9話
この村についてから4日が経った。朝日を見ながら感慨深く思う。特に長く居るわけでも無いが、そろそろ迷宮都市の方に移ろうかとは思う。一生安泰な額を稼ぐなら、やはり迷宮だ。
ティア様の受け売りだが、迷宮は神が与えた試練の場であり、変動と繁栄をもたらす為に造られたとのことだ。
ここから迷宮都市までは、馬で半日もかからないらしい。なら、徒歩でも一両日中には着くだろう。
こっちの世界ではカットシャツの上にガントレットなんて俺ぐらいだろう。しかもデニムの上からグリーブだ。シャドウウルフのロングコートで身を包んでいるのであまり目立たないが、中々に珍妙な格好だ。
ダウソの森は深部にダウソの群れがいるからこの名がついたらしい。試しにランクB魔獣がどんなもんか戦ってみてもいいかもしれない。ティア様の見立てでは大丈夫だそうだし。
そう思いながらも練気功を続ける。朝晩の日課にしようと思っているこれを、考え事をしながら無意識の状態で維持できるようにしたい。
やがて、じっとりと汗ばんだ体に不快感を覚えてピュリファイの魔法を唱えた。この魔法は何かを浄化するための魔法だ。毒や不浄な水、汚れや垢にさえ有効な万能の魔法だ。
どうやら錬気功を使っている間は代謝も上昇するらしい。
考えるだけで怖いが、指とかが欠損して、欠損再生と併用したら生えてくるのかね? 怖すぎてスキルレベルを上げる為にわざと腕を落としたりは出来ない。
取りあえず、ギルドに行こう。
柱でフリーミッション|(ランクフリーの依頼。勝手にそう呼んでる)を物色しつつ、周りの様子をうかがう。
中々強そうなメンツが居ないなあ。いたらパーティーに誘うのに。
今日も一人で依頼と行きますか。誰はばかることなくティア様と話ができるし。
なんだ、そんなに悪くないじゃないか。ティア様可愛いしな。全力で信奉しますとも。
『私の可愛い信徒よ』
(ティア様。おはようございます。)
『おはようございます。貴方の私に対する敬愛が一定値を超えたので使い魔を授けましょう。ギルドに使役獣登録なさい。』
という言葉と共に目の前に球状の呪文の帯の集合体が現れる。
一瞬後には光は弾け、中から・・・・・・
「きゅー」
という可愛らしい鳴き声と共に翼の生えた蛇が現れた。羽ばたきも無しに浮いているあたり羽は飾りかもしれんが。
「きゅっ」
と小さく鳴くと、頭を下げた。何だか挨拶されているようだ。
「あ、こちらこそよろしく」
「きゅ~♪」
思わず頭を下げ返す。と、蛇は満足そうに鳴いて、俺の懐に潜り込んだ。
周りはざわざわしてる。そりゃあそうだろう。けど、取合えずティア様の言うとおりギルドに登録しておこう。そういや自分の事で一杯で、周りに目を向けることって少ないな俺。
「あの、使い魔の登録いいですか?」
「か、かしこまりました」
受け付けてくれた人はなぜか顔が引きつっている。いや、なぜも何もないか。
いきなりギルドの中で召喚だ、何やってんだこいつと思われているだろう。無理も無い。この世界での召喚がどういったものかは知らないが、街中や屋内で唐突に行うものではないだろうし。
登録が終わるとそそくさと逃げる様にギルドを後にした。
いそいそと村から出て、ダウソの森へと足早に歩いてきた。アイテムボックスから出したメイスと鋼鉄斧を腰に差し、森の中に踏み入る。
そうだ、先に使い魔となった蛇のステータスを確認しよう。
◆
・ブレススネーク 311歳
光線を吐く蛇。大きさは普通の蛇と大差ないが翼をもち、ワイバーンすら撃ち落とす。
輝く吐息の異名で呼ばれる。
特殊:神の僕
◆
マジでどっかのラノベみたいだな。
もういいや。深く考えるだけ無駄だろう。もう全部、ティア様スゲーで解決だ。
何でも良いけど、名前を付けてやらんとな。
「まあ、コアトルが妥当だよな」
翼の生えた蛇なんぞ、他に呼び名は無いだろう。
「よろしくな、コアトル。普段はコアって呼ぶから」
「キュー」
襟元から顔を出して頬にすり寄ってくる。何て可愛い奴だ。ティア様マジグッジョブ。
空に向かって力強く握り拳を作り、そして親指を立てる俺。どこかから喜んでくれて幸いですと声が聞こえた気がした。
ともあれ。もうそろそろ森に入っていこう。
突然だが、ソースネークという魔物がいる。背びれの生えた蛇で、その背びれが糸鋸の様になっている。鋭利な鋸刃なので、そのまま糸鋸として使うのに適している。
ただし、ソースネーク自体はランクCの手強い魔獣だ。駆け出しの冒険者では狩れないし、大きさは2~3mで太さは人の胴まわりほどもある。
結果、高級大工道具として世に広まった。そのソースネークが・・・・・・
「しゅるしゅるしゅる」
か細い擦過音を立てて縮こまっている。何故かって? コアトルに怯えてだ。
「きゅー?」
キュボッと音がして細い光線がソースネークのどてっ腹に突き刺さる。
ソースネークはそれだけで吹き飛んでしまった。その後ろの大木と共に。
「ぬおぉぉ!?」
大木が倒れて来た。やっぱり俺の方に。
アイテムボックスにまた一本木が増えてしまった・・・・・・
いや、使い道が無いとは限らないしな。城の防衛戦とか。
それにしても変だな? 俺のアイテムボックスはまだ不完全な魔法だから、収納した内容物の分の重量がそのまま全身に負荷として掛かる筈なんだが・・・・・・
ティア様の斧の御蔭だろうか? 今の所思い当たるのはティア様の加護くらいか? あと、なんで消し飛んだはずのソースネークの背びれがドロップするんだ? どこから出てきたのかが謎だ。
なんにせよ、問題が無いなら別にいいか。そろそろ森の深部に入るし。気を引き締めないと。
「きゅっ」
コアが短く鳴いて警戒を促してくる。何か危険な魔物でもいるのだろうか。
視界には木や草しか見えないし、看破使ってみようかな。
◆
<ダウソキング>
ダウソリアムの変異上位種。透き通った一本角からは電撃が、口からは炎が発される。森の中の場合群れを率いていることが多い。ランクはB。
◆
「は?」
視界には緑ばかり。だが視線を下げるとそこに、いた。全然キリンじゃなかった。首を横に伸ばしたトカゲみたいな首長竜だった。もっとちゃんと調べとけばよかった。
「ぐるるる」
ダウソキングが唸った。くるか!?
こなかった。後ろにいたダウソの群れが引き返していく。ダウソキングはこちらを――いや、コアトルをにらんでいる。
これはあれか、殿的なあれか。ここは俺に任せてってヤツか。そんなに決死の覚悟をされてもな・・・・・・
別にとって食おうという訳でもなし、そのまま逃げてもらって構わない。
「うおっ!」
慌てて後ろに跳ぶ。木にぶつかったが、そんなことはどうでもいい。いや良くない。ダウソキングがいきなり噛みついてきやがった。木が邪魔だ、うまく避けられない!
二度、三度と跳び退り、木にぶつかり、ぎりぎりで避ける。が――
「くそっ」
木の根に足を取られて無様に転んでしまった。万事休す。
「きゅいっ」
カッ、と辺りが眩い光に照らされ、キュボッという音と共にコアがブレスを吐いていた。俺のシャツの襟から顔を出し、軽く一発、という風情で(この時の俺にはそう見えた)ダウソキングの胴体に風穴を開けていた。
「ぎぎゅうっ!」
最後に一矢報いんとダウソキングの角が、白い電撃を帯びて白く染まる。
それを見た俺は、慌てて――
「ぅおらあぁっ!」
無我夢中で跳びかかりながら右手の斧でダウソキングの頭をかち割っていた。




