【3】
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「それって・・・どういうこと?」
たっぷり五秒の沈黙から立ち直り、美樹は何とか悠に聞いた。
この店に入ってきた時と全く変わらずに、穏やかな笑みを浮かべながら悠は答える。
「中川美恵子っていう人、知ってるでしょ?」
・・・知ってるも何も。
あんなに親切にしてもらったお店の管理人の名前を、忘れる訳がない。
頷く美樹に、悠は笑って。
「自己紹介が遅れたけど、俺は中川美恵子の孫で、中川悠。で、こっちが双子の諒」
双子にしては、全然似てない。
二人とも身長は同じ180センチくらいだが、悠はウェーブがかかった黒髪、諒は茶髪のストレート。
顔も、どことなく悠の方が切れ長の目をしていて眼鏡をかけていて、諒は垂れ目。
「似てないんですね」
思わず本音を言った美樹に、悠は苦笑する。
「うん、よく言われる」
いや、今はこの二人が似ているか似ていないかなんて問題ではない。
中川美恵子の孫って言ったのか?
今日からここに住む?
「でも、全然そんなこと聞いてないですよ?」
「もし聞いてたら、この店のオーナーになる話、断ってたでしょ?」
・・・確かに。
こんな見ず知らずの男女と同居が条件だと分かったら、断っていたかも知れない。
こちとら、花も恥じらう嫁入り前なのだ。
それを見越して、中川美恵子は美樹にこんな大事なことを隠していたのか。
でもどうして、わざわざそんなことをするのだろう?
「てことで。よろしく、美樹ちゃん」
当然、この二人は美樹の名前を知っている。
愕然としていると、店の奥から彩が顔を出した。
まだ顔色がすぐれないが、さっきよりは大分しっかり立っていられるようだ。
コーヒーカップを持ったまま、悠は彩に声をかける。
「目が覚めた? 気分は?」
「・・・最悪」
辛そうに頭を押さえる彩。
「もっとちゃんと治せよ、悠」
大分男勝りな口調だが、ショートカットで細身の彩が言うと、何の違和感もない。
そんな彩を、悠は心底、心外だというように見返して。
「当然、完璧に癒したよ。そもそも、お前がドジ踏まなきゃこんなことにはならなかったんだよ?」
「あーはいはい、分かりましたよ」
ぶっきらぼうに言う彩。
「俺たちは終わったぞ、自己紹介」
そこへ、諒が口をはさむ。
「そう? あたしは野水彩。よろしく、美樹」
こっちは呼び捨てか。
まさか、本当に本気でここに住むつもりなのか。
しかし、この流れから察するに、もうこの3人は少なくとも今日はここから出ていく気はないようだ。
「彩さんは中川さんの身内じゃないんですか?」
彩だけ、苗字が違う。
と言っても、この3人が兄妹だと言われたところで見た目には共通点はまるでないのだが・・・見ていると何だか、とても親しい関係のように思えた。
そんな美樹の素朴な疑問に、彩は思いっきり嫌そうな表情を浮かべ。
「勘弁してよ。あたしは、こいつら一族とは一切血縁関係はないよ」
どうしてあんなに嫌そうな顔をするのか、全く分からなかったが、彩はカウンターに身を乗り出して、上目遣いにこっちを見る。
「ねぇ美樹、お願い」
「なんですか?」
「あのコーヒー、もう一杯、飲みたいな」
そう言うことなら、何の支障もない。
美樹は、改めて・・・というか、半ば諦めて、人数分のコーヒーを入れ始めた。