真相
ひどく澄み渡った空に、強い日差しが照り付ける。何も知らない人々は、今日も熱くなったアスファルトを踏みしめて歩き続ける。
江戸峰夏鈴が行方不明になって今日で二日。伊勢原佳恵の家に泊まりに行ってから帰って来ず、連絡もできないことから、両親が捜索願を出したところだった。
学校の体育館では、バスケットボールの練習試合が行われている。運動部は、土日になると練習試合を組まれることが多く、ほかにも半分に仕切られた反対側では、バレーボールの試合が始まろうとしているところだ。
江戸田真里菜が体育館に入ると、すぐさまバスケットボールのコートに向かった。その時、ちょうどホイッスルが体育館内に響き渡る。選手がコートから出ていることから、ハーフタイムに入ったところのようだ。
「おーい、美藍ー、来たぞー!」
真里菜はタオルで汗を拭いている、折原美藍に声をかける。すると美藍も手を振ってこたえた。
「……って、マリナはマネージャーだろ! なんで遅刻してくるのさ!」
美藍はコツン、と真里菜の頭を小突いた。
「いたたたっ! もー、ちょっと夢の中に用事があったんだから仕方ないでしょー? ぼーりょくはんたーい!」
「何が夢の中の用事だ。要するに寝坊しただけだろ」
「あははは、ばれてしまってはしょうがないねぇ」
「あのなぁ」
美藍は相変わらずの真里菜の態度に、ため息をつく。
「あ、真里菜ちゃん、来てたんだ」
「江戸田さん、こんにちは」
コートの外から、伊勢原佳恵と相野口莉緒が声を掛ける。それに気が付き、真里菜と美藍は佳恵と莉緒の所へ駆け寄った。
「ほら、カエもリオも、関係者じゃないのに練習の時から来てたんだぞ。ったく、マリナはマネージャーとしての自覚を持ちなさい!」
「えー、美藍のいじわるー」
「意地悪じゃないっ!」
美藍がぐりぐりと真里菜を小突くと、真里菜は「イタイイタイやめてぇ!」と頭を押さえた。
「あ、そういえば、あれからカリンが行方不明だって聞いたけど、大丈夫なのか? なんか捜索願いまで出てるらしいじゃないか」
真里菜の頭をぐりぐりしながら、美藍は佳恵に尋ねる。
「え、ああ、うーん、大丈夫、じゃないかな?」
「それならいいんだが……しかしカエ、この前泊まりに行った時のあれは一体何だったんだ? 急に『夏鈴たちを驚かせたいから、トイレに行くふりをしてこの靴を履いて帰って、明日一日中家に閉じこもってて』なんて言ってさ。せっかくカエを倒すために特訓しようと思ってたのに」
「ああ、ごめんごめん、ちょっと驚かせたくてさ。美藍ちゃん、今度また泊りに来てよ。その時に勝負しよう!」
「いや、まあ、別にいいんだけど……なんか、カリンが気の毒だな。電話来てたみたいだけど、部活が休みだったからあの後鍵かけてぐっすり寝ちゃったし……」
にぎやかな体育館にホイッスルが鳴り響く。まもなく第二クォーターが始まるようだ。
「じゃあ、行ってくる。また後で」
そう言うと、美藍はコートに戻った。
「おや、もう第二クォーターじゃないか。ちょっと来るのが遅かったかな?」
「あ、優愛ちゃん、こっちこっち」
ちょうどジャンプボールが始まったところで、中上優愛がコートを見ながらやってきた。佳恵が、優愛を自分の所に手招きする。
「中上さん、お久しぶりです。もう、心配しましたよ。急に連絡取れなくなりましたから」
「ああ、すまんすまん、ずっと隣町に遠征行ってて気が付かなかったのだ。半日以上ぶっ通しでゲーセン籠ってたからな」
「半日って……そんなにずっといられるものなのですか?」
「音ゲーマーは平気でいるぞ? 飯も食わずトイレにもいかずにずっと筐体にかじりついてる、というつわものもいるくらいだからな」
「はぁ……おとげーまーって、すごいのですね」
「四日ほど泊りがけで遠征行ったおかげで、やっとエアメをフルコンできたわ。いやぁ、でも親説得するほうが大変だったけどな」
優愛は「疲れた」とつぶやいてため息をついた。
「あ、この前言ってたあれですね。やっとフルコン出来たのですか、おめでとうございます!」
「もっとも、次はエクセが待っているからな。あれが大変なのだ」
「……まだ上があるのですね。大変ですね……」
良く分からない用語に、莉緒は苦笑いを浮かべた。
「そういえば、あのメール結局何だったのだ? 向こうにいる間特に何もなかったし、ただのいたずらメールみたいだったが……」
「そういえばそうですね。私、あの後三泊四日で海外旅行に行っていましたから、どうなったのかと心配になっていましたが……」
優愛と莉緒は、お互いスマホを取りだして「バニッシュ・メール」を開いた。
「ああ、あれ? いたずらメールなんじゃない? ほら、こういうのって、不安をあおるのが目的なんだし」
佳恵は開いた「バニッシュ・メール」を見て、「だからもう消しちゃっていいでしょ」と付け加えた。
「そーそー、今時こんなフコーの手紙みたいなのなんて流行らないって。もっとこう、お金をむしりとれるような何かじゃないと」
「お金をむしり……た、たしかにそちらの方が怖そうですね」
「こーいうのは騙されたら負けってことでしょっ」
真里菜は何故か得意げに胸を張る。ちょうど真里菜の目の前では美藍のスリーポイントシュートが決まったところだったので、「おー、美藍ナイス!」と声を掛けた。
「ふぅん、まあ、どっちみち何も無かったし、心配することは無さそうだな」
そう言うと、優愛は床に座り込んで試合を観戦することにした。
「……うまくいったね」
「うん」
「夏鈴、どうなったのかな?」
「さぁ……きっと消えることに怯えて、どこかに隠れてるんじゃないの?」
全員がバスケットボールの試合に集中する中、伊勢原佳恵と江戸田真里菜はこそこそと二人だけで話をし始める。
「優愛も莉緒も、ちょうどいい時に遠くに行く用事があったから、タイミング良かったよね」
「でも真里菜ちゃん、よくこんなこと思いついたね。バニッシュ・メールなんて七不思議を使って、夏鈴を騙すなんてさ」
「先輩から同じような計画を聞いていたからさー、ちょっとやってみたくなっちゃったのよねー。夏鈴なんて、ただの勉強バカのくせに、生意気だったのよ」
「ホント、ただの眼鏡のくせに、いい子ぶっちゃってさ」
「それにしても、今は便利になったよね。スマホからフリーメールを送れるなんて。フリーメールのアカウントも簡単に取れるし、変ないたずらメールが増えるわけよね」
「そうだよね。SNSで写真晒したりできるから、今は怖い世の中だよね」
「それにしても、夏鈴の奴、行方不明だって言われてるけど、本当なのかな?」
「いいんじゃない? 行方不明なら行方不明で。あんな奴いなくてせいせいしてるし」
「そうだよねー。私たちにとってはどうでもいいよねー」
ピッ、とホイッスルの音が響く。美藍のシュートが決まったところで、真里菜は「美藍、その調子!」と声を掛けた。
「まあ、あんな奴いなくなったところで誰も心配しないし、あとはゆっくり夏休みを満喫して……」
佳恵が言いかけた時、誰かの通知音が鳴った。
「おや、メールだ……ん、なんだまたか。ったく、性懲りもなく……」
メールは優愛に来ていたようだ。スマホを覗きながら、優愛は不機嫌な顔になる。
「優愛ちゃん、どうしたの?」
「いやぁ、またあのメールが来たんだよ。ほら」
佳恵と真里菜が優愛のスマホを覗くと、二人して顔が真っ青になった。
「中上優愛様、48時間以内にお迎えに上がります」
「ったく、鬱陶しんだよなぁ。はいはい迷惑メール迷惑メール、ついでに削除っと」
優愛がスマホを操作する中、佳恵と真里菜は青ざめた顔のままひそひそと話を続けた。
「ねえ真里菜ちゃん、あのメール、送った?」
「送ってないよ? でもあのメールアドレスは確かに……」
「じゃあ……」
『一体誰があのメールを送ったの?』




