表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命の死音  作者: 雪ノ音
2/2

冬の風

 実を言えば、うちの家に来る前に医者からは体が弱い為、長生き出来ないかもしれないとは言われていた事だった。

 しかし餌を変えた事により、リンクに多少の体調の改善が見られ始めた。

 これが心配する必要がないのかもしれないと楽観を生み出した。

 実際にあの事件がなければ、今も隣で寝そべっている姿を見る事が出来たのかもしれない。


 過去――


 私の住む所は冬には白い絨毯に包まれる、寒い地域だった。

 ただし、今年は肌を舐めるような体温を下げる強い風は多いのだが、例年見られるはずの空からの白い落し物はない。

 子供頃はそれを見れば、天使が舞い降りたようにはしゃぎ回り、冷たい筈のそれを火照る体で遊び道具変えたものだ。

 逆に大人になれば面倒な物へと見方は変わり、外が白くならない事に安心感を覚えてしまう。

 これが一つの油断に繋がったのかもしれない。



 あの日、誰も慎重さなど持ち合わせていなかった。

 いつものように出かけようと家族が玄関を開けた時に、彼は隙を突いたのだ。


「あっ! お母さん! リンクが出てっちゃったよ!」

「えっ! あらぁ……、もう仕方がないわね。夜になれば帰ってくるでしょ。大丈夫よ」


 外に出れば必ず命を落とすわけではない。今までの猫はみんなが自由に出入りしていた。その毎日の中で不慮な事故に合っていただけだ。


「たまたまの一日で事故に合うはずがない」


 みんな、そう思っていたのだ。


 その楽観が心配に変わったのは日が沈んだ後。


「おかしいね? なかなか帰ってこないね。まさか道に迷うなんて事があるわけがないと思うんだけど……」


 犬ほどではないとはいえ、猫だって嗅覚には優れている。

 もし迷っても帰ってこれなくなるなんてことは、まずない。


「うん……。大丈夫じゃない? 朝になれば帰ってくるよ」


 猫は夜行性である事は誰でも知っている事だ。

 疲れれば朝には帰ってくると違和感もなく、その言葉をみんなが受け入れていた。

 きっと心配するまでもないと。

 

 ただ、その状況が変わったのは深夜になってからだった。

 近所の小屋のトタン屋根が風に煽られて、擦り合せているような金属音を鳴り響かせ始めた。

 例年ならば、この風に白い物が混ざり、吹雪と言われる現象を引き起こすほどの強風。

 しかし今年は雪が混じらない。知らない人にしてみれば、風だけなら問題がないと思える天候。

 実はそれは結構、冬の時期には厳しい天候なのだ。

 

 吹雪と呼ばれるものは空には雲がかかる為に見た目以上に寒くないのだ。本当に寒いのは空に雲のない夜。

 今がその状態であり、そこに強風が紛れ込んだ天候。

 それは外に生きる動物にとっては、自然の厳しい厳しい環境。

 つまりは家の中で育ったペットならば、最悪の状況を迎えた事になる。


 太陽が昇りきる前に家族は起き始める。

 この時期に朝日が見えてくるのは家を出る時間に近い。時間的に外はまだ真っ暗だ。


「おかしいね。リンクはまだ帰ってきてない」

「大丈夫かな?」


 家族の間の心配は昨夜よりも強くなっていた。


「母さんっ! トイレの水道が凍っちゃってるよ!」


 トイレからの家族の声に母と私は視線を合わせる。


「ちょっと、近所を探してくるわねっ!」


 母は着る物もほとんど着ないで、慌てて外へと出て行った。

 私も家の周りを中心に探し始める。


「リンクー! いないのー!?」


 私の声に返ってくるのは、冬の冷たい風の流れる音だけだった。


「この寒さはさすがにまずいかも」


 この時には心配は危機感へとレベルを上げられていた。「どこかで倒れているのではないだろうか?」「既に凍死しているのではないのだろうか?」と。


 それ対しての答えは、返ってきた母の腕の中にあった。


「探し回っていたら、いつの間にか後ろを着いてきていた」

「良かった……。無事だっただね」


 そう。この時は無事に帰ってきたと安心が心を満たしていた。

 気になった事と言えば、少々元気がないような気がするくらいだったが、家に入って餌を食べると何時もの様に走り出したので「もう大丈夫なんだ」「いらない心配だった」と家族は思っていた。


 ただ数時間後に様子は一変した。

 リンクはトイレに入って出てこないのだ。


 5分、10分、20分。

 さすがに異常を感じ始めた。


 様子を見ようと近寄った時に、リンクの足元に広がっていたのは赤い何か。


「母さんっ! 大変っ!」


 私と母はそれがリンクの尿である事を直ぐに理解した。


 そして、ここからが長い1週間の始まりだった。


 現在――


 私の横で甘えるように喉を鳴らすリンクにしてやれる事は、温めるように撫でてやるくらいだった。

 動けなくなってからは動物用のオムツを穿かせて、トイレに行かなくても大丈夫なようにしてある。

 それは効果があるとは実際には言えない。

 何故なら3日前から既に何も口にしないからだ。

 あれほどあったはずの体重は2キロを切っていた。


「軽くなったね。お前」


 その声に応えようとする様に頭を持ち上げようとするリンクに「無理しなくてもいいよ」と頭を撫でてあげた。

 リンクには、もう少しだけ時間が残されていそうだ。


(私はその時間で何をしてあげられるのだろう……?)


 最後の夜は私にとっては悲しみを堪える、長い夜となったのだった。

最後の日に写真を撮ってあるのですが、これも張り出すべきなのか悩悩みどころです。

答えはいずれ出すつもりではありますが、難しい問題ですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ