第八部
━━━ここは、どこだ━━━
大の字に寝ていたゼロは突然息を吹き返したかのように目を見開いた。
前後左右どこを見渡しても何もない世界。
自分はちゃんと存在しているのかと右手を顔の前に翳した。
黒く細い腕。疑いようのないゼロの腕だった。
「俺は生きてるのか?」
ゼロの薄い記憶が徐々に戻り始めていく。
「確か、木の化け物と闘って、ミレイと約束して、あの球体にぶつかりにいって……。」
ドクン!!
全ての記憶がゼロの脳に濁流のように流れてくる。
ゼロはガバッと上体を起こした。
「そうだよ。俺なんで生きてんだよ。」
でも、痛みは全くない。だがゼロはあの爆発で死んだ筈だ。
答えの無い迷宮に呑まれそうになるゼロ。
しかし、そこに解答という道を示してくれたものがいた。
『はい。ゼロ様は一度死にましたよ?えーと。正確に言えば、まだ死んでないけどゲームでは死んだですね。』
それはいつの間にかゼロの横に立っていたミイナだった。相変わらずの神出鬼没ぶりだった。
「死んだ?だったら俺は何で生きてんだよ。それに死んだっていう実感が湧かないし。」
『ではゼロ様、後者の方から解説しましょう。といってもこれは簡単です。マイページに戻ってるから痛みも何もかも全回復しているだけですよ。』
ゼロは最初のクエスト終了後の事を思い出していた。確かにあの時も左腕の骨折は治っていた。
『次は前者の方です。このルール、実はチュートリアルの時点では言えない規約になってるルールなんです。』
「理由は?」
『それも含めて説明します。まずルールの方から。このゲームは各プレイヤーにゲーム開始時と同時に三つのライフというポイントが与えられています。このライフはゲームオーバー。つまり、ゲームの中で死んでしまうと減るポイントです。ここで注意なのですが、このポイントが0となってしまうと現実の死を迎えることになりますのでお気をつけ下さい。』
━━━そういえば、ハギナミさんも生きてたな。それにあの人はまだ一度も死んでないと言っていたし、話の辻褄はあってるな。
『このライフポイント。増やす方法は一つしか無いんです。それは……。』
ゼロは真剣な眼差しでミイナの次の言葉を待っていた。ゼロ自身、死んでしまったのは事実なので今のポイントは2となっているからだ。
『対戦で相手プレイヤーを倒すというものです。』
「たい…せん?」
ゼロは初めて聴いた言葉に耳を疑った。
━━━いや、待てよ。確かハギナミさんの生死を確認する時にミイナがマッチングリストがどうのこうのって言ってた気がする。
『対戦のルールに付きましてはチュートリアルの方で、説明を聞いて下さい。』
「待て、待て!対戦で相手プレイヤーを倒すってそれって殺すってことなのか?」
『はい。その通りです。相手を殺しポイントを手に入れる……簡単に言えばポイントを奪うの方が正しいかもしれません。』
ゼロは何も話すことが出来ず、ミイナの言葉に耳を傾けた。
『最後に理由でしたね。それはゲームを盛り上げるためですよ。』
「ゲームを盛り上げるだと?何だよそれ!」
『はい。一つ目の理由としては、このルールを知らないプレイヤーはゲームが始まるとモンスターを倒してレベルを上げるだけだという心情でゲームを続けていくようになります。そうすることで、それだけなんだとプレイヤーをこの世界に留まらせる一種の暗示のような物にかけてしまうのです。』
これはゼロも納得せざるを得なかった。何故ならゼロ自身も同じ考えだったからだ。
『そしてもう一つ。確かにプレイヤーはチュートリアルで対戦のルールは聞けます。しかし、人を殺したくないという善人がほとんどなのが現状です。なので、運営は考えました。どうしたら効率よく対戦を行えるのかと。』
次のセリフはゼロにはおおよそ理解できた。それがどれだけ最低な理由かも、こうであってほしくないという気持ちが大きいが、こうであってほしくない理由を使うのがこの糞ゲームだ。
『それはライフを一つ減らした状態でこのルールを伝えること更にマッチングリストに登録することです。これにより、数少ないライフを守るため、プレイヤーの戦闘が激化しました。特にライフポイント1のプレイヤーは妬けを起こすか自殺するかのどちらか。』
━━━くそ!このゲームの運営は人の命を何だと思ってやがる!
『このルール分かって貰えましたか?あと対戦相手に選べるのは自分のレベル以上のプレイヤーのみです。』
「……ああ、分かった。」
ゼロの怒気を含んだ声に推されたミイナだが、これは伝えておこうと思っていた言葉を口に出した。
『ゼロ様、これは余談になってしまうのですがテラーさんが何故あんな行動を取ったのかという理由だけでも伝えようかと。』
「テラーの行動の理由?そんなの自分が強くなって生き残るためだろ?」
『理由はあっています。しかし、これは全プレイヤーに共通していること。いつ対戦を挑まれるかという恐怖の中、モンスターとの強制バトル。この時点でもゲームオーバーになってしまったらライフを失う。心の削り合いのゲーム。それがまさにこのプレモンMBです。』
━━━皆、同じ気持ち━━━
『かつてのマスターの受け売りなんですけどね。でも、ゼロ様には知っておいてもらいたかったんです。ゼロ様には人を憎むような人になってほしくなかった。』
「ミイナ……。」
ミイナの目元から一滴の涙が伝った。ゼロはミイナが本心で言っているのだと理解し、少し気分を払拭するように言った。
「じゃあ。人を怨むんじゃなくて人を守るぐらいの気持ちで行かないとな。向こうから仕掛けて来ても軽くいなしてしまうぐらいに強くなってさ。だからその前にこの糞ゲームのルールをさっさと覚えちまわねーと。今度分からないルールが出たら対象できねーし。」
『ゼロ様……。』
ミイナは涙を止めることは出来ずにいたがそれでも、心は晴れているのか強い針を持った瞳でゼロを見る。
「頼むぜミイナ。」
『はい。』
ミイナは目を閉じ呪文のような言葉を唱える。唱え終えた後、そこにはさっきまでのミイナの姿はなかった。
『チュートリアルを開始します。』
「先輩。目が覚めましたか?」
囁きかけたような声が隣から聞こえてくる。
キリヒコは自分の姿を確認した。
手に携帯を持ち、ネット検索欄には『プレモンMB』の表記。キリヒコ自身はベンチに座っていて猫背の状態だ。
キリヒコは先ほど声が届いた隣を向いた。
その隣に座っていた少女ミレイはキリヒコがこちらを向いたのを確認すると話し始めた。
「少し戻ってくるのが遅かったですね。」
「ああ、………………。いろいろやってきた。」
現実世界ではプレモンMBの話は出来ない。それはこのゲームを知っている者同士でも適応されるようだ。
「あ、そうだ。ミレイ。」
「先輩。言いたいことがいろいろとあると思いますけどあのゲームの中で話しません?先輩から私に対戦を申し込んで下さい。」
「分かった。」
「時間は夜の11時でお願いします。では……。」
立ち上がってぺこりと頭を下げた後、ミレイは元来た道を戻っていった。
残されたキリヒコはひとまず空になった缶を持ち直して、そこらにあったゴミ箱に投げ捨てた。
ガシャン。
缶はゴミ箱の内側に衝突し、そのまま吸い込まれるように入っていった。
「お、ラッキー。」
しかし、ここで自分の運を使っていいのだろうかとキリヒコは思った。
「ごちそうさまでした。」
両手を合わせそう呟く。
両親はまだ、食事を続けるようだ。
立ち上がって食器を片付け、キリヒコは部屋に向かった。
部屋に入るとまず、パソコンの電源を入れる。身体は椅子に腰掛けた。
起動音はしばらく鳴り、トップ画面が現れた。
キリヒコは別にゲームをするためにパソコンを起動させた訳ではない。
だからといってプレモンMBのサイトに入る訳でも。
キリヒコがこれから行おうとしているのは自分に覚悟を決めるためともう一つ。ゲーム仲間に別れを言うためだ。
そう。キリヒコ、ゼロのもう一つの世界。プレモンの戦友達に。
プレモンには掲示板というものがある。これは各プレイヤーが好きに作れるもので、これに登録するとその掲示板に書き込みがあればその登録した人に伝えてくれるというものだ。
二日ぶりのプレモン。そそるようなBGMがもう何年も前の懐かしいもののように感じた。
早速、自分の立ち上げた掲示板を確認する。中には沢山の書き込みがあった。どれも、ゼロを心配してくれる仲間からのメッセージだった。
キリヒコは一呼吸入れた。このメッセージだけでキリヒコの心が揺さぶられそうになる。
でも、覚悟を決めたかった。これからプレモンMBを続けていけばいつか自分も死んでしまうかもしれない。その時、まだプレモンを継続してしまっていたら他のプレイヤーにも迷惑が掛かると思ったのだ。
別れは早い方がいいと思った。
だからこそキリヒコは掲示板に打ち込む。
『皆さん。私、ゼロは今日をもってプレモンを引退したいと思います。理由は少し込み入った野暮用が出来てしまったからです。ですが、この用事が済めばまた再開したいと思います。ありがとうございました。』
打ち込みは終了した。キリヒコはパソコンの電源を消す。
そして、とにかく待った。約束の時間が来るのを。
23:00
キリヒコは携帯を開いた。素早くお気に入りからプレモンMBを選ぶ。
マイページを開くといつものお姉さんの声。
『パスの確認をいたしますので、画面にパスを翳して下さい。』
キリヒコは左手に持ったパスをバーコードを読み込ませるように翳した。
『パスを承認しました。ゼロ様。マイページへ移行します。』
チュートリアルで習ったことだが、パスにはメインとサブというものがあるらしい。メインとは今、キリヒコが持っているカードの事だ。
サブとはゲーム開始前にメインカードをプレイヤーが所持していなかった際に支給される使い捨ての物らしい。
どうやっているかは知らないが、メインはそこに確かに存在しているカードで、サブは見えるが存在はしていない物らしい。つまり、サブは他人に視ることも触ることも出来ない訳だ。
『1、ゲーム開始。』
カードが発光した。キリヒコは何の抵抗もなく光を受け入れた。
「ミイナ、マッチングリストを出してくれ。」
『はい。ゼロ様。』
ミイナは片手を前に突き出し、いつぞやのディスプレイを展開させた。
ゼロはディスプレイを睨みながら検索ワードを打ち込んでいく。
ブルーオーは簡単に見つかった。ワードも細かく打ち込んでいたので当然の結果といえるだろう。
ゼロはブルーオーの画面から剣と剣がクロスに交わっているアイコンを押した。
するとゼロのマイページ空間に血が熱くなるような力強いBGMが流れ始める。
そして、BGMが鳴り終わるのと同時に次の言葉が何も無い筈の上空にいつの間にか展開さらているディスプレイから流れる。
『どうも、コンバンハ。私は今回のディーラーを勤めさせていただきます。ハマチです。』
ディスプレイ上に映った仮面を被る謎の人物は変成器でも使っているのか声はどこか曇ったような声だった。
『両プレイヤーの確認が取れましたので、まず今回の対戦フィールドを決めさせていただきます。』
ディスプレイが謎の人物を映した画面からルーレットのような画面に変わる。画面下には矢印があるほどの徹底ぶりだ。
フィールドの種類は全属性のステージとスペシャルと書かれたステージの計12ステージ。
ルーレットが回り始めた。最初は勢いのあった盤だが、次第にその速度は衰えていく。最終的に矢印の先に止まったのは。
『今回のフィールドは……氷のバトルステージです。』
声の終了と同時にゼロの真上の空から光の輪のようなものが落ちてきた。
『ゼロ様、それが転送装置です。そのままの状態でいてください。』
ミイナに言われるがまま、直立不動の状態で輪が落ちてくるのを待った。
最初に顔が輪を通過した。するとゼロの目の前にはさっきまでの何も無い空間ではなく、真っ白い雪が積もった白銀の世界が一面に広がっていた。現実世界では夜の筈なのにこのフィールドには日差しがある。
ゼロの体が完全にフィールドに転送された所でまたハマチの声が聞こえた。
『では、バトル開始5秒前。』
『4、3、2、1、スタート。』
辺りは静まり返っている。一面雪、雪、雪。何もない世界ではないが、これではマイページと大差はなかった。
すると前方から歩いてくる者の姿が視られた。
青いスーツを身に纏った女性型の人物。ヘッドパーツの形も忘れる訳がない。つい数時間前に約束していたブルーオーその人だった。
「先輩、立ち話も何ですから。」
ブルーオーはそこらの雪をかき集めて積み上げていく、それは次第に大きさを増していき、人一人分の椅子のようになった。
ゼロもブルーオーを見習って即席の椅子を造り、そこに座った。
「えーと。まず何から話せばいいか……。」
ゼロは訊きたい事はあったが、訊きたい事をまとめてはいなかった。
ブルーオーは薄く笑うと話を進めた。
「先輩も知ってしまったんですよね?ライフの話……。」
ゼロは首を縦に振りそれに答えた。
「先輩はどうしますか?やっぱりライフを奪い合うんですか?」
「おぉ…。お前いきなり直球な話をするな。でも、俺はそのつもりはないぜ?決められた命だ。大切に生きるつもりさ。」
「やっぱり先輩は凄いですね。でも、私はもう駄目です。私のこの手はもう血に染まってますから。」
それはゼロにとって少し衝撃的な話だった。
今の話は直訳すれば、自分は人を殺した事があると言っているようなものだからだ。
「でもそれは仕方なくなんだろ?相手から対戦を受けたとかそんな……。」
ブルーオーは首を横に振る。
「私、実は3回死んでるんです。1回は緊急クエスト。そしてもう二回は対戦でです。」
「…………。」
「分かりましたか?私は一度、人をプレイヤーをゲームオーバーにしています。最初、私は緊急クエストで死にました。そして次は対戦……。相手はライフが1の相手。必死で攻撃してきて、私も死力を尽くしましたが殺されてしまった。そして、ライフが1になった私は……。」
ブルーオーは次の言葉を躊躇しているようだった。しかし、ここまで話せばゼロにもその後のいきさつは予想がつく。
「そして、私は勝ってライフを手に入れ、また負けて奪われた。本当に恐ろしいゲームですよ。ライフ1になった私には分かります。あの感覚はそう。ゲームをしているようでした。」
「ゲーム?」
「はい。相手プレイヤーがまるでCPUに思えてくるんです。CPUなら倒しても大丈夫だとでも言うかのように……そこには人という概念はありませんでした。」
ゼロはただミイナの言葉を聴いていた。これは彼女の覚悟だと察したのだ。罪の告白など並大抵の心では出来ないことだろう。
「ですから先輩は気をつけて下さい。今の先輩は大丈夫だと思いますけど、ライフが1になった時、先輩の真価が問われると思います。」
「はは。そうだな。」
「先輩、ここは笑いどころじゃないですよ?」
「いや、笑ってる訳じゃないさ。ただ、目標が増えたなーって思ってるだけ。」
「え?」
「実は死んだ後、ナビに言われたんだよ。人を憎むようなあなたでいてほしくないってさ。」
「ははは。そのナビ、先輩の事よくわかってますね?」
「でよ、その時聞いた話でみんな恐怖で闘ってるって言ってたんだよ。自分が死ぬかもしれないっていう恐怖とさ。俺、その時思ったんだよ。だったら向こうが殺しに来ても軽く去なせるぐらいに強くなればいいなって。」
「先輩らしいです。」
「そして、今のミレイの話を訊いて確信した。このゲームをしてるプレイヤーは多かれ少なかれゲームという呪いに侵されてる。だから、俺強くなるよ。やってみせるさ。まだレベル3だけど、強くなる。」
ゼロは拳に力を込めた。これは約束ではない覚悟だというように。
「先輩ならなれますよ。」
「レベル37に言われると自信が出て来るよ。」
「違いますよ先輩。私はレベル38ですよ。」
小悪魔口調で言われて、いつものミレイに戻ったなとゼロは思った。
『バトル終了です。』
『結果、デッキ枚数の多い。ブルーオー様の勝利となります。皆様、お疲れ様でした。』
光の輪が頭上から現れる。
輪を通りゼロはマイページに戻った。
ゲームのルールにより、一度対戦した相手とは三週間の間、対戦が行えないらしい。
さらに対戦フィールドは確かに12種類だが、それぞれ少しだけ、フィールドの形が違うなど経験者からの話を10分間の間、沢山訊くことが出来た。
最後にお互い、死なないということを誓い合いあのフィールドを後にしたのだった。
『ゼロ様。今日は楽しそうですね?』
「そうか?普通だと思うけど?」
『ふふ、ゼロ様、良いこと教えてあげますよ。こっちに耳を向けて下さい。』
「こうか?」
ゼロは耳をミイナに向けた。ミイナはゼロに近付いていき、囁く。
『同じ気持ちを共有する仲間は大切にして下さいね。』
チュ。
ゼロのほっぺたの辺りに確かに柔らかい感触を感じた。直に触れた訳でないのに、顔が熱くなっていくのを感じる。
『お疲れ様でしたゼロ様。またのご利用を。』
ミイナの真意は分からないがゼロは明日に向けて休息を取る必要があるのは確かなので、ミイナの言葉の通りにその場を後にすることにした。
「リンクアウト」
ここまで読んでいただきありがとうございました。