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8話

 孤児院の食堂で食後の一服――と言ってもタバコは吸わないが――していると、唐突にフィルマががこう言ってきた。

「セイ、お前もサームナン教国に行かないか?」

 サームナン。ホーリバス大陸の西側にあり、大陸三番目に大きな領土を持った国である。だったか確か。

「確か、西の端にある国でしたか。砂漠があるくらいしか知りませんね」

「港もあったはずですよ。中々に盛んな街だそうで」

 俺のうろ覚えに追加してくれたのはマチルダだった。

「国土もこの大陸で三番目に大きいらしい、でしたか」

「おう、結構いいところだぜ。国民全員が必ず何かの神を信仰していやがる。

全員が信心深かったからかスラムも無いし、人種差別も無い。奴隷を忌避しているからむしろ奴隷を開放するように訴えかけてる」

「いい街ですね」

「そうだろう? 言い所だぜ、サームナンは」

 確かに良い場所なんだろう。しかし俺の場合は条件がある。

「神託があればまだしも、ここを長期に渡って離れる訳にはまいりません。残念ですが、お断りさせていただきます」

「そうか、残念だなぁ・・・・・・」

 本当に残念そうにしている。巻き込むのは二人目だけにしてほしい。

「分かった。悩んでても仕方ねぇし、お前を連れてくことは諦める」

「分かっていただけて何よりです」

 ほっ、と胸をなでおろす。

「ところで、言っておきたい事があるんだが。何処か二人きりになれる場所はあるか? 完全に防音ならなおの事良い。この話は、聞いた人間すべてにとって害悪でしかない」

「それなら、私の部屋へ行きましょうか」


場所を変えて。神殿の奥にある部屋へと移った。

「適当に座ってください。

 言いながらベッドに腰掛ける俺。フィルマは椅子にどっかと座った。

「それで、効いただけで害悪となる程の情報とやらをお教えいただきましょうか」

「なんでも、新しい魔王を擁立しようという動きがあると、神託でわかったらしい」

「どこの神ですか? 私はそんなこと聞いていないのですが」

(ね、ティア様)

『貴方が首を突っ込む話じゃあないと思って、伝えませんでした』

 成程、確かにその通りかもしれない。納得した。

(そうですね、確かにそうかもしれません)

「大地母神エスタ様、東神ユライエ様、炎神ボルグ様、闘争神ガントラウド様、水神マユタ様の各本殿で下された神託だ。知らなかったとは意外だな。神託はおりなかったのか?」

「いま、首を突っ込むような話ではないと言われたばかりです」

「今って。・・・・・・やっぱり使徒ってのは違うな。大仰な儀式も必要とせず、神託がおりるのか」

「しょっちゅう会話してますよ買い物の時とか」

「・・・・・・まあ、それはいいとしてだ、良くないが、いいとして」

 フィルマは一拍置くと真剣な表情で切り出した。

「サームナン教国の法王ゴルシュが勇者召喚を行ったらしい」

 勇者・・・・・・召喚?

「過去の文献にもあるように、かつて魔王が現れた時も、同じ様に勇者の召喚が行われている。彼らは神々から携わった多彩な能力で魔族を駆逐していき、遂に魔王を倒した。とは言われているが、実の所、呼び出されたばかりの頃というのはただのひよっこの集まりよ。しっかり訓練して経験を積ませ、一年がかりでレベル五十を目指す」

「何とも気の長い話だ。それまでに魔族が攻めて来た時はどうするんだ?」

 純粋な疑問を吐露すると、ため息が帰って来た。

「その場合は俺が肉の壁になって勇者を守るって事になってる」

「それは嫌ですね。もうフィルマが直接魔王倒した方が早いんじゃないですか?」

「それは俺も思った。けれど魔王の居場所なんて知らんしな。どうにも仕様がない」

 残念そうに呟く。こいつなら本当に一人で魔王を何とかしてしまいそうな雰囲気を感じる。まあ、そんな気がするだけで、その時はこないだろうな。・・・・・・多分。

「まあ、期日にはまだ一月ひとつき以上もあるし、ナイアスの野郎も引きずっていくさ」

 ナイアス・・・・・・たしか二人目のランクS冒険者だったはずだ。

「ランクSが二人も講師になってくれるんだから。金をつぎ込んだって中々できる事じゃないでしょうね」

「ははは、そう言われるとそうだな。ま、精々しごいてやるさ」

 愉快そうに快活な笑いを上げている。と、いきなり気が重そうに項垂れる。

「その前にナイアスだな。はたしてどうやって外に連れ出すか。困ったもんだ」

「確かそのナイアスさん、研究熱心な方だとか」

「エルフだからな、年単位で引き籠る。毎年顔を見せに行っては外へ出ろと説得しているんだがなぁ」

「効果が無い、と?」

「ああ」

 項垂うなだれながらこくりと頷く。

「なら、こんなものがあるんですが」

 言いながらラグビーボール大の魔石を取り出す。

「な、なんだその魔石? 見たこと無いくらいでかいな」

「迷宮都市ジルタル特産の巨大魔石です。研究者ならこれに興味を示さないはずがありません。依頼が完了したら渡すとでも言って外へ連れ出しては如何でしょう?」

「そいつはいいな! 是非ともその案を採用させてもらうぜ。で、幾らで譲ってくれる?」

「ギルドで売った時の値段が四百万なので四百万でどうです?」

「やけに安いな。競りには出してるのか?」

「ええ、競りだと大体八百万ルピーが相場です」

「なら八百万支払わせてくれ。ギルドで引き出してくる。少し待っていてくれ」

 有無を言わせぬ口調で部屋を出ていくフィルマ。

 そう、ギルドには現金を預ける銀行の役割も兼ねている。俺は使ったことは無いけれど、全国どこのギルドでも預かり入れ、引き出しが可能だ。

手数料は預けたり引き出したりした時にその金額の一割を支払う。結構な暴利に見えるが使用者は多い。利便性を考えるとベテランの冒険者ほど利用している。大金を持ち歩かなくていいのはそれだけで安全でもある。

 それにしても、勇者、か。確かに俺の出る幕は無いな魔王退治は彼らに任せよう。



「待たせたな。金貨八百枚だ。受け取ってくれ」

 ジャラっと音たてる革の袋を手渡された。

「では、こちらが魔石です」

「おう、ありがとうよ。これでナイアスに太陽の下を歩かせられる」

 背中に背負っていた革袋に無造作に放り込んだ。

「おや、マジックバッグでしたか流石ランクS冒険者。

「お前こそ、あの斧や鎧は神器だろう? 二つ以上の神器を持っている奴ってのは中々居ないからな。俺の攻撃を受けて凹みもしない鎧だ。さしずめ戦女神の鎧って所か?」

「いえ、鎧はユスティアーマーで斧はユスティアックスですよ」

 告げた途端、愕然とするフィルマ。やっぱダジャレは無いよな。

「か、・・・・・・神の名を冠した神器だとっ。こいつはとんでもないレベルの神器だな」

 え、そういう解釈? なに? ダジャレでも神様の名前入ってたら凄いもの扱いなの? そうなの?」

「俺の闘争神の剣とはわけが違う代物だったのか・・・・・・」

 どうやらそうらしい。世の中解らない事ばかりだ。

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