第六部
ガサッ!!
「…………。」
無言のままゼロは辺りを見てみる。一面、緑に覆われていて、少なくともここが土の中でないという事実に安堵した。
ではここは何処なのだろうか。
ゼロはまるでベッドの時のように寝そべっている状態に近い。もちろん、寝心地は最低なのだが。
上体を起こしてみようと力を込めると下敷きにされた物が音を立てて崩れ始めていく。
落下の威力で次々と折れていく木の枝を目の端に捉えながらもの凄い速度で最終地点に到着したゼロだが、着地など到底できず無き崩しのように尻で着地してしまった。
「いってえええええーーーー!!」
腹から命一杯、声を出すが今の所痛みが引く様子は無い。今のゼロの体制は尻を突き出すような状態になっていることから羞恥している余裕がないことが伺えるだろう。
そんな中、一人ケタケタと笑う者の姿があった。
ゼロは顔を上げて前方を確認する。そこにいたのは青いスーツを身にまとった女性のようだった。
女性と判断したのは声と胸の辺りに膨らみが観られたからだ。
しいていうならもう一つ、その声が聞き覚えのあるものだったからである。
「お前、俺がこの上にいるの分かってたんなら助けろよ。」
「先輩の困ってる顔みたかったんですよ。」
「ちなみに点数は?」
「グッジョブ95点です。もう少し面白い落ち方してたら満点でした。」
「砕けろお前!で、その格好やっぱりお前も……。」
「そうでーす。レベル37のブルーオーです。宜しくね。」
素顔を見せればさぞ可愛いかったのだろうが、このゲームの世界ではベッドパーツがついているので表情が読めない。少し残念に思っていたのは内緒である。
「あれ?もういいんですか?」
ゼロはまだ、痛む尻に手を当てながら立ち上がった。
「生憎、尻の痛みには慣れててね。ギリギリなんとかなりそうだ。」
これも、痩せ我慢といっていいだろう。
「んで、どうすんだ?さっさとゲームクリアするんだろ?早くやろうぜ。」
ゼロはまるで腰の弱い老婆のようにゆったりとした動きで歩み始めた。
「ちょっと先輩!なんで私が先輩がゼロだって分かったか訊かなくていいんですか?」
「いや、いいよ。どうせお前のことだし、前のクエストの時に気付いたんだろ?確かあの時の水属性もブルーオーだった気がするし。」
「半分あたりですね。しかし、正解は先輩の話し声が聞こえて、その声から分析した結果。あれは先輩なのでは?という仮説を立てて、さっき確認を取った際に確定したということですよ。」
今頃、あのマスクの下はどや顔だろうと判断したゼロは無視するという方法を取った。
「なあ、毎回このゲームってモンスターをこんな旧式のゲームみたく探さなきゃいかねーの?」
尻の痛みもジリジリとした痛みに変わり、通常通りに歩くゼロの隣。青いスーツを身にまとった女子中学生、ブルーオーはゼロの質問に答える。
「そうなんですよね。まさにハントはターゲット探しからみたいな?でも、スキルカードで索敵能力がある人は分かるそうですよ?前に聴きました。」
どこを見ても見えるのは緑と茶色の樹海のみ、虫など生物の気配は無く、ただ物だけがそこら中に置いてあるだけという印象を持った。
「そういえば先輩って何レベルなんですか?」
「…………3だ。」
「3、3ですか……。」
「笑いたきゃ笑えよ。でも、俺はこのゲームで200レベルを目指すって決めたんだ。これから強くなっていくさ。」
「いえ、そういう訳では…………。ただ、気をつけて下さいね先輩。緊急クエストだけには。」
「ナビも言ってたんだけど、やっぱりそんなに危険なのか。確かレベル190代でも倒せないモンスターだよな。」
「私も3回しか、緊急クエストに行ってないですが、あれは…………。」
突然、ブルーオーの身体が震えだし、両肩を抑えながらペタンと座りこんでしまった。
「大丈夫か?ごめん。もう聞かないから」
ゼロはブルーオーにどうしてやることも出来ずしばらくブルーオーの体調がよくなるのを待った。
「すみません。」
「いや、大丈夫だって。て、言っても厳しいか。もうゲーム開始から30分以上は経ってるだろうし。」
「そうですね。でも、《樹海》ステージはモンスターを見つけるまでが大変なので、これぐらいが普通ですね。」
「《樹海》ステージ?じゃあ、前闘った所は?」
「それは《街頭》ステージで、どこかの場所のレプリカが本当にランダムに闘いの場になるんです。それがこの前は先輩の通う学校だったという訳です。」
「なるほどな。その様子だとまだ有りそうだな。」
「はい。ありますよ。でも、他のは自分で見て体験した方がいいと思います。少しでもゲームを楽しめるように」
さらに歩くこと10分、やっと太陽の光のある吹き抜けのような場所についた。
ゼロは上空を見た。ディスプレイがあり、そこに現在のメンバーが表示されている。
名前の色が全て黒だったため脱落者は無し、プレイ時間はおよそ50分だった。
「ちょっとここで休もうぜ、流石に疲れた。」
「そうですね。」
ゼロとブルーオーはそこらに生えている根を椅子代わりに腰を据えた。
「ディスプレイを見るかぎり、まだ他のプレイヤーもモンスターを見つけられてないみたいだな。」
「逆かもしれないですよ。見つけたけど殺さずにいるとか。」
「なんでそんなことが言えるんだ?このゲームはただモンスターを倒すだけのものだろ?」
「先輩、一つ忘れてますよ。このゲームのポイント。」
「このゲームは討伐さえすれば全員に経験値が入る訳だし、皆が助け合えば……。」
ここまで言ったゼロは何か頭の隅に引っ掛かるものを感じた。
「では、先輩はなんでテラーがあの雷属性の人を殺したのか分かりますか?」
「テラー」
━━━そうだ。あの時はカッとなって考えてなかったけど、何故、奴はハギナミさんを殺したんだ?経験値、ハギナミさん、ポイント。
ゼロは思考を巡らせ一つの答えにたどり着いた。しかしその答えは人を殺す理由としては馬鹿げているとゼロは感じた。だからこそブルーオーに違うといってほしかった。この答えを。
「いや、待てよ。そんな理由で人を殺す訳が……。」
ブルーオーはゼロの言いたいことを察知し、ゼロの言葉に話しを続けた。
「先輩もわかりましたか?そう、討伐ポイントのためですよ。」
「……でも、わからない。何でそんなことが出来るんだ!」
湧き上がる思いを木の根に思いっ切りぶつけた。しかし、根は頑丈でピクリともせず、ただゼロの拳を痛めるだけの結果に終わる。
「おそらくですが、あのテラーも緊急クエストの経験者ですよ。でないとあんな行動は起こさないでしょう。」
「また緊急クエストか。」
「先輩、実は私もつい最近にこのゲームをやったんですよ。クエストの回数も10そこそこだと思います。では何故私が37レベルまであがったのか。理由は簡単です。緊急クエストの馬鹿げた経験値のおかげですよ。」
「だから、それと人を殺すのに何の関係が……。」
「自分を強くするため。」
ゼロは次の言葉を発することが出来なかった。それはブルーオーの言葉があまりにも核心的な言葉だとゼロ自身も気付いたからだ。
「さてと、辛気臭い話はおしまい。先輩━━━」
ゼロは俯いた顔を正面に戻した。そこにはすでに立ち上がり、右手に持ったカードをスキャンしているブルーオーの姿。
「━━━伏せて下さい。」
『skillカード!!!』
ブルーオーの両手に水で出来た円盤のような物が出現した。
ブルーオーは片方の円盤を構えるとゼロの頭部目掛けて投擲する。
水で出来た円盤は回転速度を下げることなく、真っ直ぐこちらに向かってくる。
ゼロは頭を下げることでギリギリこれを回避した。
円盤はそのままゼロの後ろの木を紙のように切り裂いて直進。
ドスーンという音が何回にも渡り続いた。
その振動はもちろんゼロ達にも伝わり、一種の地震のような感覚を感じた。
ゼロは後ろを向いた。
そこにはなぎ倒された木々、しかし、その直線状の道の中に明らかに異様な物の姿が視られた。
それは太く、樹齢何百年と言われても差し障りもない見事な大木のように見えた。
しかし、その木はユサユサと揺れていた。正確には木の根がタコのようにうねって動いていた。
木はウネウネと体の向きを変える。どちらが表かは知らないが、その動きがピタッと止まった。
木の真ん中あたりがまるで木の皮が剥がされたかのようにギリギリと上下に動いた。
もちろんそこには皮の剥けた木の内側の様子は無い。逆に中は空洞のようで真っ黒だ。
しかし、その闇の中に白い球体のようなものが光っているのが視えた。
それは徐々に光量を増し肥大していく。
ゼロには分かった。この攻撃が何なのかこれから何が起こるのか。
だからこそゼロの行動は早かった。
「ミレイ!左右に散れ!!」
ゼロは右にブルーオーは左に全力で走る。
光の集合体は木の穴を完全に越える大きさにまで成長した。木はその塊を放射性の物質としてこちらに放った。
間違いなく一瞬、音が止まった。
ゼロは最後に思いっ切り横っ飛びをして光線を避けることに成功した。まだブルーオーの生死は分からない。
ゼロの彼方後ろからドーンという音が聞こえてくる。
恐ろしい程の光量はドーム状まで広がり、さらにそこから余波が生まれる。
その煽りを受けたゼロは余りの爆風に飛ばされ背から木に激突した。
「アァッ!」
激痛を背に感じながらゼロはその音を聞いた。
ポン!
それは絶対に聞いてはいけない音、誰かがゲームオーバーになることで発生する音。
ゼロの上空は運良く、木で覆われていなかった。だからこそ視られた。
炎属性の色が青色に変わる瞬間を。
「ふー。」
ゼロは安堵の息を吐くが気を休める余裕はない。
カードを引いてスキャン。
『weaponカード!!』
漆黒の刀を両手に構え、先程、化け木がいた地点が中心になるよう旋回する。
化け木を背後に捉え、様子を窺うゼロ。
化け木は今だ前方を向いたままだが、その枝から射出した葉は確実に何かを狙って放たれているように見える。
そこには葉をあの円盤を器用に使ってガードしているブルーオーの姿。
しかし、ブルーオーはただガードしているだけではない。攻撃を回避しながらも化け木の枝、胴体にあの円盤を振るっていた。
だが、枝は斬れるが胴体の方には全く傷が付いている様子がない。
さらに枝に関しては再生しているようだった。
ゼロは更に化け木の上空を見た。天気は晴れ、眩し過ぎる太陽はあの木を覆うように公然と輝いている。
━━━光合成による回復か?だとしたらさっきのビームはこちらに攻撃を当てるのが目的というよりも光を集めやすくするために放ったというのが正しいのか。
ゼロは刀を構えると全力で木との距離を詰めていく。
その間にまるでこちらを目視しているかのような正確な葉が飛来してきた。
その葉の速度は異常だった。だからこそゼロの反応は遅れてしまう。
ゼロの腹部に触れた葉は体という障害物をものともせず食い込んできた。
「くっ!」
ゼロは傷みを感じる余裕もない。何故なら同じような葉っぱ達がまるでマシンガンのように放たれてきたからだ。
ゼロは走る、とにかく走った。無数の葉を時には避け、時には刀でいなす。
だが、所詮ただの高校生であるゼロには全弾をかわすことは出来なかった。
腕、脇、脚と次々に抉られていく傷みに耐えるのが精一杯だ。
それでも着実に距離を縮ませることは成功した。
近くでみるとやたらとデカい、全長数十メートルはあるであろう化け物だ。
ゼロはまず脚であろう根を狙う。ここまで来るとあの葉っぱの攻撃は出来ないらしい。
まずは一閃、全力の一撃をそこらの根にぶち当てた。
だが、刀はまるでゴムに弾かれたかのようにバウンドした。
勢いをそのまま返されたかのように後ろへ飛ぶゼロ。
受け身を取り素早く体勢を整え、追撃にはかる。
今度の狙いは胴体だ。根で出来たあるようで無い階段をジャンプして刀を叩きつけるように振るった。
カキン!
ゼロのほおった一撃は無惨にも散っていた。そう刀が真っ二つになるという形で。
ゼロは落下に逆らうことなく落ちていった。
落下の痛みはもちろんあるがそれよりも刀が効かなかったという精神的ダメージの方が大きい。
しばらく、そのままの姿勢でブルーオーのいるであろう方向を見た。
目立った音は聞こえてこないが土煙がまだ立ち込めていることからまだ戦闘中であることが分かった。
ブルーオーは考えていた。それは目の前の化け物を倒す方法。
ブルーオーは基本、ウェポンカードとスキルカードを集めていた。理由はシールドを手に入れても攻撃を与えられなければジリ貧になると考えてのことだった。
足元には何枚ものカードが散らばっていた。10枚に一度のドローのルール、更に戦闘中ならば一々入手したカードを手に持っている訳にもいかない。
さらに言えば攻防を行えるカードはこれしか持っていなかった。
カードにも基本的種類は限られていて当然ダブリも出て来る。ブルーオーはひたすらにこのカードを引き当て消費しているのだ。
━━━私の攻撃が効かないんじゃコイツを倒せない。しかも一人じゃ余計にムリだよー。先輩。
ブルーオーは懇願するわけではないがゼロがこの場に現れないことに深く落ち込んでいた。
ブルーオーにとってはもう見捨てられたのかと絶望的な気持ちになってくる。
━━━やだ。私、死にたくない。だってもう一回死んでしまったら……
ザクっ!
正確には聞こえないがそんな音が聞こえてきそうな感覚だった。
ブルーオーの脚、深々と突き刺さる葉はその勢いを無くし、紙のようにヒラヒラと落ちていく。
出血した脚に戦意を失いかけたブルーオーだったが、すぐ横から聞こえた一言はブルーオーに活力を与えてくれる。
「ミレイ!諦めるな!」
そこにはゼロの姿があった。全身傷だらけで黒い体はもう赤色に染め上げられている。
「先輩その傷……。」
「あぁ、あの葉にやられた裏から攻撃したんだが、まるで鉄壁だなありゃー。おそらく、ある一定の中にいる対象物に対して攻撃してくるものだろう。近付いてから距離を離したんだが、攻撃がピタリと止んだ。間違いない。」
全身ボロボロで頼りないように見えるゼロだったが、ブルーオーにとっては最早、王子様の登場に等しい。
「だから、一端距離を取るぞ、奴を倒す方法も考えた。もうこれしか無いと思う。」
ゼロはブルーオーの腕を引っ張りその場から離そうとする。
「あ、先輩、ちょっと待って!」
ブルーオーはしゃがむと落ちていたカードを模索し始めた。
「あった!先輩……」
一枚の葉がミレイの頭目掛けて飛んできた。
「危ねーミレイ!!」
ゼロはブルーオーを胸に抱えるようにして盾となった。
葉はボロボロのゼロの身体にさらに深いダメージを与えた。
「あ、あ……。」
「俺はいいから早くしろ!」
ゼロとブルーオーは走った。お互いに傷付く体を支え合いながら。
ここまで読んで頂きありがとう御座います。