5話
三人組を助けてから更に迷宮の奥深くを目指して階段を降りた。
この迷宮は何階層まであるのか未だによく分かってないらしい。何年も前に、かつて全員神の加護持ちの5人パーティーが52階層までは降りたそうだ。それよりも下の階層に関してはわかっていない。
今俺が居るのは24階層。一般的なランクC、ランクBの冒険者が主に探索している階層だ。神授の魔法や加護を授かっている人間ならもう少し下、――30階層くらいまで行けるとされている。
そこから先はランクAの領域だとされている。
冒険者も、ランクCまでは軽い信仰でも簡単に授かれる神授の魔法やスキルは同じようなものを授かっていることが多い。
だが、ランクBから上は加護をもっている者以外が上がるのは難しい。勿論、加護をもっているからと言って必ずしもランクB以上に上がれるわけでもない。
しかし、神からの加護はただ授かっているだけで能力値に補正がかかり、不可視の力で守られる。更に上へと成長できる特権を得ることができる。
時間をかけて鍛えれば、上へと上がれる切符。それが神の加護なのだ。
というティア様からの情報を想い出しつつ25階層へと続く階段を降りる。
どんどん下に降りているが問題無い。ティア様の見立てでは、俺の戦闘能力はランクAの冒険者に匹敵するとの事だ。
30階層から先はランクAの領域だと一般的には認識されている。
そんな30階層から先へ一人で挑もうとしている俺は他者から見れば自殺志願者にしか見えないだろう。
そして俺は、というと――
前方から迫るミノタウロスが大きな両手斧を振りかぶっている。
斧と体を魔練気で強化し、振り下ろされたミノタウルロスの斧の横腹に左手の斧をぶち当てる。
弾かれ、折れ砕けた斧が宙を舞い、体勢が崩れる。その隙に間合いを詰め、その顔面に右手のメイスをめり込ませる。
たったそれだけでミノタウロスは光の粒子に変わった。
迷宮蟻の大群が前からうじゃうじゃと迫ってくる。あと数メートルで接触、という所で右手を上げる。
「ライトブラスター」
眩い閃光が辺りを照らし迷宮の通路が光で溢れ、その光が収まるとそこに迷宮蟻の姿は一匹たりとも見当たらない。
気まぐれに変化する迷宮の内部は地図が意味を成さない。だから虱潰しに階段を探す。
全身鎧に身を包み、迷宮の奥深くへと歩を進める。
・・・・・・ふと、むしろ俺自身が彷徨う化け物みたいだな。と思った。
そんな風に思いながら階段を探す。神々の恩恵とはそれほどまでに強大で恐ろしいものなのだ。
普通は復路を計算に入れて進むものだがその点は大丈夫だ。冒険神グライジョル様の信徒となった者の多くは暗視の魔眼を授かることが多い。そして加護を得たものは、ワープポータルという魔法を授かることが多いらしい。
この魔法は特定の二か所をワープできる。人によってマーキングできる数が違うらしいが、この魔法、迷宮内にもポータルをセットできるのだ。
迷宮の構造は頻繁に変化するが、マーキングした場所は何故か通路や部屋のままで変化しても空間になっている。なぜ、スペースが保持されるか。それは神の試練場である迷宮は、あくまでも戦いの試練の場であるため、戦わずして死ぬことは無いのだ。その為、壁の中で窒息、などという事態は起こりえない。
って、ティア様が言ってた。
つまり、迷宮に潜る前に何処かにワープポータルの出口をセットしておけば、迷宮内の好きな場所から一気に迷宮の外に出られるということだ。
ところで、俺のアイテムボックスは一般的な空間魔法によるものではなく、無属性魔法による不思議空間の作成によって成立している。
無属性魔法で空間に干渉出来るなら、同じようにワープポータルも再現できるのではないかと試みた所、見事に成功した。
既に宿屋の一室にポータルをセットしてある。後は、迷宮から帰ろうと思った時に、ワープポータルを発動して宿に戻ればいいだけだ。
そんな気楽さで迷宮内を歩いて行った。
◆
現在31階層。相変わらずの加護無双で魔物を蹴散らしながら歩いていると。
『セイ、近くに私が加護を授けた者がいます。物見遊山で顔を見ていってはどうですか?』
またもやお告げになられた、我らが女神のユスティア様。
今日はよく人と関わる日だな、と思いながらも問い返す。
(どっち側ですか?)
『次の通路を右に、突き当りを左に。暫く歩けば戦闘音が聞こえると思います』
言われた通りに道を進むと、確かに人の気配がする。
真っ赤な硬い甲羅が特徴的な血潮マネキ8匹と戦っている。二人組の彼らは前衛の男性と後衛の女性に分かれている。
既に三匹程倒した後のようで、光が散っている。動きにも余裕が見られる。ただ、大変そうではあるな。
剣を持った鎧の男は素早く動き、攻撃を受けないようにうまく立ち回っている。だがローブ姿の見るからに魔法使いらしい恰好をした女性の方に三匹程迫っている。
めんどくさそうに精神を集中させるのを止めた魔法使いが懐から小剣を取り出した。
同じ女神さまから加護を授かっている好だ。面倒そうだし手伝ってやるとしよう。
「おい、面倒だろう。半分ほど引き付けるからさくっと倒してくれ。」
「ありがとう、多すぎてウンザリしていたところなんだ」
鎧の男が声を返してくる。
「助かるわ」
呟くような声だったがもう一人からも返事があった。
後衛に迫ってた三匹かたまっている血潮マネキを、盾を構えたぶちかましで吹き飛ばす。更に一匹を蹴り飛ばし二人から引きはがす。
最初に吹き飛ばしたうちの一匹が向かってきたので斧の一振りで真っ二つにした。
魔練気を使用すればこんなものだ。ランクBの血潮マネキぐらい簡単に倒せる。
ただ数が多い。これじゃあ二人パーティーには面倒でしょうがないだろう。見た所、動きからして二人ともランクはB以上だろうし。この程度の魔物に後れをとる事はあるまい。
「火炎斬!」
早速剣士が一匹斬り伏せた。
「ボルテクス!」
大きな雷の渦が3匹の血潮マネキを葬り去る。
そしてこちらを向いた剣士が――
「丁度いい、下がれ!」
と叫んだ。
残り三匹の血潮マネキを壁際に追い込んでいた俺は、声に従って後退する。
「レイブラスター!」
俺の胴まわりほどの光の柱が、壁際で一列に並んでいた三匹の血潮マネキをまとめて貫き光の塵へと変える。
恐らく、俺と同じく授かった神授の魔法だろう大技をくり出した二人の方に向けば、余裕そうな笑みがかえってきた。
◆
「いや助かったぜ、まさか十匹以上の魔物が一度に出てくるとはな」
「危うく、苦手な接近戦をしなくちゃいけなくなる所だったわ」
ぼやく二人を慰める様に。俺が駆けつけた理由を教えてやった。
「なぁに、これも女神さまの導きさ。ユスティア様がこの場に案内してくれたんだしな」
そう言うと二人はとても驚いた顔をした。
「俺たちを助けろって信託を受けたのか! これは帰りに神殿に寄らないといけないな」
「私も。戦女神さまに感謝の祈りを捧げないといけないわね」
「自己紹介がまだだったな。俺はセイ。数日前に迷宮都市に来たばかりだ」
そう言って俺は右手を差し出した。
「俺はレンドだ。俺もユスティア様から加護を授かっている」
そう言って手を握ってくる。
「私はヤミーよ。因みに私たちの冒険者ランクはAよ」
言いながら小剣をしまうヤミー。だが、その小剣には見覚えが・・・・・・
「ああ、あんたらがダウソの番を討伐したランクAの冒険者か。二人連れだったんだな。パーティーって聞いたからもっと何人も居るかと思った」
俺は得心がいった、というように頷く。
と、今度は懐からギルドカードを取り出したヤミーが取り出したカードを見せながら。
「はい、証拠のギルドカードよ。冒険神グライジョル様の加護持ちの魔法使い」
そう言いながらギルドカードの紋章部分を見せてくる。お墨付きの証の杖マークも印されていた。
と、今度はレンドがギルドカードを取り出し――
「俺はお前と同じユスティア様の加護をもっている剣士だ」
言いながら、やはり紋章を見せてくる。紋章は俺と同じだがお墨付きマークは剣の紋章だった。
どうやら、敵意が無い証拠としてギルドカードの提示をしなくてはいけない流れになっているようだ。
「俺はセイ。ユステイア様の加護を授かっているランクCの冒険者だ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
二人は絶句している。
「おい、どうした?」
呼びかけてみるも反応が鈍い。
「どうしたって、お前、Cランクなのかよ? 俺たちとそう変わらない強さだろうに。きっと同じAランクだろうと思っていたのに・・・・・・」
「そうよ、魔練気も使いこなしていたし、現に血潮マネキを軽々と真っ二つにしてるたじゃない」
困惑しながらそう言ってくる二人に、苦笑いを返しながら。
「冒険者になってから十日足らずなんだ。これでも異例のランクアップだったんだよ」
そう言って苦笑いし続けるしかない俺だった。




