二通目のメール
次の日も、夏鈴は相変わらず学校の図書室で勉強を続けている。
ようやくワークブックが一冊終わり、次のワークブックに取り掛かった。
「それにしても多い……」
ため息をつくと、下がりかけた眼鏡をクイッと持ち上げ、続きを始める。次は国語のワークブックだ。
時刻は既に昼の十二時前。昼食を摂るために、図書室にいた生徒は次々と出ていった。
「もう少ししたら、お昼にしようかな……」
そう思いながら、黙々と宿題を続ける。
しばらくすると、カバンの中からスマホのバイブ音が聞こえた。見ると、相野口莉緒からLINEが入っていた。
『江戸峰さん、中上さんを知りませんか? 朝から連絡が取れないのですが……』
夏鈴には心当たりがない。何しろ、昨日別れてから、ずっと会っていないのだ。
『知らないけど……どうしたの?』
『今日も一緒に遊びに行こうと、誘いのLINEをしたのですが、既読がなかなか付かなかったんです。メールでも返信来ないし、電話にも出ないから、どうしたのかなと思いまして』
電話にも出ないということは、何かあったのだろうか。さまざまな可能性を考えながら、夏鈴は返信する。
『ゲーセンで夢中になっているんじゃないかな。ほら、中上さんって、よくゲーセン行くから』
『そうでしょうか……とりあえず、商店街に行ってみます。もしよろしければ、伊勢原さんも来てください』
『わかった、もう少ししたら行くね』
ただゲームセンターで夢中になっていて、電話に気が付かないだけなら問題ない。しかし、夏鈴は嫌な予感がした。
「昨日のメール……私も商店街に行ってみよう」
夏鈴はすぐに宿題を切り上げ、片付けて家に帰った。
簡単に昼食を済ませると、夏鈴は商店街に向かった。
まずはゲームセンターに向かう。昨日よりはかなり人が減っているが、まだまだ学生が多いようだ。
優愛がいつもやっているゲームの所に向かう。しかし、他のプレイヤーがいるだけで、優愛どころか女性の姿も見当たらない。
「ゲームやってるんじゃないのかな……」
あれから、莉緒からの連絡もない。とりあえずゲームセンターの中をくまなく探してみることにした。すると、周りをきょろきょろしている、白いワンピースを着た少女を見つけた。
「莉緒、どう?」
その少女、莉緒に声を掛けると「あ、江戸峰さん」と声を掛けて手を振り返す。
「さっきから探してはいるのですが、中上さん、どこにもいらっしゃらなくて……」
うーん、と考えながら、莉緒は優愛に電話を掛けてみる。しかし、相変わらず留守番電話サービスにつながるだけである。
「とりあえず、メッセージ残しておいたら?」
「あ、そうだね。何かあったら電話返ってくるだろうし」
そう言うと、莉緒は再度電話をかけ、留守番電話サービスにメッセージを残した。
「相野口です。中上さん、今日も一緒に遊びに行こうと思ったのですが、どうかしましたか? もしメッセージを聞いていたら、電話お願いします……これでいいでしょうか?」
「うん、そうだね。ひとまずそれで様子をみようか」
「はい……あ、江戸峰さん、せっかくだから、どこかで食事しませんか?」
莉緒が夏鈴を誘うが、夏鈴は「うーん」と考えた後、
「ご、ごめん、さっき食べたばかりだからあまりお腹減ってないの」
と返した。
「そうですか……私はもう少し中上さんを探してみますが、江戸峰さんはどうなさいますか?」
「うーん……私、もう少し宿題やりたいから、また学校の図書室に戻るよ」
「わかりました、ではまた明日でも遊びに行きましょうね」
「うん、じゃあ、また明日」
そう言うと、夏鈴は手を振って学校に向かった。
午後の図書室に入ると、生徒が見当たらなかった。そのためか、クーラーが切られていた。
夏鈴が入ったのを見ると、司書の先生がすぐにクーラーを入れてくれた。噴き出し口から流れる風が、夏鈴の髪をなでる。
「図書室も、クーラー入ってないと結構暑いのね……」
そうつぶやきながら、いつも通りワークブックを開く。国語のワークブックは、まだ数ページしか進んでいない。
時々背伸びをしながら、黙々と宿題を進める。一時間後の午後二時半頃になると、徐々に生徒たちが増え始めた。先ほど見かけた生徒もいることから、昼食から戻ってきたところらしい。
机が生徒でいっぱいになってきた頃、カバンの中でスマホのバイブ音が鳴った。今度は佳恵からのLINEだった。
『優愛ちゃん、どうしたのかな。電話に出ないんだけど……夏鈴ちゃん、知らない?』
莉緒と同じく、どうやら佳恵も優愛を探しているらしい。
『さっき、莉緒と一緒に探しに行ったんだけど、どこにもいなかったの』
『え? どこにもって、ゲーセンにも?』
『うん。莉緒も、電話に出ないって言ってたし、大丈夫かな』
莉緒も佳恵も連絡が取れない。やはり、優愛の身に何かあったのだろうか。そう思っていると、佳恵からの返信が来た。
『一度、家に行ってみるよ』
家にいるなら、連絡があるはずだが、もしかすると単に連絡していないだけかもしれない。それに、夏鈴は優愛の家に行ったことがなかったため、少し行ってみたいと思った。
『じゃあ、私も一緒に行くよ。莉緒も誘ってみる』
『うん、お願い』
夏鈴はスマホをしまうと、勉強道具を片付けて図書室から出た。
暑い日差しが照らす中、夏鈴は待ち合わせ場所の公園に向かった。
途中、LINEで莉緒にも連絡を取る。すると、すぐに公園に向かうよう連絡があった。
学校から歩いて十分ほどの公園に向かうと、既に佳恵が公園の入り口で待っていた。
「あ、夏鈴ちゃん、さっきまで優愛ちゃんに電話してたんだけど、ずっと留守番電話で……」
「うん、私もやってみたけど、やっぱりダメみたい」
「どうしたのかな。無事ならいいんだけど」
「やっぱり、昨日のメール……」
「え?」
夏鈴は思わず口走ったが、「ううん、何でもない」と首を振った。
しばらくして、莉緒が息を切らせてやってきた。服装は変わらないものの、汗だくでせっかくのワンピースがびっしょり濡れている。
「はぁ、はぁ……お、お待たせしました。中上さん、やっぱりどこにもいらっしゃらないようです?」
「そっか……とりあえず、家の人に聞いてみようと思って。電話番号は分からないけれど、佳恵が家を知っているから」
佳恵の話によると、優愛の家は学校からさほど離れていないらしく、歩いて行ける距離とのことだ。途中でジュースを買い、三人は優愛の家に向かった。
優愛の家は住宅街にある二階建ての一軒家だった。真っ白な外壁が、なんとなく高級そうな感じを醸し出している。
「なんだか、お嬢様の家っていう感じですねぇ」
「中上さん、あんまりそんな感じしないけどね」
「え、江戸峰さん、そんなこと言ってはダメですよ! 中上さんに失礼です!」
「あ、ご、ごめん」
そんなことを言っている間に、佳恵は優愛の家の周辺を見回す。
「……車が無いみたいだけど、親もいないのかな?」
「とりあえず、呼び鈴鳴らしてみようよ」
そう言うと、夏鈴は「中上」と書かれた表札の近くにある呼び鈴を押す。ピンポーン、と家の中から、呼び鈴の音が聞こえた。
しかし、しばらくしても、誰も出てこない。佳恵がドアを開けようとしたが、鍵が掛かっている。
「……誰もいないのかな。昼間だし、仕事に出ているのかも」
「あ、そう言えば優愛ちゃんの両親、共働きだって言ってた。夜になったら帰ってくるかな」
「そうだね、とりあえず夜まで待ってみようか……」
夏鈴が言いかけた時、誰かのスマホの着信音が聞こえた。
「あ、私……」
莉緒がポケットからスマホを取りだすと、操作を始める。
「メールでした……え、このメールって……」
内容を見て、莉緒の操作する手が止まる。
「どうしたの?」
心配になった夏鈴と佳恵が、覗きこむと、二人とも、「えっ!?」と声をあげた。
そのメールの内容は、どこかで見たことがあるものだった。
「相野口莉緒様、48時間以内にお迎えに上がります」




