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The Blood in Myself   作者: すがるん
第1部 茜の時
30/75

30 三景⑤

「腹を刺された後――蜘蛛の眼に、去年のおれが映ってたんだ」

 理由のわからぬ切なさを押し隠すように、陸は語り始めた。

「おれは親が転勤族で、小学生の頃は転校ばっかだった。でも、中学は同じ所に行けて、気の合う友達もできた。だから高校もそこで通えたらと思って、志望校も何となく考えたりしてたんだ。けど、中3の夏にお父さんの転勤話が出て、春に引っ越すことになった」

 病室のベッドに、二人で入るのは少し狭かった。だが、ぽつぽつと語る陸の傍らで、三景は黙ってその言葉に耳を傾けている。

「残念だったけど、転勤は今に始まったことじゃないし、割と納得もしてた。でも、お父さんに、もし行きたい高校があるなら、単身赴任してもいいって言われて……おれは、逆に戸惑った」

 そこまで言うと、陸は俯いて黙りこんだ。続きを口にするのをためらう気持ちがあったが、意を決して話し始めた。

「いざとなると、自分でものを決めるのが怖くなったんだ。今まで人に決められた場所で、決められた間だけ暮らすっていうのに慣れて、それが当たり前になってた。考えてみれば、志望校も学校自体がいいっていうより、仲のいい友達が行きたいって言ったのに影響された感じで。おれって本当に自分がなくて、情けないだろ?」

 ――陸、自分が本当に思ってること、ちゃんと言った方がいい。

 一気に喋っているうちに、陸の胸の奥から、ある言葉が浮かんできた。

(近藤……)

 中学でいつも目にしていた、自信に満ちた友のまなざし。陸はそれを思い出すと、苦々しく顔を歪めた。

「おれは結局、志望校のことも親に言えなかったし、転校のことも周りになかなか言えなかった。挙げ句、友達からは、おれのそういう……自分でちゃんと考えないところを指摘されて。おれは何も言えなくて、気まずいまま、中学生活が終わっちゃった」

「情けなくはねえだろ」

 上体だけを起こしていた三景が、窮屈そうに片膝を立て、不意にそう言った。

「大事なことほど決めるのが怖いってのは、理解できる。自分が決めた以上、後で間違えたと思っても、自分で結果を引き受けなきゃならねえからだ」

 意外な言葉に、陸は改めて三景を見つめた。てっきり、情けないと一喝されるだろうと予想していたのに。

「けど、普通に暮らしてたって、何かを選ぶ機会はこの先いくらでもある。ちっせえ事もでかい事もな。現に、今もそうだろ。その時にお前が自分で考えて、納得できる選択をすればいい。もしうまくいかなくても、また次がある。そのまた次もだ。それに、もしかしたら、間違いなんて結果は、そもそもないのかもしれねえ」

 三景の声は淡々としていて、愛想のかけらもない表情のままだった。しかし、その言葉は、確かに陸を慰めた。

「山那。お前ってさ……いつもつんけんしてるくせに、時々ちょっとだけ優しいよな……」

 背中にかけられた白いパーカーの温もりを感じながら、陸はかすかに微笑んで呟いた。

「――や……優しくした覚えはねえよ」

 三景はやや声を上ずらせ、ぷいと視線を外す。彼にしては、珍しい仕草だった。

「だから、おれはやっぱり、お前を人に突き出すなんてできない」

 陸は静かだが、はっきりとした口調でそう言った。

「……」

 狼狽していた三景が真顔になって、再び陸を見る。瞳の中の闇がいっそう濃くなったようだった。

 陸は溜めていた息を吐くと、観念した表情で話を続けた。

「お前はさっきおれのことを色々言ってたけど、おれにも言い分はある。お前はいっつも睨んでくるし、やなことをずけずけ言ってくるのもそっちだろって話だし」

 陸はそう言いながら、自分のすぐ側に三景がいるのだと実感していた。初めて会った時は社宅の二階と地上という距離があった自分たちだが、今や、お互いの体がふれるほど近くにいる。

「それでも……おれは最初に会った日から、ずっとお前のことが忘れられなくて、いつも気になってた。だから今、やっとこうして話せるようになって、おれは嬉しいんだ。お前の力とか、贄のことをひっくるめても、おれはお前といたいと思ってる……」

 自分が今感じていることを言った方がいいという近藤の言葉。陸はようやく、その意味がわかった気がした。

 陸の最後の一言を聞いて、三景の精悍な顔に驚きが走った。そして、その眉根が切なげに寄せられる。

「篠田――」

 三景は絞り出すようにそう口走ると、次の瞬間、横から陸を抱きしめた。陸の肩を引き寄せ、その体を力強くかき抱いた。

「……っ!?」

 一方、陸は何が起きたのか認識できないまま、三景の体温をすぐ間近に感じて、目を白黒させる。しかし、三景は構わず陸の頭に手を伸ばしたかと思うと、

「……すまねえ……」

 耳元で低く、そう囁いた。陸は耳朶を打つ苦しげな声音に、思わず唇を噛みしめ、

「謝るなよ、ばか……」

 どこか泣きそうな口調で答えると、力を抜いて三景の胸に身を預けた。




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