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The Blood in Myself   作者: すがるん
第1部 茜の時
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27 三景②

「あ、あんた……」

 陸は一羽を見るなり、驚いたまま表情が固まった。

 しかし、一羽はあくまで落ち着いた態度で、

「篠田くん、まだ微熱があるそうね。でも、とりあえず意識が戻って良かった」

 そう言うと、一羽は傍らに立つ看護師に視線を投げる。すると、看護師は心得たように頭を下げ、病室をあとにした。

「……」

 陸はベッドから上体を起こし、穴があくほど一羽を見つめた。

(夢じゃなかったんだ……)

 十字路で転倒した直後、『領域』に引きずりこまれたこと。そして三景や一羽と共に、銀の蜘蛛や岡湊斗の姿をした『影』と対峙したこと。

 一方、一羽は再び陸に向き直ると、

「篠田くん、改めて自己紹介させてもらうわ。私は山那一羽。弟が学校でお世話になっているわね」

 まるで教師か保護者が挨拶でもするように、そう告げた。

 一羽の言葉は陸にちゃんと届いていたが、その意味を呑み込むのに、しばし時間を要した。

(――山那?)

 それは陸にとって馴染みのある名字だが、これまで自分の周りでそう名乗る人物は一人しかいなかった。しかも、

「『弟が』って……え? ま、まさか……」

 陸は何度も瞬きを繰り返しながら、おずおずと一羽を指さした。

 その様子が滑稽だったのか、一羽は初めてかすかに笑みを浮かべた。そして陸の予想を察したように頷くと、

「ええ。三景は、私の弟よ」

 きっぱりと言った。

「山那のお姉さん、だったんですか……」

 呆気にとられて呟く陸。しかしよく見れば――三景ほど鮮烈な印象をもたらしはしなかったが――さらりとまっすぐな黒髪や凛とした面立ち、そしてどこか謎めいて近寄りがたい雰囲気など、一羽と三景は確かに似ていると言えた。

「……じゃあ、山那はどこですか? あいつは無事なんですか?」

 一羽の告白に気をとられた陸だったが、すぐ我に返り、そう問うた。巨大な蜘蛛や『影』がどうなったのか、自分は何故ここにいるのか、訊ねたいことは山積みだ。けれど、陸はそれらの何よりも、三景のことを聞かずにいられなかった。

「三景は大丈夫。ただ……」

 言いかけた一羽の表情が曇る。

「ただ?」

 急いた様子で、話の続きを促す陸に、

「あなたとあの子を引き合わせるには問題があるの。今の三景は、あなたにとって安全とは言えないから」

 一羽は深いため息をついて、そう答えた。

「安全……?」

 陸は不安げに眉をひそめた。役目とはいえ、傷を負ってまで自分に力を貸してくれた三景が、なぜ安全ではないのか。

「篠田くん。『領域』にいた時、贄という単語を聞いたわよね」

(贄……)

 陸は霧の中を探るように、記憶の糸をたどる。すると、三景の言葉が胸に甦った。

『俺たちの一族は、昔からこうして生きてきた。血をもらう人間――贄を見つけて、そいつの血を飲むことで、役目を果たすための力を得る』

「あなたも見たとおり、私たちには『攻撃』や『転送』のように、『影』に対抗する特殊能力がある。それらは私たち一族に代々受け継がれてきたものだけど、ある特性も含まれているの。それが――能力を使って消耗した体の回復のために、人の血を要すること」

 一羽は少し俯きがちに語った。

「山那から聞きました。血をあげる人のことを、贄って呼んでるんですよね」

 ぽつりと呟いたつもりの陸の声が、二人きりの病室で、思いのほか大きく響いた。

「そう。そして三景は、あなたを贄に選んだ。今さらこんな話をして申し訳ないけど、もしそれを知っていれば、三景にはあなたの件を担当させなかった。あの子自身は、欲求を抑えきれると考えていたようだけど……危険をはらんだ状況に、あなたを置いてしまっていた」

 後悔をにじませて謝罪する一羽に、陸は思いきって問うた。

「危険っていうのは……山那がおれを、贄ってやつにするかも知れないからですか?」

 それに対し、一羽はこっくりと頷いた。

「今はとても中途半端で、不安定な状態なの。三景にも、あなたにとっても」

 悩ましく表情を歪め、一羽が言う。

「『領域』で蜘蛛に刺されたあなたは、重傷を負っていた。出血がひどくて、あのままだと命を落とす可能性が高かったの。そこで、三景はあなたを助けるために、自分の血をあなたに分け与えた」

 その説明に、陸はもう一度、腹を刺されたに等しい衝撃を受けた。

(自分の、血を――?)

「私たち一族の血は、普通の人たちより強い回復力を有している。特に、『影』から受けた傷に対しては。だから今回、あなたを助けることができたけど、あなたの体内に私たちと同じ血が入ってしまった。今ある微熱は、その刺激による反応と言っていいわ」

「……そんな……」

 陸は驚愕のあまり、やっとの思いで言葉を絞り出した。

「……おれ、どうなるんですか?」

 しかし一羽は首を横に振り、それまでより穏やかな口調で答えた。

「大丈夫。症状はあくまで一過性のものだから、明日には熱も下がるでしょう」

 その台詞に、陸が少し安心したのも束の間、

「でも、あなたはもう三景に会わない方がいい――今後、平穏な生活を送りたいのなら」

 うってかわって厳しい表情で、一羽はそう言い渡した。

「……」

 陸はいつしか、両手で布団のカバーを握りしめていた。同時に強く感じる、喉の渇き。

「今のあの子は、ひどく血を欲しているわ。蜘蛛との戦いで能力を使ったことと、あなたに血を与えたことで、いつもより消耗が激しかったの。自力で回復に努めてはいるけど、本能では、あなたの血を求めているはず。だから篠田くん、贄になる覚悟がない限り、会わないのがお互いのためなのよ」

 最後通告にも似た一羽の言葉。しかし、陸はそれに何も返せなかった。目線を落とした先に広がる、布団カバーの淡い小花模様をただじっと眺めていた。

 





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