【2】
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サイフォンがコポコポと音を鳴らす。コーヒーがいい香りを立て始めても、海の方で時折閃光が走る。
彼女は黙ったままそれを、じっと見つめていた。
「・・・どうぞ」
美樹は彼女の目の前にコーヒーカップを置いた。
成り行きとはいえ、こんな状態では彼女が風邪を引いてしまうかも知れない。
それにどこか、心ここにあらずという感じなので、コーヒーでも飲んで落ち着いてくれれば。
「あ、ありがとう」
そこで彼女は初めてこっちを向いて、お礼を言って笑った。
もしかして、そんなに変な人ではないのかも知れない。
つられて、美樹も笑顔を返す。
そしてまた、一際強い閃光が辺りを包んだ。
「やっぱヤバいかなぁ・・・行かなきゃ」
コーヒーを一口飲んだだけで、彼女はそう呟いて立ち上がろうとした。
だが、その足元は覚束ない。
美樹はフラつく彼女に、慌てて手を伸ばす。
「具合悪そうなのにどこ行くんですか・・・って、すごい熱!」
思わず支えたその体は、服の上からでも分かるほど熱かった。
半ば強制的に椅子に座らせて、美樹は救急車を呼ぼうとカウンターの隅に置いてある電話に手をかける。
だがその時、おもむろに店のドアが開いた。
「今晩はー・・・」
この状況にそぐわない、おっとりとした口調だった。
入ってきたのは、背の高い男二人組。
「もしかして、救急車?」
1人にそう聞かれたので、美樹は受話器を持ち上げたその体勢のまま、うんうんと頷いた。
そうしているうちに、もう一人がテーブルに突っ伏している彼女を抱き起こしている。
意識がないのか、ぐったりとして動かない。
それを見て、美樹は慌てて受話器を持ち直すが、いつの間にか隣に立っていたさっきの男がさりげなく美樹の手を取り、受話器を置いた。
「大丈夫。少し横になれるスペースを貸してもらえれば、大事にはならないよ」
穏やかな口調だった。
「おい、悠。早くしろ」
後ろでもう一人が言う。
どこか切羽詰まった雰囲気。
「分かりました。良かったら店の奥の部屋、使ってください」
喫茶店の奥にある住居スペースは、やたらと部屋の数が多い。
一人暮らしには少し広すぎるくらいだった。
言い終わるか終わらないかの時に、もう一人が彼女を抱えて家の中に入っていく。
まるで自分の家みたいに不躾な感じがして、あまり面白くなかったが。
「申し訳ないけど、ここで待ってて貰えるかな?」
悠と呼ばれた男は相変わらずにこやかにそう言って、店の奥に消えた。
すぐにもう一人が戻ってきて、店のカウンターに座る。
悠とは違って、やたらと無口で無愛想な男だった。
仕方がないので、美樹はさっき入れたコーヒーを男の目の前に差し出す。
「ありがとな」
短く礼を言ってコーヒーを一口飲み、彼は少し驚いたような表情を浮かべ。
「旨いな」
「そう? 良かった・・・あの」
「諒、だ」
「諒、さん」
無愛想なこの男は、諒という名前か。
会話はそれだけで、あとはひたすら無言。
諒がコーヒーを半分ほど飲み終えたが、物音は殆どなく、家の中の様子がまるで分からない。
ここで待っていろ、と言われたが。
「あの・・・諒、さん?」
耐えきれず、美樹は口を開く。
諒が顔を上げた。
「彼女、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ。悠が『癒し』てる」
微妙な言い回し。
「悠さんって、お医者さんなの?」
至極真面目に聞いたつもりなのだが、途端に、諒は笑いだした。
「そうだな、癒すって事に関しては、あいつは誰よりも優秀な医者だ」
そう言ってなお、クスクス笑う諒。
そこへ、悠が戻ってきた。
「何だか盛り上がってるね」
――・・・何にも盛り上がってないのだが。
優秀な医者だという悠は、少しだけ天然要素も含まれているのだろうか。
「彩は?」
諒が聞いた。
「大丈夫。今は眠ってるよ」
少しは症状が落ち着いたということなのだろうか。
「ありがとな。優秀なお医者さん」
「何だそれ?」
キョトンとする悠に、笑いを必死に堪えている諒。
どうやら確実に、この3人は知り合いみたいなのだが。
どうも展開が急すぎて、美樹には何が何だかさっぱり分からない。
・・・そりゃあ、少し静かすぎて、話し相手でも欲しいなとは思っていたが。
悠も、当たり前のようにカウンターに座るから、成り行きでこっちにもコーヒーを入れたりしている自分がいたりもする。
外はすっかり暗くなり、雨は上がったようだが、風はまだ収まってはいなかった。
悠も諒も、カウンターで何故かまったりと寛いでいる。
美樹は、ふと思う。
彼女(彩、と言ったか)は、落ち着いたとはいえ、すぐには動けるような状態ではないはず。
この3人、今日これからどうするつもりなんだろう?
「あの・・・」
美樹は、思いきって聞いてみた。
「あなた達、これからどうするんですか? 彩さん・・・あの様子じゃ、すぐには動ける状態じゃないでしょ?」
すると、悠と諒は不思議そうに美樹を見つめ、それからお互いに顔を見合わせた。
ーー何だか、凄く嫌な予感がする。
「聞いてないの?」
「何を・・・です?」
まさか。
「俺たち、今日からここに住むことになってるんだけど」
――・・・開いた口がふさがらない。