコップが載った盆を、学習机に置いた。そして、そのまま立ち去りかけたが、

「あら、陸、携帯落ちてるわよ」

 ベッド下の畳に放置された携帯電話に気づくと、怪訝な顔で言った。

「へっ!?」

 陸は思わずギクッとした。落とした携帯電話のことなど、今の今まで忘れていた。しかし、考えてみれば、それのせいでとんでもない目に遭ったのだ。

「もう、気をつけなさいよ」

「う、うん。ごめん……」

 陸の母は小言を口にしつつ、携帯電話を拾う。対する陸は、殊勝に頷くと、慌ててそれを受け取った。

 まもなく陸の母が部屋を出ていくと、二人はそれぞれ、重たそうに自分の頭を抱えた。

「何だって、また……!」

 セカンドキスまでお前と、と言いそうになるのを寸前でこらえ、陸は呻きながらベッドに突っ伏した。

「……お前が、携帯なんか落とすからだ」

 陸の悔やむさまを目にした三景が、ふてくされた表情で言い捨てる。

「おれのせいかよ!? しょうがないじゃん、落っこっちゃったんだから!」

 不毛なやりとりの後、二人はどちらからともなく、やるせないため息をついた。

(えっと、何だっけ……)

 今しがたの出来事についてはもはや振り返るまいと、陸は全力で頭の切り替えに努めた。だが、心は乱れ、さっきまで自分が何を考えていたのか、すっかり忘れてしまった。三景には、聞きたいことが色々あったはずなのだ。

 そして、脳味噌をしぼった結果、

「そういや、あの蜘蛛――一体どうなったんだ? 消えたのか?」

 ようやく浮かんだ考えを、陸はそのまま口にした。

 『領域』での戦いにおいて、三景をかばった陸は、巨大な蜘蛛の脚に腹を刺された。陸は大量の出血でもうろうとしながらも、過去の自分と向き合った。そして、意識を失う直前に、蜘蛛がその身から蒸気を発し、縮んでいくのを見たような気がしたのだった。

 陸の問いに、三景は真顔に戻ると、首をゆっくり横に振った。

「あの蜘蛛は消えたわけじゃねえ。でも、お前に関する昇華が済んで、すっかり小さくなった。今じゃ、手のひら位の大きさになってる」

「あいつ、まだいるの!?」

 昇華が終われば、『影』は消えるものと思っていた。だが、それを知ったとたん、銀色の蜘蛛がどこかに潜んでいるのではないかという気がして、陸は薄気味悪そうに室内を見回した。

「ここにはいねえ。たぶん、あいつは……お前の前の宿主のところへ戻った」

 三景はやや声音を落とし、目を伏せてそう言った。

「おれの前の宿主?」

 おうむ返しに呟く陸。

(それって……)

 陸の中で、ある記憶が甦っていた。

『蜘蛛が巣を張るから、取らないと……』

 入学式の帰りに、この社宅で出会った一人の女性。どこか張りつめた印象の彼女は、そう言いながら、さ迷うように一階のベランダ付近を掃除していた。

『子ども亡くしてから、部屋にクモが出るとか言い始めて』

 続けて、彼女に対する、母の噂話を思い出した。

「もしかして、岡湊斗って奴のお母さんのことか……?」

 三景はそれを聞くなり、顔を硬くこわばらせた。その瞳の漆黒はますます濃くなって、光を閉め出してしまったようにさえ見える。

 ――何か、いけないことにふれてしまったのだろうか。

 三景のただならぬ表情に、陸は一瞬、そんなことを思った。

 けれど、それは束の間のことであった。三景はおもむろに視線を上げると、

「……ああ、そうだ」

 感情の読めない表情を浮かべ、短く答えた。



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