9話
事はとある日の午前に起きた。
ジルタルを始めとしていくつかの都市を収める領主から、領主の館の有るバルノツ都市まで出頭願いが来た。
出頭「願い」であり、出頭「命令」ではない。この辺り、国王との一件が広まっているのだろう。
領主のウロトベリス・ギンナムは書状を送って寄越していた。
内容は単純明快。俺の強力な神聖魔法により回復して一命をとりとめた者や、部位欠損すら瞬く間に治してしまった者たちにより、冒険者の数が減ること無く、更に依頼を完遂する者が増えていると言うことで感謝していると書かれている。
他にも巨大な魔石を確実に手に入れて冒険者ギルドが潤っている事に対する謝辞が書かれている。更に、その栄誉を称えて、一代限りの爵位である名誉伯爵を叙爵させて欲しいと腰の低い文章で綴られている。
迷宮産の素材や食材の供給量が跳ね上がった事による食料飯店や魔道具屋までが、潤っているらしい。
「国王からの了承も既に受けているのか・・・・・・」
『まあ、貰えるのなら貰っておいても良いのではないでしょうか? 外堀も埋められているようですし』
「仕方ないな折角だから楽しんで来よう。なあ、コア?」
「キュー? キュウキュウキュ♪」
俺の鎧の首元から頭を出したブレススネークのコアが同意する。
「よしよし、お前も連れてってやるからな。人前ではあまり姿を晒せられないからな。食事の時とかなら大丈夫かな?」
「キュ~♪」
けれど、先ぶれも無しに行き成り訪ねるのは失礼だろう。先ずは手紙をしたため、あちらに送ろう。丁度、ギンナム侯爵の配下の方が、返事を待つと言って礼拝堂で祈りを捧げている。
邪魔にならないように、静かに自室まで戻り、手紙をしたためる。だが、封蝋の印がなにも無いことに気付いた。すると――
『セイ、封蝋にはこれをお使いなさい』
と、どこからともなく光に包まれた指輪が現れる。
鎧の上からでもつける事が出来る大きなサイズの指輪だ。一番上と思しき場所にはティア様の横顔を象った刻印があった。
(ありがとうございますティア様)
俺は迷いなく封蝋にその指輪を使った。うん、これでよし。
「ハンセン殿。お待たせしました。返事の手紙を、先ぶれとなるような物に致しましたので。本日より10日御に来訪させていたただきます。宜しくお伝えください」
「了解致しました。必ずや主様にお届け致します」
ここからバルノツ都市までは馬車で三日ほど、準備に一週間あれば十分だろう。
「それでは私はもう行きます。何か伝言など有ればお伝えいたしますが?」
「いえ、結構です。後はギンナム侯爵と直接話しますので」
「分かりました。また10日後にお会い致しましょう」
ハンセン殿は優雅に一礼してから踵を返すと、そのまま神殿を退室した。
十日後、俺はドラゴン達の住む北の山を訪れていた。
勿論、エメに送ってもらう為だ。既に話は通してある、俺はエメの背中に飛び乗り、「よろしく頼む」と言って軽く背中を叩いた。
エメの飛ぶ速度は音速を越えている。バルノツ都市まで10分も掛からないだろう。バルノツはジルタルから南西にある都市だ。地図を見て誘導してやれば文字通り、あっという間だ。
『そこの森を右に・・・・・・そのまま真っ直ぐです』
(ありがとうございますティア様。道案内なんかさせてすいません)
『いえ、構いませんよ。ほら、都市が見えてきましたよ』
(ありがとうございます、ティア様)
もう一度だけ繰り返し礼を告げた。今度は親愛の情を込めて。
『ふふ、どういたしまして。それではまた後で』
「あった、バルノツだ。エメ、減速して、街道から少し離れた場所で着地してくれ」
『承知』とだけ返ってくる思念。
街道脇に降り立ち。エメに礼を言って首筋を撫でる。
『お安い御用ですよ』
言いながら飛び立ち、ドラゴンの住む山まで帰っていくエメを見送る。
あっという間に見えなくなったエメを背に、街道に伸びる入門手続きの待ち列に並ぶ。
エメの登場に、街道に並ぶ人々どころか、門衛の面々まで凍りついていた。
ハッ、と意識を取り戻したかと思うと入門手続きを再開した。
この入門手続き、簡単に窃盗や強盗歴が無いか、人を殺したかどうかなどが分かるようになっている。俺の場合、殺したのは盗賊だけだから何の問題も無い。
と、門衛が二人程こちらの方へと真直ぐ近付いてくる。何だろう? エメに乗ってきたのがマズかったのかな?
俺の目の前まで来ると、おもむろに姿勢を正し、口を開いた。
「戦女神ユスティア様の使徒にして大陸三人目のSランク冒険者のセイ様ですね? 優先的にお通しするよう言付かっております。どうぞ此方へ」
やけに仰々しいなと思いつつおとなしく二人の後をついて行き、貴族用の入口からギルド証を見せただけであっさり通してもらえた。
それにしても、なんと言うか、皆キラキラした目で俺を見ているというか、憧れのスターにでも出会ったような顔をしている。
多分エメに乗ってきた事で、竜騎士だとでも思われたのかもしれない。竜騎士は皆のあこがれの職業だし。ましてや俺が乗っていたのは、普通の竜騎士が乗るワイバーンではなく、正真正銘のドラゴンである。
テンションうなぎ登りだろうことは想像に難くない。
まあ、兎に角。領主の館へ向かうことにしよう。
迎えの騎士が三人、俺の目の前を先導する。
その間もずっとティア様との会話を続けていた。暫くすると大きな屋敷が見えて来た。
(着いたみたいですね。それでは行ってきます)
『ええ、行ってらっしゃい』
ティア様との会話を切り上げ、案内された客室でソファに座る。程無くしてウロトベリス・ギンナム侯爵が現れた。かなり早い。政務も途中で放り投げて来たのではないか、と勘ぐってしまう。
侯爵は白髪交じりの金髪で、肩口で切り揃えられている。精力的な目は灰色で細面は整っており、五十歳ぐらいに見える。
しかし看破の魔眼で表示されている年齢は六十八歳と更に高齢だ。
「やあやあ、待たせたかね? 私がこの一帯を統治しているウロトベリス・ギンナムだ」
護衛の騎士を三人、引き連れながら部屋に入ってくる。そしてソファに腰掛けるなりそう切り出してきた。
「初めましてギンナム侯爵。神官戦士のセイと申します」
軽い会釈と共にそう返す。と、軽いどよめきが起きた。
「意外だなぁ。国王への謁見で跪くのを拒んだという話を聞いていたから、てっきりもっと横柄な態度を取るものだと思っていたが・・・・・・。いや意外だなぁ」
成程、やはりこの間の一件は伝わっているようだ。
「これでも神官の端くれですので。軽い会釈くらいはしますよ。権力には屈しませんが。」
ギンナム侯爵は納得したような顔をしながら。アイテムボックスの魔法で二枚の書類を取り出した。
「私も暇という訳でもないので、早速話を進めさせてもらうけれど」
二枚の書類には侯爵のサインがそれぞれに記されていた。
「この書類の、私のサインの横にサインしてくれたまえ。それで名誉伯爵の叙任となる」
差し出された書類に目を通し確認していく――
問題ないと判断してサインをする。よかった、ティア様の不思議パワーの御蔭で難無く書類にサインが出来た。
「待たれよ、家名を決めてもらわねば困る」
「家名、ですか? では・・・・・・
御手洗、手を洗う。・・・・・・ウォッシュ。いや、手の方が楽か。
「ハンド。セイ・ハンドでお願いします」
「あいわかった。本日よりそなたはセイ・ハンドじゃ」
俺は改めてセイ・ハンドとサインして書類を渡す。
「よし、それでは一枚は私が、もう一枚は君が保管してくれ」
俺は書類の片方をアイテムボックスにしまい込み、もう用は無いと立ち上がろうとするが、そこに待ったがかかる。
「セイ殿。今日は我が屋敷でゆっくりとして行かれよ。歓待の準備は整おっている事ですし。まずは昼食、当家のシェフには腕によりをかけるよう言ってあります故。そして今夜は泊まっていって下さいな。夕食も期待していて下さい」
そう言われると、嫌とも言えない。おとなしく歓迎されるとしよう。
「分かりました、存分に味あわさせていただきます」




