7話
迷宮から宿屋の部屋に戻った俺は早速風呂に入り、宿の食堂兼酒場で夕食をいただいていた。
記憶を無くしたにしても風呂に拘るし、食事だって米が食べたいと思うこともある。
記憶と一緒に自我まで希薄になっている事には恐怖を覚えるが、さりとてどうにかできる訳でも無し。
こうやって少しずつでも良いから、俺らしさってやつを取り戻していきたい。
記憶が無いなんて自分が無いのに等しいじゃないか。じゃあ今ここに居る俺は何だ。なれの果て、ってことか?
麦酒をごくりと飲み干して、苦みを味わう。元々コーヒー好きな俺にとっては酒の苦みもそれ程気にならない。中々に刺激的な味だ。だが、それが良い。
高級な宿にして良かった。ティア様曰く、風呂も酒もこの宿以上のモノがある宿はそうそう無いらしい。何でそんなことまで知ってるんだろう?
高級宿なだけあって絡んでくる酔客もいないしな。
まあ、俺が兜だけ外して鎧姿のまま食事しているせいか、そもそも近くに客が寄ってこないしな。
この宿は金持ちばかりが泊まるから冒険者の格好をしている人間は少ない。
そう、少ないのだ。ゼロではない。
流石に、俺みたいに全身甲冑とはいかないが、それでも軽装の鎧を装備したまま食事をしている者も少なくは無いし、ローブ姿の者もそれなりに居る。
大体がパーティーごとに分かれているな。丸い机もパーティ毎に一つ、といったところか。
そんな中、一人で一つのテーブルを占領している俺には怪訝な眼差しが集中する。高級宿に泊まれる稼ぎがあるのに一人。普通ならパーティーメンバーと同じ宿をとるはずなのに、一人。
おまけに全身を甲冑で包むという目立つ出で立ち。この宿に出入りしていれば直ぐに噂になるだろに、これまではそんな話は無かった。
ともかく、この宿に泊まってまだ5日足らずだし、俺も鎧姿のまま食堂に来たのは初めてだ。今日だけにしよう、次からは鎧は着ないで食事しよう。
こんなことでザワザワと噂されても困るしな。うん、やっぱり全身甲冑での食事は今日限りで封印だ。
◆
御手洗 清 (セイ)
年齢16 男 LV45
称号:忘れん坊 迷子 魔獣殺し 戦女神の寵児 戦女神の信徒 冒険神の信徒
特殊:記憶喪失 適応補正 清めの手水 戦神の加護 冒険神の加護
魔眼:麻痺LV3 看破LV5 選別LV3 暗視LV4(神)
スキル
攻撃補正LV16 被ダメージ軽減LV8 回避補正LV12 欠損再生LV1 盾殴りLV6 戦場闊歩LV14 第六感LV4 操練魔闘法LV9(神)
魔法適正
・水属性(高)・光属性(高)・雷属性(中)・無属性(激高)・影属性(高)
使い魔:コアトル
◆
レベルも大分上がってきたし、スキルレベルも上がってきた。目下のところ、操練魔闘法のレベルを15まで上げるのが目標だ。
ティア様曰く、操練魔闘法は過去最高到達レベルで15レベルまでが最大記録だそうだ。
だから、当面はその最大記録に追いつけるように鍛錬しようと思う。
一先ず今日は、睡眠中も無意識に持続できる様にやってみる事にした。
◆
翌朝、身体全体を淡く発光させたまま起きた俺は、自分の右手を見ながらにやりと笑った。
肉体を練気功で強化し、皮膚を覆うように魔練気で全身を包む。そしてまとった魔練気を圧縮して防御力を上昇させる。
その状態のまま一晩、寝ている間も持続させることができた。ステータスの方も確認すると、操練魔闘法のレベルが10になっていた。
このスキルは、単なる出力の上昇だけではレベルが上がらないので、レベルアップが難しい。例え1レベルであろうと、上昇させるのが難しいスキルのレベルだ。もの凄くうれしい。
『これなら、ランクBまでであれば魔物が相手でも素手で戦えるでしょうね』
(おはようございますティア様。まだまだ精進しますよ!)
『次は鎧姿で一晩、ですね。無意識下で体表ではなく鎧に魔練気を維持するのは中々に高度な技術ですので』
少しおさらいしよう。
万物には魔力が宿っている。生物はその魔力を体に取り入れ、食べ物を消化吸収するように肉体に適合させ、吸収する。そうして生成されたエネルギーの事を『気』と呼び、生物の体に馴染んだ状態である。
翻って魔力は世界に満ちており生き物の体の中にも存在している。だが、大量の魔力は体に毒であり、耐えきれない量の魔力を体内に吸収すると中毒を起こす。
練気功は『気』を練り上げて肉体そのものを強化する。
魔練功は主に『魔力』を練り上げて体表や武具にまとわせて強化する。
どちらの場合でも、奥技として魔力と気を同時に練り上げ体と武具にまとわせる技がある。けれどその技は身体への負担が大きく奥の手とされている。
そこで我らがティア様の編み出したのが操練魔闘法だ。この技術の理論は至って簡単。気による肉体強化と魔力による強化をそれぞれ同時に行うというものだ。
そして言うは易く行うは難し。普通はそんなことできはしない。神授のスキルを授かっているからこそ可能な技術だ。そうでなければ難易度は跳ね上がる。
それでも、誰にでもできわけではないらしい。俺は、異世界に来た影響でチートっぽくなっているけれど、この世界の普通の人間には難しいのだそうだ。
事実、かつて操練魔闘法を15レベルまで鍛え上げたのは、異世界からの迷い人だったらしい。
それはもう強かったそうだ。Aランクの魔物も鎧袖一触、蹴散らすほどに。
かつて、この迷宮の最深記録の52階層まで到達した冒険者パーティーの一人だったそうだし。
ティア様の為にも頑張ろう。
ッポ-ン
何やら甲高い音が頭の中で響いた。これは恐らく・・・・・・
『私に対する信仰心が規定値を越えたため、あなたに授けた加護を強化します』
やっぱりか。でも加護を強化ってどう違うんだろう?
『能力の底上げや伸びしろの増加などですね。本来の才能の限界値から更に上昇できる様になります』
(それは凄い、俺の能力の伸びしろも上昇したんですね)
『そうなりますね。未だ潜在能力を出し切っていないのに・・・・・・』
(待望のAランク冒険者ともパーティー組む約束したし、頑張ります!)
『貴方の場合はソロでもいいと思いますが・・・・・・』
ともあれ、顔洗って朝飯に行こう。
◆
朝食を済ませた俺は、ギルドに来ていた。何か依頼が無いかパッと見て、目ぼしいものが無く嘆息する。
10階層や20階層での依頼はちらほらあるけれど、30階層から先は依頼が無い。仕方ない、依頼は諦めて昨日のドロップアイテムを買い取り窓口までもっていこう。
「すみません、買い取りをお願いします」
「かしこまりました」
アイテムボックスからオーガやハイオーガ、ダークオーガの角を四十本ばかり取り出し、更にミノタウロスの斧や角を重ね、最後にトロルの脂身を幾つか出した。
「申し訳ありませんが暫くお待ちください」
謝ってくるギルド嬢に鷹揚に頷いてかえす。
暫くして、ギルド嬢が買い取り金を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが買い取り額となります」
買い取り額は金貨13枚弱だった。これで所持金は金貨78枚超だ。
ホクホクとした気分で踵を返そうとすると。
「お待ちください、ギルド証の提示をお願いします」
俺は、
「ギルド証? 何でですか?」
訊ねながらギルド証を渡す。
その問いには答えず、失礼しますと言って奥に引っ込んでしまった。
また、暫くして。
「お待たせいたしました」
と、戻ってきた受付嬢はそう言いながらギルド証を返してきた。
「おめでとうございます。ランクアップです。単身でトロルを何体も狩れるほどの力があるのなら、充分にランクAに相応しい強さでしょう」
差し出されたギルド証は金色に輝いていた。




