江戸田真里菜の推理
夕食が終わると、夏鈴たちは再び佳恵の部屋でボードゲームを始めた。外は薄暗くなり、街灯がつき始めている。
「それにしても、カリンの食べっぷりはすごかったな。まさかあんなに食べるなんて」
美藍はあっはっはと笑いながら言った。
「いやぁ、だって真里菜のカレー、とっても美味しかったから」
夏鈴が真里菜の方を見ながら言うと、真里菜は腕を組んで得意げに語りだす。
「えっへへー、私のカレーはどんな人の胃袋でもつかんで離さないのだー!」
「野菜切って市販のルウを溶かしただけだけどね」
「ちょ、佳恵、それを言っちゃ夢が無いでしょ!」
「いや、だって事実だし……」
あたふたした真里菜を見て、夏鈴と美藍が笑い出す。
「しかし、まさか五杯もおかわりするなんて思わなかったよ。見かけによらず結構食べるんだね」
「美藍だって、たくさん食べてたでしょ?」
「俺は三杯だ」
「三杯でも、結構大盛りだった気が……」
「いや、だってほら、俺、運動してるから、いっぱい食べないといけないんだよ」
「うーん、確かに……」
夏鈴は美藍の身体をじっと見つめる。運動部らしく、引き締まった体が目を引く。
「あれだけ食べても、そんなに太ってないよね」
「でも、美藍は出るところは出ているのだー!」
突然、真里菜が美藍にとびかかり、後ろから胸をわしづかみにする。美藍は驚いてボードを蹴飛ばしてしまった。
「うわっ、マリナ、突然何をするんだ!」
「ふーむ、引き締まった体とは裏腹のこの弾力、これもバスケで鍛えられたものですかなぁ」
「こら、いい加減にしろ!」
美藍がコツン、と真里菜の頭を小突く。
「いたっ! もー、ぼーりょくはんたい!」
「お前が変なことをするからだろう、まったく……ってか、これどうすんのさ?」
ひっくりかえってしまったボードゲームをもとに戻すも、駒がどこに置いてあったか分からなくなってしまった。
「うーん、全然わかんなくなっちゃったから、最初からやる?」
「あーあ、私トップだったのに……仕方ないか」
結局ボードゲームは勝負が付かないまま、片付けられることになった。
「あ、そうだ、すっかり忘れてたけど、例のメール……」
佳恵と夏鈴が片付けている傍ら、美藍がスマホのメール画面を出す。
「これこれ。カリンたちが言ってたのって、これじゃないか?」
「えっと……そうそう、これだよ」
美藍が差し出したスマホの画面には、「折原美藍様、48時間以内にお迎えに上がります」と書かれている。
「同じだ。送り先……」
美藍に来たメールも、やはり送り主は「banishmail」だ。
「ふぅん、これがこの前言ってた、学校の七不思議のひとつってやつ?」
美藍はスマホをポケットにしまいながら言った。
「うん。このメールが来ると、四十八時間以内に行方不明になって、後でミイラになって発見されるんだって」
「ミイラかぁ。さすがにそれは嫌だなぁ」
「だから、みんなで美藍を見張って、行方不明にならないようにしようっていうわけなの」
「にわかに信じがたい話だけどなぁ。それで、ユウアもリオもいなくなったってこと?」
「まだわからないけどね」
夏鈴は首を振りながらそう言うが、佳恵は話を聞いて落ち着かない様子だ。
「でも、おかしくない? 優愛ちゃんも莉緒ちゃんも、同じメールが来た後にどこに行ったか分からなくなるって。これって、偶然なの?」
「うーん、でも中上さんは二日ほど見てないし、もしかしてもしかして、これは本当に大事件かもしれない!?」
「本当に事件なら、警察に言う必要があるが、今の状態ではなぁ……」
「そうだねぇ、中上さんのメールも、莉緒のメールも見せられないし、本当に行方不明である証拠もないからねぇ。こういう時こそ、名探偵マリナちゃんの出番かな?」
「茶化すな、ったく……」
そう言って、美藍は佳恵のベッドに腰掛けて倒れ込む。ふと、美藍は何か思いついたように「あっ」と声をあげて起き上った。
「そういえば、このメールが送られてきた人って、何か共通点があるのかな?」
「共通点?」
夏鈴が尋ねると、美藍は「うん」と首を縦に振る。
「テレビとかでよくあるじゃん。こういうのは、何か決まった人に送られるっていうの」
「ほほう、共通点かぁ。なかなかおもしろそうだねぇ! 今こそ、名探偵マリナちゃんの……」
部屋にゴツン、という音が響き渡る。
「いったーい! もう、美藍、暴力反対!」
「まあまあ、美藍ちゃん、真里菜ちゃんって、こういう時に意外と鋭かったりするんだよ」
頭を押さえる真里菜をなでながら、佳恵がフォローする。
「へぇ、マリナって、そんなに頭よかったっけ?」
「成績は中の下だけど、クイズとかなぞなぞとかは得意なんだ」
「クイズ、ねぇ……」
美藍は少し疑っているようだが、とうの真里菜はやる気満々だ。
「さーて、早速この謎を解くために状況を整理しちゃいましょう! 佳恵、紙と書くもの!」
「はいはい、ここにあるよ」
佳恵は机からメモ帳とボールペンを取りだすと、真里菜に手渡した。
「えっと、最初にメールを貰ったのは中上さんだったよね」
真里菜はメモ帳に「中上優愛」と綺麗な字で書きこむ。
「それから、莉緒にメールが来て、いなくなっちゃった」
さらにその下に、「相野口莉緒」と書きこむ。
「で、今は美藍だから……」
莉緒の名前の下に、さらに「折原美藍」と書きこんだ。
「うーん、こうしてみても、女子高生だとか、同じクラスだとかくらいしか共通点がみつかんないなぁ。部活も髪型も、身長も胸の大きさもばらっばらだし」
「胸の大きさ……って、関係あるのかなぁ?」
夏鈴が突っ込むと、真里菜はボールペンを夏鈴にビュッと向け指した。
「わっかんないよ? もしかしたら巨乳好きの犯行かもしれないし、あるいはロリコンの仕業かも……」
「ロリコンだったら、女子高生っていうのは微妙な気が……」
「……それもそっか」
ボールペンを下すと、真里菜は「ふーむ」と考え込んだ。
「あと思いつくのは名前かな。メールの送り主の狙いがイマイチ分からないけど、もしかしたら特定の文字が含まれている人を対象にしてるかも」
美藍が言うと、真里菜は「それだっ!」と、今度は美藍にボールペンを向けた。
「……でも、名前の共通点? 全員『あ』が入ってるとか?」
「漢字で『あい』と読める字が全員入ってるけど、関係あるのかな?」
「漢字? ひらがな? う~ん、わっかんないなぁ」
全員でいろいろ案を出すが、これといった共通点は見つからない。
「うーん、例えば、文字だけじゃなくて、声に出して読んでみるのはどうかな?」
メモ帳とにらめっこをしている三人に、夏鈴が提案する。
「声に?」
「うん、音に何か共通点があるのかも」
「音かぁ」
早速真里菜が、名前を読み上げてみる。
「なかがみゆうあ……なかがみ……うーん、特に思いつかないなぁ」
ひらがなでも書いてみるが、うーんとうなったまま考え込んでしまっている。
「わかんない。次、あいのぐちりお……あいのぐち……あい……あいやー、わかんなーい!」
「マリナ、ふざけるなら蹴るぞ?」
美藍が蹴りの構えを取ると、真里菜は「ひぃっ」と両手で防御態勢を取った。
「うーん、順番が関係あるのかなぁ? なかがみ、ゆうあ……あいのぐち……あっ、もしかして!」
「え、夏鈴ちゃん、わかったの?」
「うん、多分」
夏鈴がそう言うと、三人は夏鈴の方へ耳を傾けた。




