7話
「ヒートロード」
唱えた魔法によって、両側の向こう三軒の雪が溶けていく。
現在は冬真っ盛り。この国は四季があるので日本を思い出す。と言っても記憶喪失だから体験的なものは覚えていないのだが。それでも何故か、雪を見ると懐かしい気持ちになる。俺は北国の出身なのだろうか?
神殿と孤児院は聖域と化しているので雪は積もらず、降る端から溶けて消えていく。雪かき(?)を終えた俺は神殿に戻る。
今日はお客さんが来るとのティア様の仰せなので、大人しく待ている次第である。今日は今んとこ平和だ。手足を分断された冒険者も、重傷を負った冒険者も一人も来ていない。偶然なのだろうか?
そろそろ昼時だという時間に一人の男が現れた。
「邪魔するぞい。神官長は・・・・・・お主か」
何故か俺を見た途端に好戦的な笑みを浮かべ、跳びかかってきた次の瞬間聖域による裁きの雷がスパークして、そのまま石畳の上に頽れる。
第一印象はバトルジャンキーっぽい笑みを浮かべた筋肉ダルマだ。背は180以上ありそうだ。
「もし、大丈夫ですか? ここは聖域なので戦闘行為は出来ませんよ?」
ピクリとも動かない。まさか心臓麻痺で!?
「聞こえてますか? 意識はありますか? もし? もし?」
焦る俺。聖域内で死者とか、まさかそんな。という思いだ。
「ぐっ・・・・・・」
うめき声が上がった。よかった、生きてる。気絶しただけだったようだ。
「俺は、負けたのか? 何が起きたかさっぱりわからん。完敗だ」
「いえ私は何もしてませんよ? ここは聖域なので、戦おうとすると神罰の雷が断罪します。貴方が気を失っていたのは神の意思に背いたからです」
「なんだと!? 聖域とはそういうものなのか?」
「ええ、どこの神殿でも、聖域というのは概ねそういうものですよ」
「なら話は早え。表に出て俺と勝負しろ! どっちが強いか勝負だ!」
「何故でしょうか? 私は別に戦いたくはないのですが。それと、申し遅れました。当神殿の神官長をしております、セイ・ハンドと申します」
「おお、そういえば名乗って無かったな。フィルマ・コッツだよろしくな」
俺の動きが止まる。フィルマ・コッツだと?
まさか、と思って看破を使ってみると――
◆
名前:フィルマ・コッツ 性別:男 年齢:52歳 LV92
称号:闘争神ガントラウドの信徒 南神ポイトルの信徒 脳筋オヤジ 鉛色の狂気 救国の英雄
特殊:闘争神ガントラウドの加護 南神ポイトルの加護
魔眼:暗視(神)
神器;闘争神の剣
スキル
剛体LV38 魔練功LV8 練気功LV10 攻撃補正LV31 回避LV3 正拳突きLV24 回し蹴りLV21 剛断LV23
#
魔法適正
・光魔法(神)・水魔法(神)・火魔法(神)
◆
嫌な予感が当たった。このおっさん、この大陸で一人目のランクS冒険者だ。
確か、二十年前に最初にSランクの称号を授かった伝説の英雄だったはずだ。現に、称号に救国の英雄というのがある。
『セイ、分かっては居ると思いますが――」
「分かった、相手になろう。戦女神の使徒の実力を見せてやる」
ティア様が言いきる前に俺は勝負を受けた。使徒の名に恥じぬように堂々と。
「話が早くて助かるぜ。早速やろうぜ、外に出な」
「分かってるとは思いますが、町の外まで行きますからね?」
「おうよ、町を壊しちまったら怒られっからな」
北門から出た俺たちは門の無いジルタルの東へとやってきた。更に少し離れて対峙した。
「それじゃあ始めっか。先手は譲ってやるよ」
「では、お言葉に甘えて、――行きます」
徐に近づき斧を一振りする。
ガギン、という音がして、斧の刃がフィルマの右腕に当たった。フィルマの身体は徐々に全身が鉛色に変色していく。そして硬くなっている。
「これが、俺のスキル<剛体>だ。生半可な攻撃じゃあ傷一つつかねぇぞ」
「成程、これが鉛色の狂気の由来ですか」
「そういうことだ,よく知ってたな。結構昔の称号なのに。で、もう手詰まり、なんて言わねぇよな?」
挑発じみた笑みを向けられた。
「そうですね。色々試してみる事にしますか」
先ずは安定の雷属性。
「ボルトスネーク」
魔法名を唱えると同時に六匹の電撃を放った。
「おっと、あぶねえあぶね――ぎっ」
五匹までは躱されたが一匹だけ地を這うように近付き見事不意を突いた。どうやら雷属性は有効な様だ。
「ちっ、また電撃か。厄介だぜ」
そう言う割にたいして効果が無いように見える。次の手で行くか。
「アイスマシンガン」
氷の重機関銃が静かに連射される。
「ははは、無駄だぁー」
氷の弾丸は鉛の身体に当たっても砕け散るだけでダメージは無い様に見える。それならこれだ。
「レイブラスター」
神授の魔法だ。これなら少しは効果があるだろう。
「あちっ、あちちっ」
腕を交差して受けたフィルマの腕には焼け焦げた跡が見られる。これでも決定打にはならないか。
「そろそろこっちからもいくぜぇ!」
練気功を使って素早く移動してきたフィルマ。だが、言わせてもらえばまだまだ遅い。
カウンダ―気味に、魔力を循環させている斧でもって腕を切り落としにかかる。が、この試みも失敗。浅く傷をつけるにとどまった。
すぐさまバックステップで距離を取る。が、様子がおかしい。
「嘘だろ? 今まで誰一人傷をつける事が出来なかった剛体が、まさか・・・・・・」
「どうしました、もう終わりですか?」
一人でブツブツと呟いているフィルマに、聞こえてるかどうかは分からないが、一応声を掛けてみる。
「終わり? 冗談じゃない! まだまだこれからだっ。俺に攻撃をして傷をつけた人間なんてこれまで居なかった。まだまだ付き合ってもらうぞ」
「では、またこちらから行きましょうかね」
言った次の瞬間にはフィルマの目の前に居た。
「なっ」
慌てて距離を取ろうとするフィルマに右肩から右の脇腹まで真っ直ぐ縦一文字に斬りつける。が、傷は浅い。
瞬時に思考を切り替えたのかフィルマは左手で正拳突きを放ってきた。攻撃の直後でノーガードだったのが禍した。右の脇腹に練気功と魔練功を集中させるので手一杯だった。
そして狙い過たず右の脇腹にフィルマの拳が突き刺さった。
しかし俺は動かなかった。吹き飛びもされずに二本の足で地を踏みしめている。
そこに、フィルマの回し蹴りがとんできて流石に吹き飛ばされた。何気に尋常じゃないダメージを受けている。何せスキル扱いになっている技だ、まともに喰らえばそれはダメージをうける。だが転げはしない。意地でも二本の足で地を滑り続ける。
何故敢て喰らったのかと言えば、何となく意地で。と言うのが正解だろう。お前の攻撃は俺には効かん、という示威行為的な発想だ。
フィルマの攻撃の威力は衝撃になって伝わっている。決して効いてない訳ではない。だが、戦女神の使徒として、泰然自若としていたかった。
「こちらもそろそろ本気をお見せしましょう」
起き上がり、ゆったりと構えたままそう言うと――
「なら俺も神器を使わせてもらうとしようか」
そう言って腰に佩いていた長剣をすらりと抜く。
俺は、と言うと操練魔闘法の極意、合一法で気と魔力の両方を混ぜ合わせて練り上げる。力押し、とはいえ押す為の力の制御は難しい。これは日頃から操練魔闘法を修練しながらベッドで寝転がったり、教壇で欠伸しながらも乱れることの無い制御能力があってこそ。だ。
「喰らえ、俺の渾身の一撃!」
「断る」
一言告げて俺は衝撃波をまき散らしながら音速で動く。
次の瞬間にはフィルマの右腕を斬り飛ばしていた。
「なっ・・・・・・なんだ今のは」
衝撃波に吹き飛ばされたフィルマは、目を白黒させている。起き上ろうとして自分の右腕が斬り落とされているのを漸く認識する。
「なんだと、剛体発動中の俺の腕を斬り落としたというのか・・・・・・」
「私の勝ち、という事で良いでしょうか?」
斬り飛ばした腕と握っていた剣を持って近付いて言う。
フィルマは少しの間目を閉じて、そして見開きながら言った。
「完敗だ。俺はお前の攻撃どころか動き自体を見る事が出来なかった」
それはそうだ。音速の動きに対応されれば本当に人間か疑わしくなる。自分の事は棚に上げるが。
取りあえず腕をつなぐか。
「アークヒール」
唱えると同時に断面同士が淡い光を放つ。そしてゆっくりと近付けて断面同士を合わせる。十分ほど経った辺りで完全につながった感覚がしたので治癒を終わる。
「動かしてみて下さい。指も全部動きますか?」
「ああ、問題ねぇ。きっちり元通りだ」
「一応、二日ほどは激しく動かさずに様子を見て下さいね」
「分かった。気を付ける」
「神殿に戻りましょう。孤児院の食堂も今なら静かでしょうから」
「おお、確かに腹が減ったな」
「しかし強かったですねフィルマさん」
「勝っといて言うセリフかよ。あと、フィルマでいい」
「ではフィルマ。剛体のスキルはいつ頃入手したものですか? LV38なんて、中々無いですよ?」
「生まれた時からあったな。恩恵ってやつだ。そのまま52年も生きてりゃあそれぐらい高くもならぁな」
会話しながら、二人仲良く神殿へと向かった。




