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何がなんだか全く分からないまま、悠と諒、彩の3人と一緒に暮らすようになって1週間が過ぎた。
小さな生活用品は毎日コツコツと買い揃えていたが、足りない分は明日の定休日にまとめて買い込む予定になっている。
「美樹ちゃん、三番さんにフルーツパフェ追加ね」
悠がトレイを片手に、ウインクをこちらによこす。
諒と二人で、この喫茶店『free‐time』を手伝うのだそうだ。
「まぁ・・・ね」
冷蔵庫から生クリームを取り出しながら、美樹は小さくため息をついた。
今は夕方、近くにある女子高の生徒たちが押し寄せ、なかなかの盛況ぶりを見せている。
そりゃあ、悠と諒みたいな背の高いイケメンがいるんだから、この女子高生達が、二人の周りできゃあきゃあ言うのも分かる。
――・・・だが。
「美樹ぃ、風呂の洗剤、どこにあったっけ?」
「あ、彩さんだ!!」
ちょこっと店に顔を出した彩にまでキャーキャー言う女子高生の気持ちだけは、全く分からない。
「モテるなぁ、彩は」
にこにこしながらそんな光景を見つめる悠。
諒はというと、さっきから黙々と食器洗いに専念している。
そんな諒の目の前のカウンターに陣取り、目をハートにキラキラさせている女子高生が何人か。
「・・・ま、いっか」
ここまで来ると、もうツッコミを入れる気にもならない。
店は儲かるんだし、見ていてこっちも楽しいし。
(ん? 楽しい?)
いつの間にか、こんな生活を楽しいと思う自分がいることに、美樹は気づいた。
中川美恵子との出会いで、夢のお店を手に入れたが。
(そっか…)
フルーツパフェを綺麗に盛り付けながら、美樹はくすっと笑う。
たったひとつだけ、叶わなかったもの。
今は、もう。
(わたし、寂しくないんだ…)
そう思い、美樹は目を伏せた。
☆ ☆ ☆
夕方近くなり、お客さんも一段落した頃。
なかなか繋がらない電話の受話器を、美樹は軽いため息とともに置いた。
「中川の婆さん?」
いつのまにか、彩が後ろに立っている。
美樹は頷いた。
「こっちとしては見ず知らずのあなた達と同居するなんて全く聞いてないから、せめて直接中川さんに確認しようと思って」
「あの婆さんも気まぐれだからねぇ…それに、色々と忙しいし」
「でも」
何か言い返そうとしたのだが、彩がぐいっとこっちに顔を近づけた。
「あの婆さんは、美樹をここに住ませたかったんだよ。でも一人じゃ危険だから、あたし達をここに寄越した」
「危険って・・・わたし、今までも一人でちゃんと生活してきたし、こんな田舎で危険なことなんて」
大都会でもない、自然豊かなこの街で、今まで身の危険を感じたことなんて、一度もなかった。
「ま、そのうち分かるよ。『危険』の意味が」
そう言って、彩は軽く手を上げると家の中に入っていった。
「もう・・・何なのよ」
深いため息。
美樹の両親は、高校卒業間近に事故に遭っている。
嵐の日、海岸沿いを走っていてバンドル操作を誤り、車ごと崖下に転落した。
父親の遺体は見つかったのだが、母親は結局見つからなかった。
あれから5年、何とか1人で頑張ってきたつもりなのに。
気が付くと・・・いつも寂しくて。
美樹は、店のカウンターにもたれかかって目を閉じる。
店の奥の住居スペースからは、悠たちの笑い声が絶え間なく聞こえてくる。
あの3人、いつも一緒にいるくせに、どれだけ話題が尽きないのだろう。
ーーでも。
ああいうのも、何だか心地いい。
しばらくは、このままでいようか。
思わず、そんな気持ちになってしまう。
美樹は、少し微笑むと、店の後片付けを始めた。