第七部
「はぁ、はぁ」
ゼロは荒い息を吐きながら、霞がかる目を気力でどうにか見開き、木に体を全て預けるような形で座っている。
「先輩、ちょっと待って下さい。」
ブルーオーはゼロに傷を作ってまで拾ったカードを機械にスキャンした。
『skillカード!!』
ブルーオーの手に発生した水の塊、先程の円盤と違い球体で、しかも水の流れもゆったりとしている。輝きは水晶のように美しい。
ブルーオーは片手に持った水をゼロの体に押し当てた。
水はその球の形を崩すことなく、浸透していくようにゼロの体に入っていった。
するとゼロにも変化が起こった。ゼロの赤黒い体が青い光を纏ったかとおもうと徐々に体の傷が癒えていく。
しばらくすると青い光も消えて、ゼロの傷口も完全に無くなった。
「ありがとう……ミレイ。」
しかし、出血量がかなりあったのか今のゼロには回復のいろが見えない。
「……先輩。」
自分のせいでゼロが怪我をし、なお瀕死の状態に追い込んでしまったのだとブルーオーは思い詰めていた。
「すまん。しばらく寝かせてくれ。」
「もちろんですよ。あの木が現れたらまた起こします。それまでゆっくり休んで下さい。」
「本当にすまねー。」
ゼロの首がカクンと落ち体から力が抜ける。
ブルーオーは心配で近寄ってみたが、寝息の音がスーと聞こえたので大事はないと安堵した。
今ゼロ達がいるのは、あの化け木から4キロほど離れた位置だ。あのビームの破壊力からしてここも安全地帯とは程遠いのだが、ゼロの体調が悪くなり、なくなく、休息を取るしかなかった。
ブルーオーは自分達が走ってきた道を注意深く眺めた。しかし、敵も木の化け物である以上この木々から敵だけを認識するのは困難であろう。
ブルーオーも内心では疲れていたが、自分が気をつけないとゼロも死んでしまうかもしれない。自分に渇を入れて、ゼロが再び立ち上がってくれるのを待った。
5時間後
ゼロはゆっくりとその目蓋を開いた。最初は視界がぼやけていたが、次第に鮮明になってくる。
体が重く、寝返りは打てないが自分はどうなったのだろうかと目の見える範囲で考えた。
空には深い緑とその隙間に見える僅かな空色。そして、青いヘッドパーツ。
「!!!」
ゼロは反射的に体を起こそうとした。しかし、体が言うことを聴かず数センチのバウンドで終わる。
頭部の落下の衝撃は何か柔らかい物で緩和してくれた。
「先輩、起きたんですね。」
ゼロ達は顔も隠れたヘルメットのようなものを装着しているので、目を開けたかどうかまでは知ることが出来ない。なので、相手側が何かアクションを起こさないといけないのだが、ゼロにとっては膝枕から逃れるために上体を起こすのに失敗したなど口が裂けてもいえない。
「あぁ、ミレイありがとう。」
なのでゼロは今のことをなかったことにした。羞恥は残るし、今自分が赤面していて声がちょっと上擦ってるように聞こえたとしてもヘッドパーツがその痕跡を残さない。
「いえ、いいんですよ。それよりも先輩が私を助けに来てくれて嬉しかったです。」
「本当だったらお前と別れた後、あいつを倒したかったんだがな。俺の刀も折れたんでぶっちゃけ適わないと思ってたぐらいだ。」
「先輩はレベル3なんですからレベル37の攻撃も効かないような相手に自分の攻撃が効かなくても悔いるようなことではないと思いますよ。」
「ま、それを踏まえた上で作戦を立てた。」
今度のゼロは慎重に体を動かす。密着していた後頭部と太股が離れていくのを感じる。これで危機は去ったと安堵の溜め息を出すのも忘れない。
「先輩どうかしましたか?」
「いや!何でもない……よ?只疲れてただけ。」
ジェスチャーを加えながら弁解し、自分の溜め息ぐせを呪いながら話を続けた。
「ところでミレイ。今のプレイ時間分かるか?」
「はい。ちょくちょく見に行ってましたから。先輩が寝てから5時間ぐらいなので6時間ぐらいだと思います。」
━━━ちょくちょく見に行ったってことはその時に膝枕は解放してるよな?じゃあ何だ?コイツは戻って来てわざわざ膝枕を一々していたってことか?
ゼロの体の一部が猛烈に熱くなるのを感じる。まぁ、顔面なのだが。
「ろきゅ……。」
一呼吸置くゼロ。ブルーオーはゼロを笑ったりなどせず真剣に話を聞いてくれようとしていた。ゼロは恥ずかしさと情けなさで羞恥の極みにいた自分の思考を停止させ再び言葉を続けた。
「6時間か。その間、あのビームの音はしたか?」
「はい。何度か慌ててディスプレイを見たんですが、やっぱり何名かやられてました。」
「丁度いいな。時間も知りたかった所だし。」
ゼロはふらふらっと立ち上がった。
「先輩、無理をしたら……。」
「このゲームが終わればこの疲れも消えるんだろ?だったら早く終わりにしたい。このままじゃ精神的におかしくなっちまいそうだし。」
ゼロはブルーオーに場所を訊き、何の迷いもなく歩みを進めた。
『やっぱり先輩は凄いです。このゲームを始めてまだ少しなのに堂々としている。どんなに熟練のプレイヤーでもそこまでの人はそうそういないのに、それに私だって……。』
ブルーオーはゼロのあとを追いながら心の中でそう呟いた。
「炎、氷、草、土、闇か。結構やられてるな。」
ゼロとブルーオーはディスプレイを視ている。
経過時間は6時間40だった。
「それで、大体でいいんだけど。あのビームって何時間置きぐらいに発射してたか分かるか?」
「たぶん一時間ぐらいだと思います。」
「一時間か……。」
ゼロは顎に手を当てながら
「やっぱりあのビームはチャージ式なのかもな、よくゲームであるじゃん。草系のモンスターがビームとか出すときチャージ時間が必要なの。」
「先輩。質問ですけど。何故今、あのビームの話しを?」
ブルーオーはやたらとビームを気にしているゼロに対し疑問を抱きそのまま言葉として口にする。
「今回の闘い。あの攻撃を上手く使わない手は無いと思うんだ。だからさ。━━━━━━━━━。」
「……!?」
その作戦にブルーオーは驚愕した。
だが、それは作戦というには無謀で命を捨てにいくようにしかブルーオーは感じられなかった。
「先輩だめですよ。そんな作戦。失敗したら先輩は……。」
ゼロは言葉を続けようとしたブルーオーの前に手を待ったの状態で突き出し、ブルーオーの言葉を中断させる。
「まあ怖いけど、でもここでくすぶってたら現実世界ではミイラだぜ?やれる内にやった方がいいに決まってる。それに……ここで腐るぐらいなら潔く死んでやるよ。」
ゼロの覚悟を受けたブルーオーはもう反撃の言葉もない。
「でも、絶対オレ一人じゃ死んじまうだろうから手伝ってほしいんだけど駄目かな?」
ブルーオーの返事は決まっていた。
「駄目じゃありません。手伝います。いえ、手伝わせて下さい。」
ゼロとブルーオーは握手を交わし、お互いに覚悟を決めた。
化け木は進行を進めていた。しかし、ここはどこだか分からない。
前も後ろも分からないこの樹海で木はただ根を這わせながら進行する。
しかし、木はピタッとその動きを止めた。次の瞬間、自身の木の葉を飛ばしてエリアに入った獲物に攻撃を加える。
しかし、その攻撃は青色の円盤のような物に阻まれた。
木の意志とは関係なく、木の葉の雨は続いた。しかし、円盤も動きは見せずただそこに留まっている。
木は自分の意志で動いたのか、それとも防衛本能で動いているのか分からない動きで向きを変え始めた。おそらくそちらに顔があるのだろう。
ノロノロと動き、また動きを止める。さらに木と木の間に亀裂が走った。
その時、化け木の頭に変化が起こった。その青々とした若葉に光が灯り、まるでエネルギーを蓄えるかのように化け木の体内に蓄積していく。
上下に裂かれた大きな穴から丸い光の球が出現した。そして、それは次第に肥大していく━━━。
ゼロは化け木があのビームを放とうとしていることに気付いた。
今ゼロがいるのはブルーオーの後ろ。正確に言えば化け木の攻撃をガードしているブルーオーの背に隠れるようにしている。
そこから光の球体を目認し、ゼロは行動に移った。
「んじゃ、行ってくるぜミレイ……いや、ブルーオー。お前の武器も借りるな。」
ゼロは右手に刀、左手に三つ叉の槍を備えブルーオーに話す。
三つ叉の槍はブルーオーのウェポンカードである。
ブルーオーの話しではプレイヤー同士のカードは干渉しあえないらしい。しかし、武器として出現させた物なら干渉できるそうだ。確かに武器も干渉不可なら、相手プレイヤーを傷付けることも出来ないであろう。
ちなみに右手の刀はこの前のレベルアップボーナスの際にウェポンカードを選んでいたからである。
「はい。先輩。でも、必ず死なないで下さいね。もし死んだら何か奢ってもらいますから。」
「死んだら元も公もないだろ?でも、勝つさ。攻略出来ないゲームなんてこの世に有るわけねーしな!」
『skillカード!!』
ゼロは刀を脇に抱え、そのカードをスキャンした。
そうゼロのスキルカード。
あのマイページはデッキ内にあるカードを好きなだけテストプレイできるという機能もあった。
もちろんゼロもテストしてみたが、目立った変化はなかった。そう目立った変化は……。
ゼロは刀を握り直し、行動を開始した。
ブルーオーの背から離れ、化け木に突撃する。
つい数時間前はこの攻撃を何度も受け、瀕死の状態まで追い込まれた。しかし、今回は違う。
黄色かった眼の水晶は紅の色に染まっていた。
更に言えば、ゼロの見える世界観も変わっていた。
そう動く物体その物がのろく感じる感覚。
あの銃弾のような木の葉の動きも今のゼロには分かるのだ。
だが、確かに木の葉の動きが分かるだけでは攻撃はかわせないだろう。何故なら身体が思考に付いて来れなければ、攻撃はヒットしてしまうのだから。
しかし、ここはゲームの世界。現実の常識が通用しない世界だ。
ハギナミは言っていた、この世界ではプレイヤーの身体能力は3倍に上がっていると。
そしてそれは、プレイヤーの能力値は極めて高い所に位置していることを意味する。
これまで殆どのプレイヤーは脳の伝達率が遅く、身体を上手く使いこなせずに宝の持ち腐れのようになっていた。
だが、今のゼロは違う。このスキルカードはプレイヤーの思考能力、つまり、脳から身体への電気信号伝達率を格段に上昇させる。
では、この思考能力と通常の3倍の運動神経があればどうなるのか。
それは、どんな攻撃をも避けることの出来る反射神経を手に入れたということだ。
ゼロは脚を止めなかった。
木の葉は目で捉え簡単にかわせる。しかし、ゼロも余裕を見せてはいられない。
確かにビームがもう直ぐで発射されるというのも理由だが、一番の理由は別の所にある。
1分間。
それがこのスキルを発動できる時間だ。
だからこそ余裕がなかった。ゼロは持てる力を出し切り走り抜ける。
ゼロは木の根元に到着した。
木の葉の攻撃は止み、ただうねるだけの根の階段が目の前にある。
それをゼロは素早く駆け上がった。
そして、問題の大木の部分、刀を真っ二つにしたその堅牢さは疑いようがない。
なのでゼロは刀を振るうのでは無く、刀を木に引っ掛けるような形で更に木の上部を目指した。
引っ掛けた場所を視点に力を込め登る。ロッククライミングの武器持ち版のようなものだ。
確かに通常のゼロならばこんな芸当は出来ないだろう。しかし、身体能力を120%まで引き出せる今のゼロにはそれが出来る、常識を覆す程の異常なやり方、ゲームならではの方法といってもいいだろう。
そうこうしている内に目的の場所まで登り詰めた。バランスこそ取りづらいが何とか立ち上がることも出来る。
そこは化け木の口とおぼしき場所。今まさにビームが装填されつつある危険な場所である。
しかし、ゼロはあえてそこに来ていた。このビームを利用するために。
つまり、作戦とはこの装填中のビームを暴発させるという無茶な賭けのようなものだった。
失敗すれば確かにゼロは即ゲームオーバーとなるだろう。しかし、成功させればいいだけの話しだ。
ゼロが取った行動はまず、左手に持った槍を思いっ切りぶん投げることだった。
しかし、瞬発力で肩、肘、手首と各ポイントこどに力の視点を作り、絶妙のタイミングでそこを動かした槍は絶大な剛速球となって目標に向かい飛んでいく。
風を切り裂きながら飛んでいった槍は光の球とぶつかり火花を散らせたが力及ばず、弾かれてしまった。
「はは。こりゃ無理だな。」
しかし、ゼロは諦めない。脚に力を込め、跳躍の体制を取る。
「ミレイごめん。俺死ぬかも……。でも、約束は守れないかも知れないけど、お前は守ってやるよ。可愛い後輩だしな……。」
脚のバネを上手く使って光の球、目掛けて突っ込んでゆくゼロ、刀は上段に構えている。
光にぶつかる寸前ゼロも刀を振るう、ギリギリと児玉する火花の熱にゼロは耐えながらとにかく押し込むように刀をめり込ませた。
「オラァァァァーーーーー!!!!」
すると光の球に歪みが生じた。それは少しの歪みだったが、暴発させるには充分な歪みだったようだ。
ボカァァァーーーーーーーン!!!
壮絶な破壊音がフィールドを駆け抜けた。
化け木の身体が木っ端みじんに砕け散り、残った破片も粉のようになって霧散していく。
ブルーオーは間近で爆発の煽りを受けたのだがこれは脚に力を込めることで何とか耐えた。
ブルーオーは言葉をもらす。
「……先輩?」
しかし、目の前の爆炎から声が帰ってくることはなかった。
ポン!
代わりの反応は上部のディスプレイが答えた。
『クエストクリア』
ブルーオーはガックリとうなだれた。
『クエスト生存者5名、討伐者無属性ゼロ。』
悔しさと悲しさで意味もなく地面を叩いた。
『討伐者には報酬として経験値3倍となります。なお、今回は討伐者がゲームオーバーとなったため報酬はなしです。』
そして、呟く。
「先輩。死んでしまったんですね。でも……。」
『マイページへ移行します。皆様、お疲れ様でした。』
「もう死なないで下さい。」
ブルーオーの言葉の意味はゼロ自身が知ることとなる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。