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The Blood in Myself   作者: すがるん
第1部 茜の時
16/75

16 陸①

 教室の窓から、熱を帯びた西日が射しこんでくる。外を見ると、茜色の空に入道雲がもくもくと浮かんでいた。

『近藤は、どの高校受けるの?』

 担任との二者面談は、名前の順で行われていた。順番を待つ間、がらんとした教室に残っていたのは、自分たち二人だけだった。

『……やっぱり、松葉が丘?』

『もちろん。一年の時から言ってたじゃん』

 迷いのない答えに、なぜか正体のわからない気後れを感じた。逃げ場を求めるように視線をさ迷わせたが、他にやりようもなく、机を眺めた。

『お前は? 陸』

 相手に質問したのだから、次は自分が聞かれることなど明白だった。しかし、

『おれは……』

 言いかけたところで、校内放送が響き渡る。教師たちに会議の始まりを告げる音声の後、再び静寂が戻った。

 その沈黙に背中を押されるように、思いきって口を開いた。

『……お父さんが、来年また転勤になりそうなんだって。だから、どこに行くかわかったら、そっちの高校探して、受けると思う……』



『陸、自分が本当に思ってること、ちゃんと言った方がいい。自分は今、こう考えてる、感じてるんだって。それで絶対うまくいくとは限らなくても、誰かにわかってほしいとかじゃなくてもさ。自分のために、言った方がいいよ』




 瞼を閉じたままでも、眩しい光に照らされているのがわかった。

「……う……ん……」

 陸は呻きながら、ゆっくりと目を開けた。

 すると、眼前には色あせた畳があった。どうやら、自分は畳の上でうつ伏せになっているらしい。

(――畳?)

 陸のぼんやりした意識が、徐々にはっきりしてきた。

 自分は学校帰りで、住宅街を自転車で走っていたはずだった。

(そうだ。おれ、またあの場所に行って……)

 以前にも迷いこんだ、花壇のある十字路。そこに供えられたジュースの缶に気をとられた自分は、左右を確認せず道へ飛び出した。そこに、車が――。

「!」

 陸はそこまで思い出すと、ガバッと上体を起こした。だがその途端に、体のあちこちが痛む。

「……っ……」

 格好は制服のままだが、鞄はなく、自転車もどうなったかわからない。体から血は出ていないものの、腰や膝の辺りを打ちつけてしまったらしい。顔をしかめる陸だったが、間もなく奇妙な状況に気づいた。

(……ここ、どこだ……?)

 陸がいたのは、見知らぬ和室だった。

 陸はおずおずと頭を動かし、辺りを見回した。広さは六畳もない。背後に唯一の窓があるほかは、勉強机と押入れがあるだけの質素な部屋だった。

 窓の両脇には、薄緑のカーテンがタッセルで留められていた。窓は開いているらしく、白いレースのカーテンが、時折わずかに揺れている。

 カーテン越しに西日が射しているのだろうか。薄暗い部屋の中で、その窓が光源のごとく、白く浮かび上がって見えた。しかし窓の向こうから、人の声や物音などはまったく聞こえてこず、時計の針の音さえしない。ここではそれが本来の状態だというように、深く、完全な静けさに包まれていた。

 陸が目線を壁の方へ向けると、窓際に勉強机があった。木製の机と椅子に、三段式のワゴンが付属した一般的なものだ。そして上部の棚には教科書や辞書、問題集などが並んでいる。

「……中、3……?」

 陸の口から、そんな単語がこぼれ出た。

 棚にある教科書類の背表紙には、いずれも『中3』や『3』などの文字が入っている。それらが中学三年生向けの本らしいと、陸にも予想がついた。

「何なんだよ……」

 椅子の上には、黒のスクールバッグが置かれているのも見えた。が、何もかも陸の知らない物ばかりである。

 半ばよろめきながら、陸は窓の反対側に位置する押入れへ目をやった。二枚仕立ての白地の襖があり、襖の下部には紺で数本の竹の絵が描かれている。そしてその左側には、同柄の紙が貼りつけられた引き戸があった。

 あそこから、外へ出られるだろうか。あるいは後ろの窓から。

 そう考えた陸だが、ふと妙な感覚に襲われた。

(……ここって……)

 襖の絵柄を、以前どこかで見た気がする。

 それだけではない。カーテンの色こそ違えど、背後の窓の大きさや位置にも既視感を抱いていた。

 そう。この窓から、自分は外を見て――。

「あ!」

 陸は弾かれるような声を上げた。

(……おれの部屋と、造りが一緒……)

 和室の広さは四畳半。押入れや柱の位置なども、ほぼ陸の部屋と同じに思えた。違うのは置いてある家具だけだ。

「社宅なのか……?」

 陸は一人そう呟きながら、肌が総毛立つのを禁じ得なかった。

 だとすれば、ここは一体、誰の部屋なのか。そして、なぜ自分はこんな所にいるのか。

 そう考えながら、陸はふと視線を上に向ける。その瞬間、陸は目を見開いたまま、身がすくんで硬まった。

 天井に、一匹の蜘蛛が張りついている。だが、それは並の大きさではなかった。四畳半とはいえ、天井いっぱいを占める体躯をもった銀の蜘蛛が、頭上から八つの眼で陸を見下ろしていた。


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