9話
ギルドが手配した宿屋、銀のランプ亭は豪商や貴族を相手にするような高級な宿だった。とても大きく、一般的な学校の体育館二つ分以上の面積があるようだった。
おかげで風呂もあるし俺は充分に満足だった。
お馴染みにも一階は全て食堂兼酒場で夜は賑わう。かといって二階以上の部屋には(全五階建て)声は響かないし静かなものだ。随分良い造りをしているようだ。流石豪商や貴族を相手にする宿なだけはある。
俺は全身鎧をアイテムボックス内に転送してから一階に向かった。
カウンター席に座って鶏肉の香草焼きと煮込み野菜のスープ、それにエールを注文して大人しく待つ。
程無くしてエール酒が最初に来た。すきっ腹にしみるが、よく冷えてて美味い。あっという間に飲み干してしまい、店員さんにもう一杯頼んだ。
今度はちびりちびりとなめるように飲んで時間を潰す。ジョッキの中身が半分ほどになった頃、香草焼きとスープが配膳された。どちらも良いにおいがして美味そうだ。
食事を堪能しつつちびちびとやっていると、隣に誰かが座った。|ディアックさん(ジルタルのギルド長)だった。
「ディアックさん、おひとりですか?」
思わず声をかけてしまった。
「お? 何じゃ、セイもおったのか。何時もの鎧姿でないから一瞬分からなかったぞ」
「ええ。お先にやってました」と言いつつジョッキを掲げる。
「特に何事も無く王都につけて良かったですよ」
「そうじゃな。お主にとっては何ら大事ない旅だったのじゃろうな」
道中の盗賊の事や他愛も無い話をしつつ酒杯を重ねる。
ふと、競りの話になった時にディアックさんが「あの魔石は金貨300枚を軽く超える値段になるじゃろう」ともらした。
「随分高く見積もっているんですね。俺はいいとこ金貨200枚くらいだと思いますけど?」
ディアックさんは頭を振り、続けた。
「あの大きさの魔石じゃ。儂は見たことも無い。確実に高値で売れるじゃろう」
「まあ、高く売れるならそれにこした事は無いですよ」
「うむ、明後日が楽しみじゃわい」
「そうですね」
そろそろいい時間だしもう寝ようかな。
「それじゃあディアックさん、俺はもう寝ますんで。これで」
「おお、そうじゃな。もういい時間じゃしな。儂はもう少し飲んでからにするわい。また明日、の」
「ええ、おやすみなさい。ディアックさん」
部屋に戻った俺はそのまま熟睡するのだった。
翌朝、6時ごろに目覚めた俺は、自室で顔を洗って歯を磨いていた。洗うのに使った水は全て炎の祝福による高温の炎で蒸発させながら。
どうもこの祝福という力はかなり強力な様だ。何気ない意思一つで簡単に火柱ができる。十日ほど前、迷宮内にいたオークたちを焼いたときは、消し炭さえ残さない程の火力を発揮した。
ドラゴニュートがやっていた様に、全身を炎状にすることも可能だった。試しに鎧無しで斬られてみたが、魔練気を使っていない攻撃は完全に無効化出来た。
流石は神から与えられた祝福だと驚いたものだ。
その祝福を与えてくれた女神様を祀る本殿に、今日は用がある。今日は丸々一日が休暇として与えられているので、本殿に行った後は宿でゆっくりするつもりだ。
場所は昨日のうちにティア様に訊いてある。宿で出る朝食を平らげた俺は、意気揚々とティア様を祀っているという、戦女神ユスティア神殿本殿へと向かうのだった。
因みに、街の西側には闘争神ガントラウドの神殿――本殿ではない――が、北東には冒険神グライジョルの本殿が建っている。
中央から少し南に外れた場所には迷宮都市の様に大地母神エスタと農耕神ファーマの合同神殿――本殿ではない――がある。
ユスティア神殿本殿は、街のやや南東に位置している。
泊まっている宿屋からは程近い場所にあるので、迷うことは無いだろう。道を間違えそうになってもティア様が教えてくれるし。
ティア様曰く、今日、黒い全身甲冑の使徒が来訪する旨は本殿の責任者に神託済みだと言う。特にもめる事は無いだろう。ティア様の御蔭なので簡単に祈りを捧げる。普段からことあるごとにティア様への祈りを捧げている俺だが、もちろん常日頃から欠かさずティア様に祈りを捧げている。
朝起きた時の祈り、食事の前の祈り、就寝前の祈りと一日に最低でも五回。さらに、ことあるごとに助言や説明をしてくれるのでその度にも祈りを捧げている。
もはや、俺の日々の生活はティア様との生活と言っても過言ではない。
そもそも、ティア様の威光をいかにして知らしめるべきかと、日々思っているのだ。寝ても覚めてもティア様一色な生活をしている。敬虔な信徒であることを自負している。
その信心はいかに本殿の信徒が相手だろうと引けを取らない自信がある。
これから初対面になる本殿にいる信徒たちは、どんな人たちだろう。もうすぐそれも分かる。公明正大なティア様の信徒だ、やはり善良な人たちだろうと思う。
立派な宮殿の様な建物。豪奢ではないが格式高そうなそれが、戦女神ユスティア神殿の本殿だった太い柱に質実剛健な印象を受ける。
中にはいると真正面にティア様の像がそびえたっている。の、だが――
なにやら直立不動でこちらを見ている三人と目が合った。
「ようこそおいで下さいました使徒様、こちらが神殿建立の認可状、それに司教の任命書です。それと――」
真ん中に立っていた穏やかな顔つきをした僧服の老人が切り出し、続いて両隣の女性二人が後を続ける。
「マチルダと申します。お役に立てるよう全力で働かせていただきます」
「レミリアと申します。私もマチルダも今年で十五になります。精一杯仕えさせていただきます。どうか、よろしくお願い致します」
向かって右側がマチルダさん。左はレミリアさんか。二人とも美少女だ。
マチルダさんは金髪のボブカットに瞳の赤い左目の横に泣きぼくろ。体つきは華奢だが出るところは出ている。
レミリアさんは長い黒髪に青い瞳。肉付きがよく、豊満な胸元が特徴的だった。
二人とも神官のローブを着ている。
「お話はユスティア様からの神託で聞いております。この本殿よりこちらの二名を派遣いたしますので、こき使ってやってください。レリーフはユスティア様より賜っているとお聞きしましたので、本殿からは支給されません。二人は荷造りも済ませておりますので、今すぐにでもお連れいただいてかまいませんが?」
「いや、明日まで滞在する予定ですので、明後日の朝7時までに南門の前に来て下さい。そこで合流しましょう。足はスニ―キングリザードですから、それに同乗してもらえば問題無いでしょう」
荷物はアイテムボックスにしまえば良いだろう。問題無い。
「「承知いたしました」」
二人が声をそろえて言った。やけに畏まっているのは俺がティア様の使徒だからだろう。
俺も、一使徒として本殿のティア様像に祈りを捧げた。鎧姿で膝をつく俺。ティア様は戦女神なので鎧姿での礼拝は失礼に当たらない。祈りを捧げ終えた俺は立ち上がる。
ともかく、認可状を受け取ってこの場は去るとしよう。
「それでは、俺はこれで」
「はっ、良き滞在となられるよう祈らせていただきます。それとこちらを、神官服です」
「どうも。それではこれで」
「はっ」
腰を深く折ったおじぎを神殿から出るまで続けてくれた。やはり使徒は通常の信者よりもワンランク上の扱いらしい。
神殿の入口横にワープポータルを設置して立ち去った。




