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よくある行事で…よくある恋愛で…

よくある行事で…よくある恋愛で…(美鳥編①)

作者: 吉田灯冶

今まで読んでもらった方には分かると思いますが、「よくある行事で…よくある恋愛で(体育祭)」からの分岐になる作品です。よろしかったら、そちらから読んで頂けると分かりやすいと思います。


※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。


 行事が終わってから、数日経ったある日のこと。

 谷原蒼たにはら そうの耳にはある噂が入ってきた。

 美鳥みどりが告白されたという噂だ。

 誰かが告白されるということはよくあるものだと思っている蒼にとって、そんなことは興味がなかった。学校というのは出会いの場所でもある。だったら誰が誰に告白しようと構わない。節度ある交際が出来れば、それでいいのだ。

 それが自分の姉である美鳥であったとしても…。

 美鳥を彼女にすることが出来れば、その彼氏は本当にラッキーだと、蒼は思う。

 なぜなら生徒会長でもあり、家の家事はほぼパーフェクト、それに容姿端麗だと思うからだ。姉弟きょうだいの視線を除いた目で見ても。

 しかもビッグイベントのクリスマスも近いことを考えると、告白が増えてもおかしくないだろう。

 ただ、今回は蒼にとっても予想外だったのが告白したのが親友である赤井淳あかい じゅんということ。

 いくら親友だからって告白しちゃいけないことはなく、もちろんバンバンしてくれと蒼は思っている。

 何が問題なのかというと、美鳥の告白の返事が『OK』をだったらしい、からだ。

 あくまで噂なので、その確証はない。

 どこから流れた噂なのかも。

 だからこそ、蒼は淳と少しだけ話しにくくなっていた。

 今までは自分の姉だからこそ、甘えられていた部分もあった。もし彼氏が出来たら、その甘えを少しずつ減らさないといけないと考えている。その相手が親友だと気の緩みから、美鳥は自分のものみたいな態度が出てきそうで怖かった。

 だから淳とは少しだけ距離を置くようになった。

 そのことに対して淳もなんとなく分かっているのか、何も言わずにいてくれた。

 しかし、いつまでも逃げているわけにも行かない。

 だから蒼は、淳を放課後、屋上に呼び出した。

「なんだよ、話って」

 淳は夕暮れに染まった屋上に来て、開口一番そう言った。

 淳の顔には緊張した様子もなく、それどころか今までに見たことがないぐらいの余裕がありそうに見えた蒼。でもそれは、きっと気のせいで、自分が軽く嫉妬しているから、そんな風に見えるのかも知れないと思うことにする。

「呼び出した理由を一番知ってるのはお前だろ」

「あー、あの噂のことか」

「あの噂以外、お前と何について語り合えばいいんだよ?」

「小説のネタ」

「悪いが、この展開すらも十分ネタになってる気がするが?」

「おぉ、確かに! メモらせろ」

「気付くのが遅ぇし、何よりもメモらせるかよ!」

 蒼はポケットからスマホを取り出し、メモろうとする淳の手からスマホを奪い取り、その行動を阻止。

 やっぱり普段となんら変わらない淳にちょっとイラッとした。

 奪われたスマホのせいで手持ち無沙汰になった淳はそれをポケットに入れて、そのことについて話し出す。

あおさ、なんでそんなムキになってんだ?」

「いや、別になってないけど?」

「告白したのが俺だからか?」

「だからなってないって言ってるだろ!」

「その割には余裕がないな」

 淳の指摘は的を得ていた。

 そのことは蒼も自覚している。

 今までは美鳥が誰に告白されようが気にしていなかった。

 それは美鳥がその場で振っていたからだと思う。あのブラコン気味の美鳥が簡単に他人の誰かと付き合う想像が出来てなかったあるというのもある。

 だから余裕なんてものがあるはずがなかった。

「噂が本当かう――」

「本当だよ。俺が告白したのは」

「そっか、本当だったか」

「ただ返事は保留だったけどな」

「保留!?」

 蒼は淳のその発言に驚いた。

 美鳥がまさか保留という選択肢を選ぶと思わなかったからだ。基本的に答えは『はい』か『いいえ』で選ぶほど対人関係がはっきりしている。他人に期待を匂わす発言はしない。だからこそ付き合っているという噂よりもこっちの方が驚きだった。

「なんか気持ちに整理がつかないんじゃないか? 今まで蒼しか見てなかったみたいだし。ま、お前と一緒にいるように俺とも同じぐらい一緒だったからな」

「いや、それはそうだけどさ」

 蒼はその言葉を聞いて、その通りだと思った。

 淳と自分が友達になった時期が一緒と言うことは美鳥とも同じ時期にある。異性だからこそ、ずっと一緒に遊んでいるわけではないが、美鳥からしても淳を親友と呼べてもおかしくない。

 だから保留にしてもおかしくないか、と改めて考え直す。

「そういうわけであの噂は半分本当で、半分は嘘だ。別に俺が告白したことは嘘じゃないし、それはそれでいいかなって思ったから、訂正しなかったんだよ」

「別にいいさ。単純に本当なのか、どうなのか知りたかっただけだし…」

「ふーん」

 淳の言い方が自分の言うことを全く信じてないような言い方だったことに蒼は気付く。

 今回ここに呼んだのは、その真偽を確認するためだけなので、何の含みもないはずなのに、淳の反応が少し引っかかる。

「まぁいいや。俺はそろそろ帰る。忙しいんだよ、小説を書くのが」

「お、おう。悪いな、時間を奪って」

「それはいいけどさ。前みたいに俺に絡めよな?」

「え? そんなに絡んでなかったろ? お前が絡むことがあっても」

「そういうことじゃねーよ」

「分かったよ」

「じゃなー」

 淳はそれだけ言い残して、屋上から去った。

 屋上に一人残された蒼は肩の荷を一気に下ろす。

 噂のことで今まで緊張していた自分がバカらしく思えた。もうちょっと早く聞いておけば良かったと反省しつつ、淳が美鳥と付き合えるように応援しようと考えた。

 美鳥には幸せになって欲しいと思ったからだ。

 今までは生徒会長として一生懸命にやってきた分、それだけの幸せがあってもいいはずだから。何よりも淳となら、お互い気心が知れているので、衝突することも少ない。

「お節介でもするか」

 そう呟いた時に一瞬、胸に痛みが走った。

 激痛というわけではなく、針がちょっと刺さるような感覚。

 一瞬だったので、よく分からなかったがちょっと待ってもその痛みが再び走る様子はなかったために、気にしないことにして、自分も帰宅することにしたのだった。




 蒼はその日の夜に美鳥の部屋に訪れることにした。

 もちろん訪れた理由は美鳥と淳をくっつけるためにお節介を焼くためだ。

 あの噂が立ってから、蒼は少しだけ美鳥とも距離を取ってしまっていた。

 その美鳥は普段と全く変わらない様子で、自分に接してくれた。だからこそ、恩返しがしたいと思ったのだ。

 たぶん返事を保留にしているのも、淳のことが嫌いではないからなのだろう。その後押しぐらいしてあげないと…、となぜかそう思ってしまった。

 ただ一つだけ蒼にとって残念なことがあった。

 それは返事を保留にしているのなら、そのことを自分たちに言って欲しかったということだ。妹であるももは反対するかもしれないけれど、少なくとも自分は反対しない。反対する理由もないからだ。

 夕食が終わってから、蒼は美鳥の部屋の前に来ると、

「おーい、みーちゃん入ってもいい?」

 そう言って、蒼はドアを二回ノックした。

「あー、ちょっと待って」

 蒼の返事が聞こえると慌ててドタバタとしているのが聞こえた。

 間違いなく自分が来ると思ってなくて、散らかしていたのだろう。そのため慌てて片づけをしているのが分かる。

「時間がかかるなら出直すけど?」

「あ、だ…大丈夫!」

「え、そう?」

 美鳥が勢いよくドアを開けて、蒼を招き入れる。

 美鳥の額には少しだけ汗の粒が見えたが、それは見なかったことにした。

 もちろん、部屋は綺麗だった。

 綺麗になっていたというのが正確な言い方なのかもしれない。

「俺が来たからって、こんなに部屋を綺麗にしなくても良かったんじゃ…」

「綺麗にしてたんじゃなくて、服を出してたから片付けてたの!」

 失礼なことを言う蒼に対して美鳥は顔を膨らまして講義した。

 言い分はこうだ。

 男と女では掃除の意味合いが違う。異性が来る場合はそれなりに綺麗にしておきたい。もし来るのなら、最初に言ってくれていたら、服の片付けは後回しにした。

 そう言われても、蒼には女性の気持ちは分からないので、戸惑った返事を返すことが限界だったのだが。

「そんな服を撒き散らしてたぐらいで気にすることないって。みーちゃんの下着とか見ても欲情しない自信があるし!」

 自信満々に蒼は言い切る。

 それが美鳥の逆鱗に触れるとも知らずに。

 その後、蒼が美鳥に一時間正座で説教されたのは言うまでもない。

「それで用事って何?」

「ちょ、足が痺れて…ちょっとだけ待って」

 説教が終わった後、改めて美鳥が蒼に尋ねた。

 しかし、蒼は情けなく、美鳥のベッドに腰掛けつつ、足をマッサージをした。

 美鳥に説教されてる間は絶対に足を崩してはいけないことが谷原家(兄妹のみ)の暗黙の了解となっているため、痺れようが痛もうが我慢するしかない。そうでもしないと反省してないと思われてしまうから。

「もう、変なことを言うそーちゃんが悪い。宿題まだ終わってないのに…」

「悪かったよ。でも嘘じゃないぜ?」

「また説教するよ?」

「ごめんなさい」

 美鳥の目に怒りが見えた蒼は素直に頭を下げた。

 これ以上の説教は勘弁してもらいたい一心で。

「っと、あの噂のことだよ。そのことでちょっと話があってさ」

「……」

 その瞬間、美鳥の空気が変わったことに蒼は気付いた。

 まるでその話をされたくない。

 止めて欲しいというほどのピリピリとした感覚。

 怒っていた目もすでに悲しみに濡れたようなものになっている。

 なぜか分からなかったが、それでも蒼は振った側なので止めれなかった。

「淳に聞いた。淳に告白されて、それで保留にしたんだって?」

「うん、その通りだよ」

「それってなんで?」

「え、どういうこと?」

 美鳥には蒼の言っている意味が全く分からないという表情を浮かべた。

(まるで保留にしてはいけないのだろうか?)

(何かまずいことでもしたのだろうか?)

 そんな不信感みたいなものが美鳥の心から浮かんでくるのが分かり、蒼は慌ててフォローを入れる。

「あ、いや、そんな深い意味じゃないよ。ほら、いつもはその場ですぐに断るのに今回はなんでかなって思っただけ」

「…そーちゃんと同じで、私にとっては赤井くんは親友みたいなものだから、簡単に答えなんて出せなかっただけだよ」

「そっか。でも悪い奴じゃないんだし…付き合ってやってもいいんじゃね?」

「え?」

 蒼の何気ない発言に美鳥は耳を疑ったように驚いた顔を浮かべる。

 今の発言に対して、美鳥は蒼が本当にそう思っているのかと信じたくないような表情。

 そして次の瞬間に美鳥の中の怒りが爆発した。

「そーちゃん、それ本気で言ってる?」

「え?」

「だから付き合ってあげればいい、って本気で言ってる?」

 美鳥の声が今まで聞いたことがないぐらいの低さになっていた。

 蒼はそのことに気付いた。

 でも何に対して怒っているのか、見当がつかない。ただ、淳と美鳥が残りの学校生活を幸せに過ごせればいいと考えていたから、そう言っただけなのだ。悪気があって言ったわけではないのに、なんでこんな軽蔑するような言い方をされなきゃいけないのか分からず、蒼も釣られるように口調が低くなる。

「保留が珍しいから、実は好意があるのかなって思っただけだろ? なんでそういう風な解釈になるんだよ?」

「じゃあ私は保留したらいけないの?」

「そういうこと言ってるわけじゃないだろ! 意味が分かんねぇよ! 俺たちのことをよく分かった淳が告白したんだから、その気持ちに応えてやってもいいんじゃないかって話だろ?」

 美鳥の言い方がなぜか蒼は気に入らなかった。

 なんでこんな風になってしまったのか分からない。

 ただ自分は二人のために頑張ろうと思った。

 お節介だというのことははっきり分かっている。それでも淳は親友で、美鳥のこともよく知っていて、美鳥も淳のことをよく知っている。だからこそ美鳥を任せられるのは淳しかいないとも考えた。なんでその気持ちが美鳥には分からないのか、不思議だった。

「もういいよ、話すこともない。今のそーちゃんとは話したくもない! 出て行ってよ!」

「ちょっと待てよ! 最後まで人の話利けよ!」

 美鳥は無理矢理、蒼の腕を引っ張りながら立ち上がらせると部屋から押し出そうとした。

 蒼はそれに対して拒否しようと思ったが、美鳥が本気で嫌がっているのが分かると押されるがままに部屋を出た。

 それでも外で必死に呼びかけ続けた。

「ちゃんと俺の話を聞けよ! みーちゃん!」

「私は忙しいの!」

 美鳥はそう言ったきり、無言を貫く。

 本当はもう少し粘ろうと思ったが、桃が出てきて気にし始めたので、蒼はその日は諦めることしか出来なかった。



 

 あれから一週間経つが、蒼と美鳥は改善されていない。

 蒼が話しかけても美鳥はほぼ無視することで衝突を回避するようになっていた。

 だから蒼はそのことが寂しくなりつつも、今頃になって自分が余計なことをしたということに自虐の念を覚える。

 それも後の祭り。

 学校でも二人の仲が悪くなったことで、蒼はからかわれることも多くなっていた。

 あの噂のせいで。

 あの噂のことも淳と美鳥は否定するつもりはないらしく、今までと同じように毎日を過ごしている。

 だからこそ蒼も余計な口を突っ込まず、ただ毎日を必死に生きているという状態になっていた。

 そんな時のこと。

 帰宅途中に佐藤恋さとう こいに呼び止められる。

「ねぇ、なんで最近、そんな落ち込んでるの?」

「なんでもないよ」

 蒼は恋を無視しようと思ったが、無理矢理公園に連れて行かれると強制的にベンチに座らされる。逃がさないように蒼のカバンは恋を間に入れた反対側に置かれた。

 蒼にはなんでこんな風に恋が自分のことを気にかけてくるのか分からない。だからどう話を切り出せばいいのかも分からなかった。

 その間も公園では子供が元気に走り回っている姿が蒼の目に入る。

 ぼんやりと、あの頃は楽しかった。

 そんなおっさんくさいことを思ってしまう。

「今回、私が話しかけたのは理由教えてあげようか?」

 恋が話を進ませるように蒼にそう聞く。

 蒼は「うん」としか頷くことしか出来なかった。

 去年の今頃、恋も同じように落ち込んでいたことがあった。それも今回と同じように悪い噂と共に。

 その時に蒼が普段と変わらない様子で話しかけてくれたことが嬉しかったから、今回はその恩返らしい。

 そのことを蒼はすっかりと忘れていた。

「そんなこともあったな。でもあの時は友達って理由で話しかけに行ってただけだから、深い意味は無いんだぜ?」

「知ってるよ、見返りなんて最初から求めてなかったじゃん」

 恋は蒼に微笑んだ。

 今までに見たことがないぐらいの優しい顔に、蒼はちょっとだけ見惚れてしまった。

 心の中に出来ていたような氷山が一気に溶けたぐらいに胸が熱くなった。それでも何か違う気がした。自分が見たいのは恋じゃないのは分かっている。

 その笑顔が見たいのは……。

「寂しいんでしょ、谷原さんが赤井に盗られて」

「ん、それは違う。保留って状態らしい」

「あー、やっぱり? そうじゃないかとは思ってたけどさ」

 なんとなく恋は分かっていたらしい。

 この際なので、蒼は全部話すことにした。

 今さら誰か一人話したところで、美鳥との仲が元に戻るのは自分がする役目なのだ。元から誰かに頼るつもりはないけれど、誰かに話して少しでも気持ちが楽になるのなら、それで構わないと思った。

 こうして蒼は美鳥との間に起こったことを恋に話し終わる。

 恋は呆れたような表情で盛大にため息を吐く。

「あのさ、なんでそんなことしたの? あ、でも自覚してるから余計に厄介か」

「んー、なんでだろ。そうしなくちゃいけないって思ってしまった…からかな?」

 恋に指摘されて、蒼は自分の心に問いかけるが答えは思い浮かばない。ただあの時はそうしなければならないような感じがしたからそうしてしまっただけのことなのだ。

 恋はまたわざとらしくため息を吐く。

 そして蒼を睨んだ。

 ただ怒り方が本気で怒るというよりも子供を叱り付けるような感覚を蒼は感じた。

「これは重症だね。というか鈍感ってレベルを通り過ぎてるよ。今日家に帰ったら、妹さんにでもその話をしてみればいいと思う。むしろ話してね」

「理由が分かるなら教えてくれてもいいだろ?」

「あいにく、私もそこまでお人好しじゃないからさ。それにこれって身内の問題なんだから、自分たちで解決しなきゃね」

「分かった。でも少しだけ気は楽になったかな。ありがとう」

「それだけでも良かった。学校であんな辛気くさい顔されたら、近くにいる私まで気になるからさ」

「そっか、サンキュー」

 蒼は恋が自分の気持ちの何かに気付いているということが分かった。だが、そのことについて言うつもりは全くないらしく、恋はベンチから立ち上がる。

 もう話は終わりだということが伝わり、蒼も同じように立ち上がり、自分のカバンを掴む。

「あー、そうだ。今後のために言っておくけどさ、もうちょっと自分に素直になったほうがいいよ?」

「どういうこと?」

「そのうち分かるよ」

 恋はそう言い残して、通学路に戻る。

 この会話が終わったということが蒼には伝わったが、さっきとは別の心に何かモヤモヤしたものが残っていた。




 その日の夕食後に蒼は恋に言われたように桃の部屋に訪れた。

 美鳥の時の同じように桃は蒼が尋ねてくると思っていなかったようでびっくしした反応をしていたが、美鳥とは違い、部屋の掃除をする時間は取らずに蒼を部屋に招き入れる。

 部屋に入った瞬間、蒼は我が目を疑うことしか出来なかった。

 自分の部屋よりも酷い荒れ方。

 机の上にはペンが放置してあり、床の一部分には洋服と下着が重ねて置いてある。それが洗い立てなのか、それとも着終わったもので処分するものなのかさえ分からない分、どう注意したらいいのか分からない。

「お前さ、もうちょっと部屋を綺麗にしろ」

「えー、面倒だからやだ」

「少なくともみーちゃんは俺が前に行ったときには、綺麗にしたぞ。これよりは酷くない状況だったと思うけど」

「お姉ちゃんはお姉ちゃん! 私は私! それにさ、この状態から綺麗にするって時間かかるから出直す?」

 悪気もなく、綺麗にする気もなく、我が道を行く妹に対し、蒼はもうこれ以上、部屋に対してのツッコミをする元気がなくなった。つっこんだとしてもきっと桃は言うことを聞かないことが目に見えていたからだ。

 自分の部屋じゃないから、もういいや。

 そう思って、桃の部屋の汚さについては目を閉じることが今の精一杯頑張れることだ。

「それよりも話って何?」

 桃のこの言葉で、この部屋に訪れた理由を蒼を思い出す。

 忘れていたわけではない。

 ただ部屋の汚さに対して、圧倒されてしまっただけなのだ。

「みーちゃんのことだよ。最近、俺に対して冷たいのは知ってるだろ?」

「ああ、それね。それはちゃんと気付いてるよ」

「それについてどう思ってるかってことだ」

 あえて蒼は美鳥に対してのやってしまったお節介については触れず、意見だけ聞いてみることにした。

 あくまで予想の話だが、きっと桃も恋と同じような反応をすると思ったからだ。

 桃に怒られることは怖くないのだが、ちょっとだけ現在いまの二人の状況について、どう思ってるか気になった。

 桃は唸るように考えて、ようやく口を開ける。

「お姉ちゃんらしくない拗ね方だとは思ってるけど…、そこまで気にする必要はないんじゃない? ああいう態度取りつつもお兄ちゃんのことは心配みたいだし…」

「心配って?」

「これって言ったら駄目だったっけ?」

「俺が知ってるはずないだろ」

「それもそうだ」

 そう言って、桃は自分のスマホを操作し、蒼に画面を見せる。

 開かれているメールの画面には美鳥が桃へ当てた内容。

 そこには蒼のことについてが書いてあった。

 美鳥の考え自体がごちゃごちゃになっているのか、話の展開が飛びすぎて、意味が分からない状態になっている。要約すると「冷たい態度をとっちゃったけど、大丈夫かな?」という内容。

 これを見ると、蒼はちょっとだけ笑いがこみ上げてきた。

 笑ってる間にまた一件のメールが桃に届く。

 美鳥からだ。

「また来た。いい加減仲直りしてくれないかな? 愚痴を聞くこっちの身にもなってもらいたいんだけど?」

「悪い」

「お姉ちゃんの態度が変わった原因はお兄ちゃんにあるのは分かってるんだから、説明してくれるよね?」

 この言い方から察するにもう蒼に逃げ道はない。逃げようとしても桃が膝に噛み付いて来てでも全力で阻止する意思。

 だから蒼は観念して、素直に全部話した。

 噂のことは桃も当然知っていたようで、保留の件についてはどうでも良かったような反応。そもそも美鳥が淳のことを好きになるはずがないという確信があったらしい。好きになったとしても認めないらしいのだが…。

 その後の蒼がしてしまったことに対しては眉間に思いっきり怒りマークが出るほど、怒っていた。怒り狂うという表現が正しいのかも知れない。

 話してる途中にも関わらず、桃の裏拳が蒼の顔に炸裂した。

 もちろん蒼が文句を言える状態ではない。

 最後まで話し終わると、桃は呆れを超して哀れみの表情になっていた。

「なんでお前といい、恋といい、そんな表情になるんだ?」

「鈍感より下の言葉ってないよね、確か」

「ないな。つか、鈍感言うな」

「ド鈍感め」

「意味が分かんねーから!」

「これが私のお兄ちゃんだと思うと、この家の子で居たくなくなるよ」

「そこまでかよ!」

 きっとそれが桃の本音なのだろう。

 桃の目はまったく笑っていない。

 それどころか下手なことを言えば、拳がまた飛んできてもおかしないぐらいの様子だった。さっきからずっと握り拳を作っている。

「あのさ、一つだけ言わしてもらうけど、私たちが『好き』って言ってたのって嘘でも冗談でもないからね?」

「え? マジで?」

「このタイミングで嘘なんか吐くかー!!」

 容赦なく桃の拳が蒼の頬にめり込む。

 ただそこまで痛くないということから蒼は桃が手加減してくれていることが分かるが、ちょっと理不尽だと思った。

 美鳥、桃、葵がどんな気持ちでその言葉を言ってたか知らない。だから自分は流すことしか出来なかった。周りの視線が痛かったというのも相まって、余計にだ。

 そのことで鈍感と言われても、信用なんか出来るはずもない。

 今回はその気持ちを言わせてもらう様子もなかったので、口には出してない。

「だからお姉ちゃんは怒ったんだよ。拗ねてるっていうのもあるかもしれないけど…」

「それは分かった。でも桃はともかくみーちゃんと付き合えるわけはないだろ。双子なんだし」

「…近親恋愛もありなんじゃない?」

「あり得るかー!」

 他人事のよう親指を立てて、笑顔で言った桃に蒼は拳骨を落とす。

 桃は頭を押さえて、うずくまった。

 まさか蒼が拳骨を食らわしてくるとは思わなかったので、痛みに耐える準備が出来ていなかった。そのため予想以上の激痛が走ったらしい。

 桃はちょっと半泣きになっていた。

 しかし今のは桃が明らかに悪いので、桃に対して蒼は謝る気は全くない。

「ったく、もう! ちょっとだけフォローしたってのにさ。だいたいさ、お兄ちゃんがお姉ちゃんのこと好きなのは分かってるんだからね! 自分では気付いてないみたいだけどさ、このド鈍感!」

「ないない」

「分かった。いくつか質問」

「おう」

「あの噂が出たとき、胸の痛みとか感じた?」

 胸の痛みと言われても、蒼にはその時は何も感じなかった。たぶん気にしていなかったからだ。胸の痛み限定で言うのなら、淳と話し合った放課後にそう感じたことがあったので、頷くことにした。

「じゃあ、今回無視されてどう思った?」

「そりゃ、寂しいだろ。ちょっと落ち込んでだしな」

「好きじゃん、普通姉弟きょうだい関係で落ち込むことなんてないでしょ。私とケンカしたときも落ち込んでる?」

「いや、全然。普通に流してる」

「そこまではっきり言うなああ!! ってもう良いよ。お兄ちゃんに何を言ってももう駄目」

 桃が怒り出すもすぐに消沈。

 本気で呆れてしまったのが目に見えて分かる。

 しかし蒼は桃の説明に感心していた。

 だから異様に気になったり、お節介を焼きたくなったのかもしれない。姉とでは付き合えないからこそ、淳に頼ったんだと理解する蒼。

「あのさ、ふと思い出したんだけどさ。いい?」

「ん?」

「お兄ちゃんってさ、昔にどっかのファミレスで自己紹介した記憶があるとか言ってなかった?」

「あー、なんか言ってたかも。よく覚えてるな、それ」

「印象深い内容だからね」

 蒼はそのことを思い出そうと記憶の中を検索する。

 はっきりとは覚えていないけれど、そういうことがあったような気がするのだ。それを昔に桃に話したことがあるのは覚えていた。もちろん一緒に生まれたのだから、自己紹介する必要はない。きっと夢だ、とか言って流した記憶がある。

「それをお父さんたちには確認してないんでしょ?」

「するわけがないだろ」

「ついでだからしちゃいなよ。ちょうどいい機会じゃん。むしろお姉ちゃんとお兄ちゃんって双子って感じが私の中でしないんだよね」

「そうか?」

「うん」

 蒼はそんなことは感じていない。

 ずっと一緒にいるからなのかもしれないが、それは桃も一緒なのだ。その桃がそう感じることがあるのなら、念のために聞いてみるのもいいと思ってしまったからだ。

 美鳥のことが好きだと自覚してしまったので、ちょっとぐらいの現実逃避した行動もいいのかもしれない。

 そんな矢先のことだった。

 美鳥から桃へ届いたメールを読んでいた桃が驚いた声をあげた。

 蒼は桃の部屋を出て、両親に電話をしようと考えていた。一刻でも早くそのことを確認したかったからだ。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん…淳と付き合うことにしたって…」

「え?」

 桃のその一言で蒼の時は止まった。

 同時に目の前が真っ暗になっていく感覚に襲われた。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございます。次の②でこのシリーズ最後です。

よかったら、続編もよろしくお願いします。


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