7話
因みに、ティア様の元ネタはローマ神話の正義の神、ユースティティア神だったりします。
ハーフオーガを倒した俺は宿にポータルで戻ってきた。
鎧姿のままベッドに倒れ込む。強敵と戦う度に宿に戻っている気もする。精神が張り詰めるから、休みたくなってしまうからだろう。
この先もああいった強敵が居るのだろうか? 最深到達記録を塗り替えれば名声や信仰を集められるのだろうか? 吹聴するような事はしてないが、俺の事は噂になっている。ギルド期待のルーキーとして、ギルド側が触れ回っていることもある。
と言っても他の冒険者に訊かれたら当たり障りない程度に教えるだけらしいのだが。
どうすればいいだろう? 信仰を集めるには。何かないだろうか? 護衛任務で襲ってきた盗賊を片端から蹴散らすとか。・・・・・・そう都合良く盗賊が襲って来はしないだろうな。
――ふと、思いついた。
前の世界ではキリスト教の教会が孤児院をやっていた。こちらの世界でも孤児院はあるし、神殿付きのものも珍しくないってティア様が言っていた。
こちらの世界では純粋な心を持った孤児など居ないだろうけれど、それでも大人よりも信仰を集めやすいだろう。逆に、世の中の不条理を経験していればその分深くティア様に感謝するようになるかもしれない。
現在の所持金は金貨1000枚、一千万ルピーある。充分な筈だ。だが、今後の経営を考えるともっと稼いでおいて損は無い。
『成程、神殿と孤児院ですか。貴方がやるなら信仰も集めやすいかもしれませんね。実際に加護を授かっている者にあやかろうと、来訪者も多いかもしれません。
(ティア様、心を読まないで下さいってば)
『ごめんなさい、考え込んでいたようなのでついつい。ですが、そういうことでしたらお手伝いできますね』
お手伝い? なんだろう。また相場でも教えてくれるのかな。
『一つは神聖魔法。もう一つはこれです』
目の前に眩く光る正方形の何かが現れた。手に取ると光は収まっていき、残ったのは――
「レリーフ?」
『そうです。これは神々が自身の使徒に与える加護の証でもあります』
レリーフは、ティア様らしき女性の横顔と、重なるように加護のマークが彫られている。
『神聖魔法は神から授からないと使えない魔法なので、合わせて私の使徒だという証にもなります』
(神聖魔法ですか。補助や浄化、癒しの魔法がメインみたいですね)
魔法は、適性がある属性であれば、おおよそ何が使えるかがわかる。神聖魔法はあまり攻撃には向いていない魔法のようだ。
『レリーフは神殿の入口に嵌め込める窪みを依頼して下さい――』
などなど、神託で色々決まってゆく。
『場所はスラムに程近い西の城壁近く。周囲は廃墟と化したあばら家が多いですのでそれを取り壊して広さも確保できます。資金は神殿に金貨100枚、孤児院に金貨50枚で充分に立派なものができるはずです。
(ティア様って、戦女神のはずなのに下界の相場にやけに詳しいですよね)
『そこは突っ込まないで下さい』
(あれ、でもどこに依頼すればいいんですか? 大工?)
『この迷宮都市で一番大きな商会がゴルゴット商会と言いまして。その商会は色んな仕事の仲介を一手に請け負ってます。場所は北門からの大通り沿いにあります』
(ありがとうございますティア様)
粗方話がまとまった。後は今の話をゴルゴット商会に持ち込むだけだ。
そうと決まればいつ来るともしれない経営難に備えて稼いでこないといけないな。孤児は百人以上いるらしいし、食費も馬鹿にならんだろう。
迷宮に戻って魔石を稼ぎに行こう。
◆
巨大魔石を30個程集めた俺はギルドの買い取り窓口にいた。
「買い取りお願いします」
ごろごろと音を立てて積み上げられる魔石。ギルド員さんの顔がひきつっている。案の定「少々お待ちください」と言って奥に引っ込んでいった。
思えば俺も丸くなったものだ。こちらに来たばかりの頃は態度も横柄だったし、お願いしますなんて言わなかった。
程無くしてギルド員がギルド長のディアックさんを連れて戻ってきた。
「セイ、買い取りじゃが、暫く待ってくれんかの?」
|ディアックさん(ギルド長)がそう切り出してきた。
「やっぱり多すぎましたか?」
「それもある。じゃがそれだけでもない」
「どういうことです?」
思わず眉をしかめて訊いた。
「ギルドからお主に指名依頼じゃ。お主が持ち込んだ魔石が王都で競りにかけられる。片道十日の王都までの道のりを護衛してくれ。報酬は魔石の売値の十分の一じゃ。更に、今後の巨大魔石の買い取り値は競りでの売値の半分に変更する。どうも金貨300以上の売値が付きそうなんじゃ。うけてくれるな?」
「出発はいつですか?」
「急で悪いが明後日じゃ。10日間の後に王都に3日滞在。3日後にまた10日かけて戻ってくる予定じゃ」
「分かりました。その依頼受けさせてもらいます」
「旅の準備はこちらでやっておく。装備だけは整えておいてくれ」
魔石をアイテムボックスに戻し、ギルドを出る。
アイテムボックスから時計を取り出す。現在の時刻は午後5時前。折角だ、ゴルゴット商会に行ってこよう。
北門から通っている大通り沿いにあるゴルゴット商会は、民家三軒分はある上に三階建てだった。
重厚そうな扉を押し開いて中に入るとそこはホテルのロビーの様になっており、正面に3メートル程進んだ所で受付のカウンターらしきものがある。
そこには三人の受付嬢らしき女性たちが座っている。
早速商談の為にカウンターの真ん中の女性に声を掛けた。
「すみません、神殿と孤児院の建立を依頼したいのですが」
「畏まりました。ご予算はどれぐらいでしょう。王都の本殿の認可はとっておりますか?」
「予算は――」
ズシャッと、アイテムボックスから革袋を二つ取り出てカウンターに置いた。
「神殿の方は金貨150枚で、孤児院の方は金貨100枚でお願いします」
ティア様には100枚と50枚でも充分だと言われたが、神殿はできるだけ立派にしたい。神像も手を掛けてもらいたい」
「詳しい話をお聞きしますので奥の部屋へどうぞ」
奥の部屋に通されて、商談が始まった。
「ご提示いただいた金額でしたら、一流の土魔法使いと職人が用意できるかとおもいます。建立予定地などはお決まりでしょうか?」
「スラムに程近い西側の城壁沿いを考えています。神託があって、近くの廃墟等も取り壊せばかなりのスペースを確保できるだろうとの事です」
「神託をお受けならば問題はありませんね。本殿の方の認可はもうお取りに?」
「王都へは明後日から行く予定ですので、認可はその時にでも。あと、これなんですが」
言いつつレリーフを取り出す。
「そ、それはまさか・・・・・・」
弾かれたように席を立つ受付嬢。
「只今鑑定持ちの者を連れてまいります!」
勢いよく部屋の外へ飛び出したと思ったら、程無くして戻ってきた。ローブを纏った渋めの男性を連れて。
「お待たせしました。今、鑑定しますので。ではお願いします」
セリフの後半は連れて来た男性に向けたものだ。
「では、少々失礼して――」
そう言ってレリーフを注視する男性。
「本物ですね。使徒の証です」
「ではやはり伝説の?」
「ええ、間違いないでしょう」
「お疲れさまでした。戻っていただいて結構です」
受付嬢さんが丁寧な御辞儀をして鑑定持ちの男性を見送っている。
「レリーフがあるのなら本殿の認可はすんなりと通るでしょう。明日、明後日に着工しても何の問題もありませんね。おそらく、一ヶ月もあれば完成するでしょう。それから、お客様は神官戦士のようですし、シスターの派遣もあわせて依頼されるのがよろしいでしょう」
神官戦士・・・・・・そういえば鎧のままだった。が、成程。俺が居ない間の子守役が居ないと困るもんな。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
「収容人数の最大が200人とのご希望ですし、二、三人は派遣要請をした方がいいでしょう。浴槽も、大きめのが二つとなれば、魔法が使えるシスターを派遣してもらったらよいのではないでしょうか」
何から何まで有り難い事だ。これでこの商会での用事は片付いた。
「ええ、そうします。ご丁寧にありがとうございます」
言いながら軽く頭を下げる。
「そんな、こちらこそ神の使徒様に我が商会を選んでいただいて光栄です」
「神託でここにしろって言われたんですよ。我が女神様に」
「なおの事、恐れ多くも光栄の至り。感謝いたします。では、最後になりますがこちらの書類にサインをお願いします」
差し出された二枚の書類にサインした。俺のサインの横には別のサインが書いてある。
書類は一枚ずつ持ち、保管するようだ。すぐさまアイテムボックスに放り込む。
「これで一通りの手続きは終わりとなります」
「そうですか。では、この辺りでお暇させていただきます」
「はい、わたくし、セリナ・ゴルゴットが承りました。今後とも、我がゴルゴット商会をよろしくお願いいたします」
この商会の名前であるゴルゴットが姓なのか。身内かな?
「ええ、それでは失礼します」
商館を出たら日が暮れていた。宿に戻り明後日から王都に行く旨を伝えなければ。




